今月でめでたく15回目を迎えた、大竹まことさんによる連載エッセイ。今年は、天皇誕生日の2月23日(月)に関東地方で春一番が吹いたと報じられました。昨年は関東地方の春一番がなく、2年ぶりの発表となったそうです。季節はすっかり春ですね。雪解けの季節に、大竹さんが思うこと。ぜひお読みください。
* * *
「こいつ気狂ってんのか?」
運動部の三年の内の一人が食堂全体に響き渡るような声で言うと、ほかの運動部が笑った…… (中略)
その言葉を動力としてとんかつを口に放り込んだ。分厚い衣の内部に柔らかい肉の感触があった。
これは、デビュー作『火花』で芥川賞を受賞した又吉直樹の新作『生きとるわ」の73ページの抜粋である。
文章はこの後、
「冷めたら急激に味が落ちそうなとんかつやった」
と続く。
自分の置かれた状況、目の前に出されたA定食(高校の食堂のとんかつ定食)。
私は少しうなった。
例えば、「一匹の子猫が誰もいない深夜の路上で足元にまとわりついて来た」と書けば、それはおのずと主人公にいかに居場所のなさを痛感しているかが本から伝わってくる。
私は今まで何かを書く時に、このような比喩を使ったことはない。
いや、使ったかもしれないが覚えていないし気に止めてもいない。
又吉直樹さんはつくづく小説家になったなあと思う。
先日、その又吉さんが長年続いている私のラジオ(ゴールデンラジオ)にこの新作を紹介がてら遊びに来た。
さて、困った。
彼は元々芸人で、立場上は私のずい分年の離れた後輩である。芸人なら「おう又吉。来たか、なんだその長い髪は! お前はヒッピィー(もう通じない)か!」などとつっこみを入れてもよいと思うのだが、彼はもうそこにはいない。何しろ芥川賞作家なのだから。
つまり、名を呼ぶのさえ又吉さんなのか又吉君なのか、それとも又吉で良いのか。
本当に下らない事なのだが、私は迷った。仕方がないので直接本人にたずねた。
笑いながら「又吉」でいいですヨと、彼は人の気持を楽にすることを忘れない。この辺は芸人らしい。ただ本番で私は「又吉君」とか読んでいた。一、二度呼び捨てにしたかも知らんが、もう覚えていない。500ページ近くある本を全部は読んでいない。193ページまでとても面白く読ませてもらったと、本番が始まる前に正直に彼に告げた。
生放送が終わったあと、彼は律義に「本読んで頂いてありがとうございます」としっかり頭を下げて礼を言われ、私は恐縮した。「嫌味か」のつっこみも入れなかった。小説家である。
本は全編(途中までしか読んでいないが)大阪弁で書かれていて、私が知っている心斎橋の三角公園や戎橋(えびすばし)、アメリカ村がなつかしい。
私は若い頃、何故かよく大阪の番組に呼ばれ、レギュラーも3本程持っていた時期がある。
普通東京の芸人は大阪でなかなか受け入れてもらえないのだが、何故か彼等は私を迎えてくれた。
中でも、桂ざこばさんや南光さん、月亭可朝さん、そして上岡龍太郎さんにも、良くして頂いた。
その上岡さんもざこば師匠も、数年前に鬼籍に入られた。
何故受け入れてもらえたのか、今もその理由はわからないままである。
本には、有希という少し変わった同級生が出てくる。
主人公の岡田が近くまで来たからと公園から電話をすると
「今忙しいから五分後にかけ直して」と言われ待っていると、一分もしないうちにその女子は息を切らして駆けつけてくるのだ。
大阪のおばちゃんは本当にポッケにアメちゃんを持っているし、女子も平気で面白いことをする。
私が大阪に通っていた頃、ある喫茶店でロケ隊を待とうと入ったら、すぐガラス窓にロケ隊の連中が映った。
お水を運んできた若い女の子に「ご注文は」と聞かれ、あせっていた私が「いらん」と答えたら、その若い子はお盆を胸前にかざし「ヒェー」と叫びながら後ずさって行った。
私は、大阪に来たと思った。
大阪の街は誰もがギャグをやるのだ。又吉君の本には、その大阪の街が浮かんでくる。登場人物が全てギャグの様である。
又吉君の交友関係は不思議である。ゴールデンラジオの前の枠の番組が去年の10月から始まったのだが、そのM.C.の武田砂鉄さんとも仲がいいし、その番組の週一レギュラーのせきしろさんとも親交があるという。砂鉄さんは又吉さんが『火花』を書いた時、彼に手紙を書き、そこから往復書簡が始まり、それは『往復書簡 無目的な思索の応答』という本にまでなったらしい。
せきしろさんの著書『そんな言葉があることを忘れていた』を読みかえすと、何と帯に又吉直樹さんの「自由律を選んだのではなく、魂の形がすでに自由律だったのだろう。」とあった。
彼等は皆歳も近い。40代の人たちが静かに、まるで春を待つ竹の子のように(メチャクチャ恥ずかしい表現)地下でその出番を待っている。
年寄りの私は、ただじっと土を見ている(もっと恥ずかしい)。
彼らより年上の青木理が7年も8年もかけて1冊のルポルタージュを書き上げた。
『百年の挽歌』
15年前に起きた福島原発の取材を続けて書き上げた本である。
震災の1か月後、102才になる老人が自死を遂げた。なぜその老人は死を選んだのか。
彼は飯館村に生まれ、その村から近くの温泉場以外、この土地を放れた事がないという。
その村に全村避難の命令が国から告げられる。
村からは歯が抜けるように村人が去っていく。それは小さな子供がいればこんな所にはいられないだろう。
老人は山々の緑に囲まれた自分の畑が田んぼが見える所に家を建てた。
そのよく陽の当たる縁側に座し、少々の酒をたしなむのが唯一の楽しみであったらしい。
老人にとって、それは得がたいひと時であったと、後にこの家に嫁いで来た妻の三枝子さんが語っている。
それはドキュメンタリーなのだが、私はまるで小説のように読ませてもらった。
東京に珍しく雪が積もった日、それは衆院選の投票日でもあった。
小学校までの細い道、道にも塀にも、そして咲き始めた梅の花にも等しく雪が積もっていた。
長ぐつを持っていない私は、ゴルフシューズを履いて、投票所に向かった。
小学校の校庭はわりとすぐ溶けるのだが、今はその白い雪に覆われている。
私は誰もいない校庭をざくざくと一人で歩き回った。遠くの北国は大変なのだろう。
たぶん老人の住んでいた飯館の山も、まっ白な雪で覆われている。
唯一の救いは、畑に山ほど積まれた黒いフレコンバッグを彼が見ずに済んだことくらいか。
雪が……
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ジジイの細道

「大竹まこと ゴールデンラジオ!」が長寿番組になるなど、今なおテレビ、ラジオで活躍を続ける大竹まことさん。75歳となった今、何を感じながら、どう日々を生きているのか——等身大の“老い”をつづった、完全書き下ろしの連載エッセイをお楽しみあれ。
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