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褐色の血

2026.02.18 公開 ポスト

【書評】「外国人」の背後に潜む日本の闇 「共生」の覚悟問う魂の旅路 麻野涼『褐色の血(下) 第三部 ヘイト列島』深沢正雪(ブラジル日報・編集長)

差別と分断がはびこる世界で"共生”を模索して生きた人々を描いた長編小説『褐色の血』。
ついに『褐色の血(下) ヘイト列島』が発売されました。
上巻冒頭、一九七五年の東京国際空港の場面から始まった物語は、はたしてどんな結末を迎えるのか。

褐色の血(中)彷徨の地図』に引き続き、ブラジル在住の日本人コミュニティに向けた最新ニュースを提供する日系メディア「ブラジル日報」編集長の深沢正雪さんから書評をいただいたのでお届けいたします。

*   *   *

一世紀を超える日系移民の流転を描いた大河小説『褐色の血』がついに完結した。ブラジルの大地で汗と涙を流した一世、その開拓精神を受け継ぎながらアイデンティティの狭間で揺れる二世たち。本シリーズが丹念に紡いできた日系人の歴史は、この第3部「ヘイト列島」において、かつての母国・日本へと舞台を移し、現代社会が抱える最も鋭利な課題へと接続される。

物語は、サンパウロの貧民街に生きる子供たちのための夜間学校「テレーザ学園」設立を夢見る主人公・トニーニョと妻セシリアが、建設資金を稼ぐために「デカセギ」として来日するところから始まる。彼らが降り立ったのは、群馬県大泉町。「日本のブラジル」とも称されるこの町で、二人は日本の製造業を底辺で支える労働力として組み込まれていく。

著者の筆致は、バブル崩壊後の冷え込んだ経済状況や、リーマン・ショックによる雇用の激変を背景に、在日ブラジル人コミュニティが直面する過酷な現実を克明に活写する。長時間労働、不安定な法的地位、そして何より、言葉の壁によって教育の機会を奪われ、日本語もポルトガル語も十分に操れない「ダブルリミテッド」となっていく子供たちの悲哀。これらは決して小説の中だけの絵空事ではなく、我々の生活のすぐ隣で現実に進行している静かなる危機でもある。

本巻において特筆すべきは、タイトルにもある「ヘイト(憎悪)」の病理への深い洞察だ。作中に登場する排外主義団体「新創会」とその代表・大迫隆司の造形は、現代日本が抱える暗部を戯画化しつつも、背筋が凍るようなリアリティを持って迫ってくる。

自らの事業失敗や社会的疎外感を、歪んだ愛国心と「外国人への憎悪」に転嫁し、ネット空間で増幅させていくその姿は、凡庸な悪がどのようにして牙をむくかをまざまざと見せつける。

「美しい国」を守るという美名の下で行われる排斥のデモ。それに対し、トニーニョたちは暴力ではなく、教育と対話という、あまりに地道で困難な道を選び取ろうとする。

かつてブラジル移民として苦難を舐め、帰国後は日系人の支援に奔走する折原健斗という人物が、トニーニョたちを支える精神的支柱として描かれる点も味わい深い。彼らの姿を通して、著者は「日本人とは何か」「国境とは何か」という根源的な問いを、読者一人ひとりに突きつけてくる。

物語の終盤、排外主義の昂揚は、ある一人の青年の暴走によって決定的な局面を迎える。その青年が抱える孤独と、自らのルーツを巡る葛藤は、多文化共生というスローガンがいかに脆く、実態を伴わないものであるかを残酷なまでに露呈させる。

しかし、著者は絶望だけを描いて筆を置くことはしない。深まる分断と衝突の果てに、トニーニョたちが何を見出し、どのような決断を下すのか。その結末は、安易な和解や感傷的なハッピーエンドを拒絶し、血の通った「共生」への覚悟を迫るものである。それは、かつて海を渡った一世たちがブラジルの荒野で見せた、生きることへの執念とも重なって見える。

本書は、単なる移民の苦労譚ではない。異質な他者との接触を通じて、日本社会そのものの変容と可能性を問うた、重厚な社会派小説だ。「デカセギ」という言葉で一括りにされがちな彼らが、実はそれぞれに固有のグローバルな物語を持ち、我々と同じように家族を愛し、未来を憂える「隣人」であることを、本書は痛切に教えてくれる。

