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一寸先は闇

2026.04.24 公開 ポスト

第8回

戦前と戦後をつなぐ「満州」五木寛之(作家)/佐藤優(作家・元外交官)

昭和100年目の2026年、二人の時代の目撃者が〈激動の昭和〉と〈混沌する今〉を射抜いた新書『一寸先は闇』を緊急出版。これまで以上に、予測不能かつ瞬時に変貌する世界情勢の中で、変わらぬもの、変わるべきものとは何か。混沌を生き抜く勇気が灯る本書から、一部をご紹介します。

中国・北朝鮮国境 鴨緑江断橋 中国・遼寧省丹東市

 

佐藤  昭和という時代について語り合うと、やはり戦争の話が中心になります。五木さんは「戦後の昭和」は、比較すると、どうしても希薄な印象を受けてしまうというお話をなさいました。

とはいえ、昭和という元号は64年(1989年)1月7日まで続いたわけで、戦争のない期間のほうが長かったわけですよね。同じ昭和でも戦前・戦中の20年間と戦後の44年間では、長さも社会体制もまったく異なりますが、その2つの時代にも何か一貫したものもあるのではないでしょうか。

五木  そうですね。僕が思うに、戦後の昭和は戦前・戦中に存在した満州国の計画をそのまま引きずっている、ということでしょうか。

佐藤  たしかにそれはそうだと思います。

五木  たとえば鴨緑江(おうりよくこう)(中国と北朝鮮の国境の川)の水豊(すいほう)ダムは、当時、東洋一の水力発電所でした。

佐藤  いまの鴨緑江は中国と北朝鮮の国境線ですが、当時の朝鮮半島は日本の統治下、中国の遼寧省(りようねいしよう)は満州国の一部でしたから、そこは「日満(にちまん)国境」だったわけですね。

五木  そう。そこに東洋一の大ダムを建設したわけです。そして、満州でその大事業を担った人たちが集結して戦後につくったのが、黒部(くろべ)ダム(1956年着工、1963年完成)なんだと思います。

また、これは前にも話が出ましたが、南満州鉄道には「特急あじあ号」という当時としては最先端の列車が走っていました。日本国内の特急の倍ぐらいのスピードで走ったので、「超特急」の異名もありましたね。その満鉄で理事を務めていたのが、のちに国鉄総裁となり、「新幹線の父」と呼ばれることになる十河信二(そごうしんじ)(1884年~1981年、日本の鉄道官僚・政治家)さんです。

それから、「満映(まんえい)」も忘れてはいけません。満洲映画協会ですね。そこの看板スターがすでに名前の出た李香蘭こと山口淑子さんだったわけですが、この満映の理事長だったのが、あの「甘粕(あまかす)事件」(1923年)の甘粕正彦(まさひこ(1891年~1945年)大尉です。

佐藤  甘粕が陸軍憲兵大尉時代に関東大震災の混乱に乗じて、アナキスト(無政府主義者)の大杉栄(おおすぎさかえ)(1885年~1923年)と内縁の妻だった作家の伊藤野枝(いとうのえ)(1895年~1923年)を他の憲兵らと共に殺害し、井戸に遺体を遺棄した事件ですよね。甘粕は服役した後、満州に渡りました。

五木  ちなみに僕は大学時代、クラスメートに甘粕大尉のお嬢さんがいらしたんですよ。甘粕和子さんといって、卒業後、日ソ図書館に勤められたんじゃなかったかな。露文科の同じ教室でした。それはともかく、満映の関係者の多くは、引き揚げてきてから大川博(おおかわひろし)(1896年~1971年)さんの東京映画配給(東映)に入ったそうです。そこで任俠映画や時代劇など、戦後に一世を風靡(ふうび)したヒット作を次々とつくった。映画監督の内田吐夢(うちだとむ)(1898年~1970年)さんも、戦中に日活(日本活動写真、初の本格的映画会社)をやめて満州に渡った人ですね。

さらに、外地から引き揚げてきた重要人物を、とりわけ積極的に次々と吸収したのは電通ですよ。いまも国家的な行事は電通が仕切っていて、2021年の東京オリンピック・パラリンピックでは問題も起きましたが、もともと電通の背景には国家主義があるんです。電通の古い社員たちは、「俺たちはそのへんの広告会社とは違う。国を左右する国策的な情報会社なんだ」というプライドを持っていました。

ですから、ダムや鉄道などのインフラ整備にしても、映画や広告のような情報産業にしても、戦後の昭和には戦前・戦中の日本人が野望を抱いた満州国の遺産が脈々と生きていたんです。その意味で、戦前・戦中と戦後の昭和には連続性があるんですよね。

シンボル不在の平成・令和

佐藤  考えてみれば、戦中ほどではなかったとは思いますが、「戦後の昭和」にも高度経済成長期までは、国民の一体感や高揚感のようなものがそれなりにありました。昭和39年(1964年)の東京オリンピックや昭和45年(1970年)の大阪万博のような、ビッグイベントもありましたしね。

しかし昭和天皇(1901年~1989年)が亡くなって昭和が終わる(昭和64年1月7日)のとほぼ同じ時期に、国内ではバブル経済が終わり、国際社会では東西冷戦の終結という大きな変化がありました。そこから平成、令和と続いてきたわけですが、そこはやはり昭和とは違うという印象をお持ちですか?

