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赤ちゃんは何を見ているのか

2026.04.24 公開 ポスト

赤ちゃんは色をどう見ている?——言葉がなくても“色を区別できる”脳のしくみ山口真美(中央大学・文学部心理学研究室)

赤ちゃんに「これ何色?」と聞いても、うまく答えられない時期があります。
でも実は、その頃の赤ちゃんでも、色の違いをしっかり見分けていることが最近の研究でわかっています。
では、言葉がないのに、赤ちゃんはどうやって色を区別しているのでしょうか?

今回はそのしくみを、視覚発達研究の視点から紐解いていきます。

*   *   *

今回は色を見る脳の話ですが、その前に言葉について考えてみます。
赤ちゃんの独特な世界観については、これまでもお話ししてきました。この不思議さを作り出す原因のひとつに、赤ちゃんが言葉を持たないことがあるでしょう。言葉の発達の節目は生後半年と1歳半にありますが、それまでの“言葉を持たない世界”がどんなものかを想像するのは興味深いことですよね。

そこで質問です。
質問その1 赤ちゃんが最初に発する言葉は、なんでしょうか?
質問その2 赤ちゃんが最初に理解できる言葉は、なんでしょうか?

人それぞれだろうと思われるかもしれません。しかしNTTコミュニケーション科学基礎研究所が、日本の赤ちゃんを対象にした大規模な調査を行ったところ、共通性が見つかりました。
NTTの調査の結果、赤ちゃんが言葉を理解するのは生後半年頃からで、その言葉は「自分の名」と、「バイバイ」「おいで」「まんま」「ママ」でした。一方で赤ちゃんが発する言葉は少し遅れて1歳半くらいで、「ばー」「まんま」「わんわん」「ママ」でした。いずれも、身近にふれる言葉から学習する傾向があることがわかります。

 

言葉の獲得で思い出すのは、1歳半に視覚と聴覚を失いながらも、多くの偉業を残したヘレン・ケラーです。言葉を理解できないままに7歳となったヘレン・ケラーは、流れ落ちる水に「ウォーター」という言葉があるのを理解しました。これをきっかけに、次々と言葉を覚えていったのです。言葉のない暗闇のような世界で、言葉という光の存在を知ったことは、天地がひっくり返るような思いだったことでしょう。
赤ちゃんにも、このような言語爆発の時期があります。さまざまな音や光や色が拡散しているカオスな世界に、パパやママ、おもちゃ、わんわん……などの明確な線引きができるのでしょうか。

ここで色の話に戻ります。赤ちゃんが最初に発する言葉には、色の名前はありません。身近にある色の名が抜けているのは、不思議な話です。知り合いの言語学者に尋ねたところ、赤ちゃんが色について発するのは2歳をすぎてからで、最初の言葉は「赤」だそうです。しかも不思議なことに、どの色を見ても「赤」と答えてしまうこともあるそうです。赤は、色をさす一般的な言葉と理解されているようにも見えます。

この連載の第2回目で、生後2ヶ月の赤ちゃんでも色を区別できることを話しましたが、色が見えることと、色を言葉で表すことの間には微妙なズレがあるようです。そもそも色は区別できても、赤と青の違いがわからないということが、あるのでしょうか?

赤・青・緑といった色の区別は「色カテゴリ」と呼ばれます。

【図1】330個の色票からなる色カテゴリ表

【図1】のように、これらの色と色の間は、波長の違いによって連続的に変化するもので、はっきりした境界がないのです。にもかかわらず私たち大人が、異なる色カテゴリとしてとらえることの方が不思議なのです。

この色カテゴリが言語によって作られるとする「サピア=ウォーフ」仮説があります。言語や文化によって、色カテゴリの種類や性質は異なります。たとえば韓国では青に二種あります。水色が色カテゴリとしてあるのは日本だけで、また、日本では青と緑の境界があいまいといわれています。

それでは、赤・青・緑といった色カテゴリで色を区別するためには、言葉による線引きが必要なのでしょうか?

この謎を脳から解明する実験を、研究室で行いました。対象としたのは、言葉獲得前の生後5ヶ月から7ヶ月の赤ちゃんと大学生です。

視覚を担当する脳について、軽く触れておきましょう。目に入った情報が最初に届くのが、脳の後ろにある初期視覚野です。ここを起点に、色や形・顔といった複雑な情報が担当する側頭へと流れていきます。色カテゴリの担当も側頭にあります。実験では、この側頭の活動を記録しました。

【図2 色を見分ける脳のしくみ】

計測に使用したのは、血液中のヘモグロビンの変化を測定する、近赤外分光法です。脳の活動により変化するヘモグロビンの濃度を測定するのです。日常生活で浴びる程度の弱い近赤外線光を用いて、身体を拘束することなく簡便に脳計測ができるため、医療機関でも使われています。

脳活動を測る実験では、安静時の活動から測定を始めます。この実験では、色を担当する脳活動を安静の状態にするために、色のない形の変化を見せました。そのうえで色の変化を見せ、色に対する脳活動を計測するのです。その際、緑から青のカテゴリの境界を超えて変化する色と、同じ緑カテゴリの中で変化する色、二つの異なる色の変化を測定しました。変化する色の距離は、カテゴリ間もカテゴリ内も同じにしています。

【赤ちゃんによる色覚実験の様子】

実験の結果、赤ちゃんも大学生も、カテゴリを超えた色の変化に側頭が活動しました。一方で、カテゴリを超えない色の変化には、側頭の活動は見られませんでした。初期視覚野を計測した追加の実験では、色カテゴリの活動の違いは見られませんでした。
このことから、赤ちゃんも大人も側頭で色カテゴリを区別し、色の名前を把握しない赤ちゃんでも色カテゴリを区別できることが示されました。これが色カテゴリの最初の段階で、その後の経験によって、それぞれの文化の色カテゴリが作りあげられるのです。

赤ちゃんは、言葉を持たないままに、世界を区別し、理解しはじめています。
「見る」という行為の中には、すでにコミュニケーションの芽があるということを教えてくれているようです。

*   *   *

次回は、
「視線が合うと、なぜ安心する?」というテーマでお話ししていきます。

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山口真美 中央大学・文学部心理学研究室

山口 真美(やまぐち まさみ)
中央大学文学部心理学研究室教授。日本赤ちゃん学会理事長。専門は認知心理学、とくに乳児の視覚研究。著書に『赤ちゃんは世界をどう見ているのか』(平凡社)、『赤ちゃんは顔をよむ』『あかちゃん研究からうまれた絵本 かお かお ばあ』(共にKADOKAWA)などがあるほか、あかちゃん向け絵本の監修も多数。

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