不寛容な空気が蔓延する世界的な風潮に晒された今こそ、必読の書と言えるだろう。100年の時を超えて紡がれた魂の旅路は、ページを閉じた後も、読者の胸に熱い残り火を灯し続けるに違いない。

関連書籍

麻野涼『褐色の血(上) 混濁の愛』

「褐色の世界にこそ私の求めているものがあるような気がします」 1975年、二人の男がブラジルへ向かうため空港にいた。ひとりは仲間に見送られ、もうひとりは孤独に。 児玉は、サンパウロでパウリスタ新聞の記者として働くことになっていた。ブラジル社会に呑み込まれつつも、日系人の変遷の取材にのめり込んでいく。人種の坩堝と言われるブラジルで、児玉は「ある答え」を、この国と日系人社会に求め始めていた。 一方、サンパウロのホンダの関連会社で整備士として働く小宮は、ブラジルで日本では味わうことのなかった安心感をおぼえていた。現地で出会う人々に支えられながら、次第にブラジル社会へと馴染んでいく。 国家、人種、民族、人は何を拠り所に生きるのか。 差別に翻弄された人々の50年にわたる流浪を描いた長編小説三部作の序章。

麻野涼『褐色の血(中) 彷徨の地図』

差別の根本は、あの頃と何も変わっていなかった。 1978年。 児玉はサンパウロで出会い、愛し合ったマリーナと結婚し、息子・洋介マルコスを連れて日本へ帰国する。 フリージャーナリストとして筆をとるが、収入は乏しく、家族を養うためにノンフィクション賞の受賞を狙う日々が続く。 一方の小宮は、サンパウロで自動車整備工場を開き、順調に事業を拡大していた。 だが、ブラジルを襲ったハイパーインフレがすべてを狂わせる。 資金難に追い詰められた彼は、出稼ぎとして日本行きを決意する。 日本で再会を果たした二人。 それは再生への第一歩だったのか、それとも――絶望への入り口だったのか。 かつて決別した過去が、影のように二人の背後から忍び寄っていた。

麻野涼『褐色の血(下) ヘイト列島』

かつて母・テレーザの治療費を稼ぐため、日本を訪れたトニーニョ。 観光ビザでの入国だったため、働くことができず警察に拘束されていたところを、児玉に助けられた。 ブラジルに戻ったトニーニョは大学を卒業し、学校に行く機会のない子供たちのための夜間学校を始める。 だが、運営は厳しく、当面の資金を稼ぐため日本の大泉町へデカセギに行くことを決意する。 大泉町で、ブラジルから戻った元移民の折原と出会ったトニーニョは、デカセギ子弟たちが抱えるいじめやダブルリミテッドの問題を知り、折原と協力し、デカセギが安心して働ける場所とデカセギ子弟の教育問題に取り組む会社を設立する。 そんな中、児玉が彼らの取り組みを取材し記事にする。トニーニョはかつての恩人との再会を果たすが、その記事がヘイトの標的となってしまった。 デカセギと住民の和解への第一歩が、インターネットによりヘイトを過激化させていく。 そして、ついに恐れていたテロが・・・。 差別と分断がはびこる世界で"共生”を模索して生きた人々を描いた長編小説『褐色の血』。ついに完結!

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褐色の血

「褐色の世界にこそ私の求めているものがあるような気がします」

1975年、二人の男がブラジルへ向かうため空港にいた。ひとりは仲間に見送られ、もうひとりは孤独に。

児玉は、サンパウロでパウリスタ新聞の記者として働くことになっていた。ブラジル社会に呑み込まれつつも、日系人の変遷の取材にのめり込んでいく。人種の坩堝と言われるブラジルで、児玉は「ある答え」を、この国と日系人社会に求め始めていた。

一方、サンパウロのホンダの関連会社で整備士として働く小宮は、ブラジルで日本では味わうことのなかった安心感をおぼえていた。現地で出会う人々に支えられながら、次第にブラジル社会へと馴染んでいく。

国家、人種、民族、人は何を拠り所に生きるのか。

差別に翻弄された人々の50年にわたる流浪を描いた長編小説三部作の序章。

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