下町ホスト#54
携帯電話の電源を切ったまま、冷たくなった鍋を片付ける。新品のネットを被せてある三角コーナーに残りの汁と底に溜まっていた様々な食材の成れの果てを捨てる。
眼鏡ギャルはソファーに大袈裟に座り、携帯電話をゆっくりと弄っている。私は洗い物を済ませて、小さなテーブルの片隅に置いてある携帯電話を避けながら、テーブル全体を濡れたタオルで拭きあげる。
「つーか、なんでまた電源切ってんの?」
むくりと眼鏡ギャルが上半身を起こし、私を睨む。
「いや、なんとなく」
「なんとなくじゃねーよ。お前何がしてーんだよ?」
「いや別に」
「いや、くそだりーし、なんか面白そうだから言えよ。」
「、、、」
「いや、怒らないからさ。あたし今日やさしい日だから。」
「売掛だよ。あの人の。」
「わかるわ、それくらい。で?」
「なんかキツくてさ。」
「そんで?」
「もういいかなって思ってさ。」
「何が?」
「売掛。」
「誰が?」
「俺が。」
「気持ちいいなあ。お前。」
「え?」
「じゃあ、はじめからすんなよ。売掛に使われてんじゃねーよ。使えよ売掛を。いや、むしろ向いてるよお前。売掛。とことん使われろよ。」
「どういうこと?」
「なにキレてんの?きもちわりーな。お前が売掛に縛られてんじゃねーよ。って言ってもわからねーよな、その脳味噌じゃ。」
「わからないから聞いてんじゃん。」
「知らねーよ。そのまま売掛に身を委ねたら、どこか行き着くんじゃない?」
眼鏡ギャルは溜息を吐くのすら面倒くさそうに、大きく息を吐いた。
「逃げたら、許さねーからな。その売掛。」
私と目を合わせずに、そう告げた。
小さなテーブルの表面に残った水分は乾き、私は折りたたんでいた携帯電話を開いて眼鏡ギャルに背を向けて電源を入れた。「君」からの連絡はない。その他に用のありそうなメールは届いておらず、そっとまた折りたたんで、浅いポッケに仕舞った。振り返ると眼鏡ギャルはイヤフォンを装着し、目を瞑っている。激しい音漏れで、誰の曲かすぐにわかった。
夜になるとまたあのスーツを纏い、ホストクラブへ向かう。「君」からの連絡がない日は続く。私から連絡することはなく、眼鏡ギャルにバレないようたまに電源を切ってはまた入れた。そんなどうでもいい私の心理状況を差し置いて、売上は順調に伸びてゆく。不自然なほど客足が増える。
「シュン君、楽しくない?」
「え?楽しいよ。なんで?」
指名を貰って二回目の顧客に、無機質に私の口が勝手に動く。ピクンと頬が痙攣し、その気持ち悪さを治めるように目の前にある強めの酒を飲む。今日もまた頭が真っ白くなり、そもそも単調な会話が短音になってゆく。気付けば、薄っすらな記憶を残してソファーで横になっていた。暫くして、金髪リーゼントが硬い革靴の音を響かせてこちらへやってくる。
「最後のお客、あいつがバーまで案内したからな。お礼言っとけよ。」
パラパラ男の冷たい視線がだらしのない私の姿を捉え、さっさと視線は店の出口へ向かった。携帯電話を開き、パラパラ男とのメールをひらく。活力に満ち溢れた陽気なやり取りの往復を見返して、そっと携帯電話を閉じた。
そして、九月の締日がやってくる。
〈どこ?〉
「君」からの無機質なメールで心臓が重たく鳴り始める。
『傘をさす』
雨が降り咄嗟に買った平凡なあんたみたいな一本の傘
どうせならあっちの傘にしておくれそんな優しくひらくのならば
君がさす最後の傘にならぬよう軋ませている脆い骨組み
また濡れてちょっと乾いてまた濡れてまた落ちてるよ咲いてた花が
晴れた日に消えてしまった透明で手垢まみれの一本の傘
歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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