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礼はいらないよ

2025.11.30 公開 ポスト

中国ツアー中止が続く日本のミュージシャン それでも信じたい音楽の場にある「人間の営み」ダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)

(写真:Unsplash/Zhiqiang Wang)

中国音楽関係者たちのしたたかさ

日中関係が急速に悪化している。高市総理大臣による”台湾有事”発言に対して中国側が強く反応。来年予定されていた日中韓三者会談も白紙になったようだ。日中首脳会談直後のこの状況は外交の失敗としか言えないと思うが、国内の高市総理に対する支持率は依然高く、発言自体を評価する声も大きい(僕個人としてはさまざまな前提が変わった乱世の真っ只中でいまだに対米追従一本槍の姿勢自体に危惧を覚えています)。

ネット上では発言への賛否から国連の旧敵国条項まであらゆる点で意見が飛び交っている。ネットのアカウントの多くは、そもそもネットで拾ったりAI に聞いたりした都合の良い”知識”をコピペしてカードゲームのように出し合っている状況だ。

 

これを見ても改めて『攻殻機動隊STAND ALONE COMPLEX』の先見の明には驚かされる。登場人物の草薙素子と笑い男は図書室で会話する。非常にハイコンテクストな会話なのだが、二人ともネットに接続していて互いに検索した知識をぶつけ合っているようにも取れるシーンなのだ。

ネット上の空中戦がカードゲームのように展開して、しかもその速度はどんどん早くなる。話題が次々と変わっていき、新たなステージでバトルが始まる。でも実際にこうした事態の皺寄せはどこに来るのか?

早くから声が上がったのは日本の音楽業界だった。中国政府が強く反応し中国から日本への渡航に警鐘を鳴らし、再開したばかりの水産物輸入を再び制限するという報道が続く中、日本のミュージシャンの中国ツアー中止が次々と発表された。

コロナ禍以前、日本のミュージシャンはメジャーなアーティストのみならずインディーズでも中国のライブが盛り上がるようになっていた。アジアで開催されるショーケースフェスティバルには中国のフェスオーガナイザーが来場し、さまざまな国のバンドをブッキングしていた。ショーケースフェスティバルというはフェス主催者やブッカー、音楽レーベルとアーティストのマッチングを提供する場だ。アーティストがパフォーマンスを披露し、関係者がそれを見る。直接交渉できる時間が用意されている場合もある。

僕はベーソンズというバンドで2019年に韓国で開催されたショーケースフェス、ザンダリに参加した。僕らは全くの無名だったのでとにかくライブを見てもらおうと関係者に声がけをして回った。やばいライブやるから見にきてよ! とタイムテーブルの自分たちの出番に赤線を引いて渡す。本番が始まっても最初は15人程度の人しかフロアにいなかった。ところが40分の演奏を終える頃にはフロアは満員になっていたのだ。これは結構手応えあったんじゃない?と話しながらメンバーとステージから降りたら、一人の男が駆け寄ってきた。「君たちすごかったよ!来年は上海でライブだ!うちのフェスに出演してほしい!」初見の僕らにその場でフェスへのオファーをしてくれたのだ。

彼の周りに中国の音楽関係者がゾロゾロ現れた。僕らを紹介しながら中国の音楽事情の話が進む。ポイントとなるのは権力との距離だ。中国政府の権力は強大で強圧的だ。それは国内の音楽事業者に対しても同じだ。事業者たちは権力を前提としながら、どう音楽を楽しむか? 楽しませるか? を考えている。これは僕が参加していた国立民族学博物館の辺境ヒップホップ研究会でもたびたび話題になる話だ。

権力による規制が厳しい地域でアーティストや事業者はどう活動するのか? 面従腹背、地下化、あるいは権力追従、場合によっては国外逃亡。権力との距離の取り方に関してアーティストたちは賢く、強かでしなやかでもあると同時にどうにもならない厳しい局面とも向き合わざるを得ない。

あるフェスの主催者がいう。「僕はヒップホップが大好きでね。パブリックエネミーをどうしても中国の客に見せたかったんだ! でも、彼らはグループ名からしてやばい。だからグループ名を変えて入国させたんだよね!」パブリックエネミーは2007年の北京のフェスには出演しているが、その後の中国でのオフィシャルなライブ記録はない。”人民の敵”ではない名前でライブをしていたのだろうか? このエピソードにも中国でライブ事業を行う強かさと、それでも音楽を希求する気持ちが伝わってくる。なんとか演奏する人、なんとか楽しむ人、なんとかその場を作る人。そこに人間がいることに希望はある。

中国でライブする時は演奏する楽曲や歌詞の提出が行政から求められる。現場にも共産党のチェックは入るらしい。「君たちは即興もやるだろ? やり方は考えよう!」そう、彼らは強かだ。「上海以外の都市のブッキングもできるから任せて!」そして、何やら頼もしい。

だが、結局僕らは上海のフェスには出演できなかった。翌年から世界はコロナ禍に巻き込まれていき、世界中の予定は白紙になった。上海のフェスからの連絡もその後一切途絶えた。コロナ禍のあと、沖縄で開催されたショーケースフェスMusic Laneでは中国の別のフェス主催者がこれまた初見の僕らのライブを観てすぐにオファーしてくれた。ただ、これもスケジュールの都合で実現しなかった。去年、香港ツアーは出来たが本土でのライブは未経験だ。そして、今では香港でも対日規制が始まってしまうようだ。ここまで権力が強く作動すると強かにかわす段階ではないだろう。どうにもならない時もある。

中国の権力体制は今に始まったことではない。それをわかったうえで権力との距離を巧みに取り続いてきた人々の営みがある。日本から人が訪れ、中国の人と交わる。高市総理の発言が本当はどのような意図で行われたものなのかはその後の本人の国会での発言からも判然としない。だが、高市総理も習近平主席もトランプ大統領も、自分たち権力の大きな足の下で人々がさまざまな営みを行っていることをどれだけ気にしているだろうか? 権力の足はちょっとよろめいただけでも下にある小さな生活を粉々にする。ネット上ではどっちの権力につくのか! みたいな話ばかりで、その足元の小さな営みの破壊など大した問題ではない! と大見栄を切る人すらいる。

沖縄であった香港のバンドと今度一緒に曲を作ることになった。だが彼らと実際にまた会えるのはいつの日だろうか? 彼らは台湾の音楽シーンに興味を持っていて、一緒に行ったら楽しいねなんて話したものだ。人が人と会って楽しい時間を過ごす。そんな営みこそが大事だという立場こそが、この乱世に必要だと思う。 

関連書籍

ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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