今回の作品は、厳密には、マンガではありません。今年83歳になる絵本と紙芝居の作家、やべみつのり(1942年~)が描いた、分厚い絵日記です。

本のなかには、コマ割りをしたマンガとして描かれた部分もあるので、表現形式としては、マンガに近い性質をもっています。
中身は『光子ノート』(たろう社)という題名どおり、やべみつのりが自分の娘の光子の日々の行いと言葉を、3年間(3歳から5歳)記録したもので、992ページもあります。しかし、本来の『光子ノート』は全38冊、1800ページもあるそうですから、全体の約半分ということになります。
この本を編集したのは、芸人でマンガ家の矢部太郎(1977年~)。やべみつのりの実の息子です。
矢部太郎は5年ほど前に『ぼくのお父さん』という美しいマンガを発表しました。あの本の主人公である、ちょっと変わったお父さんが、この『光子ノート』を描いたのです。
しかし、やべみつのりは『光子ノート』を、他人に見せるための作品として描いたのではなく、完全に自分の趣味で描いていたので、読んだ人はひとりしかいませんでした。
やべみつのりの友人で、高名な詩人・映像作家の鈴木志郎康(1935年~2022年)だけが、この『光子ノート』の最初のほうを読んで、「ここには/生きることの 連続性が ある」といったそうです。
鈴木志郎康の40年後に『光子ノート』を読んだ二人目が、息子の矢部太郎です。太郎は、『光子ノート』を描いた父親を『ぼくのお父さん』で描き、今回、ついに『光子ノート』そのものを本にしたのです。
普通の出版社では本にしてくれなかったので、矢部太郎は「たろう社」という出版社を作って、自分で本にしてしまいました。これが本書『光子ノート』です。
その出来栄えが素晴らしい!
『光子ノート』はほとんどモノクロの鉛筆やペンで描かれているのですが、この本はオールカラーです。これは、カラーのページを印刷するためだけでなく、ノートの日焼けや貼ったテープの変色などをリアルに再現するためです。
この丁寧な再現技術によって、本書の隅々まで、時間が、歴史が、確かに刻みこまれていて、その生々しさに驚嘆させられます。
これはネットの画面では不可能な、書物のみが実現しうる奇跡といっていいでしょう。
内容はさらに感動的です。
場所は、1970年代の東京・三多摩。バブルの波も押しよせず、豊かな自然が残った世界。その日々の営みが活写され、この当たり前の生活が、いまや失われた理想郷に見えてきます。
その暮らしのなかで、ただただ自分の興味のままに父親が娘の毎日の行動と言葉を絵で記録する。そして、それを何年も続けてしまう。
その純粋な行為の結実として、人が親と子として生きていくという人生の根源的な神秘が、ここにはあらわになっているのです。
あとがきによれば、この頃やべみつのりは、「どんづまり」だった(おそらく精神的にも経済的にも)といいます。しかし、『光子ノート』にそんな感じはまったくありません。それは、この絵日記を描くことで、作者の魂がすでに救済されていたからでしょう。
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