五木  平成から現在までの世の中の動きに、僕はさしたる大きな変化を感じないんですよ。バブル崩壊とかいろんなことがありましたけど、あの戦争を体験した身からすると、どれもそんなに大したことじゃないと思ってしまう(笑)。

明治以来の歴史の中で見れば、この80年ものあいだ日本が本格的な戦争をしなかったことが、いちばん大きいと思います。その点は戦後の昭和も平成・令和も同じなんですが、やはり時代的な連続性はあまり感じられません。少なくとも民衆レベルで見た場合、社会のあり方は大きく変わったように感じますね。

佐藤  それはなぜだと思われますか?

五木  民衆は、常に絶対的なシンボルを求めるところがあるんですよね。戦中ならドイツのヒトラー(1889年~1945年)、イタリアのムッソリーニ(1883年~1945年)、あるいは戦後アメリカのケネディ(1917年~1963年)とか、それぞれの時代や社会に、いろいろなシンボルが存在しました。

佐藤  なるほど。昭和の日本には、一貫してシンボルがいましたね。

五木  そうなんです。昭和天皇は、第一級のシンボルでした。でも平成以降の天皇や皇族は、昭和天皇ほどの存在感や影響力はありませんよね。美智子さまのご病状なんかが事細かに新聞や雑誌で報じられるようになったころから、ずいぶん大きく変わったように感じていました。終戦直後に昭和天皇が「人間宣言」(1946年)をしましたが、そんなことよりもはるかに皇族がふつうに「人」になった。

佐藤  シンボルがなくなって困るのは、カネが価値観の軸になったということでしょうね。カネを稼ぐのが最大の価値で、そのために組織の中で出世するとか、偏差値の高い学校に子どもを入れるとか、そういうことが大事にされる世の中になってしまったんです。

シンボルって、いずれも宗教的存在なんですよ。人間は宗教的な動物なので、何かしら信じる対象がなければ生きられません。だから社会は常にシンボルを求めるわけですが、それがいなくなるとカネしか信じられなくなる。

ところが人間は、シンボルを宗教だとは意識しない。いちばん主流の宗教は、宗教のように見えないんです。だから、シンボルのいない世の中は、ひどくつまらないものになってしまう。シンボルとタブーは非常に重要なんです。

 

※次回は4月25日(土)公開予定です。

関連書籍

五木寛之/佐藤優『一寸先は闇』

2025年12月25日――昭和が始まって100年目となった。「激動の昭和」といわれながらも戦後はどこか無自覚な平和(=戦争のない状態)が80年続いた。が、今やルールとパラダイムは完全に変わった。世界情勢は予測不能となり、かつ瞬時に変貌するのだ。その中で、変わらぬもの、変わるべきものは何か。民衆大衆の地から「虫の目」で見上げる五木寛之氏と、歴史を俯瞰する「鳥の目」を持つ佐藤優氏が、縦横無尽に語り合う。とくに「昭和の最初の20年」を追体験でき、日本の限界を知る寄る辺となる多面的歴史篇。希望と激励の書。

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一寸先は闇

これまで以上に予測不能かつ瞬時に変貌する世界情勢の中で、変わらぬもの、変わるべきものとは何か。二人の〈時代の目撃者〉の視点から、昭和の戦前・戦中を追体験できる多面的歴史篇。

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五木寛之 作家

一九三二年福岡県に生まれ。生後まもなく朝鮮にわたり四七年引き揚げ。五二年早稲田大学露文科入学。五七年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、六六年「さらばモスクワ愚連隊」で小説現代新人賞、六七年「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞、七六年『青春の門 筑豊篇』ほかで吉川英治文学賞を受賞。二〇〇二年、菊池寛賞を受賞。『戒厳令の夜』『ステッセルのピアノ』『親鸞』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『大河の一滴』『他力』『百寺巡礼』『大河の一滴 最終章』など話題の著書多数。日本藝術院会員。

佐藤優 作家・元外交官

一九六〇年生まれ。作家・元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在露日本大使館勤務等を経て、国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。二〇〇二年背任等の容疑で逮捕、〇九年上告棄却で懲役二年六カ月(執行猶予四年)の判決が確定。一三年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『先生と私』『十五の夏』『プラハの憂鬱』『いま生きる階級論』『定年後の日本人は世界一の楽園を生きる』など著書多数。

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