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アウトドアブランド新入社員のソロキャンプ生活

2025.11.23 公開 ポスト

そんなに急ぎなさるな。すこし落ち着こうではないか大石祐助

アレルギーとは無縁の人生であった。

この才能については我が両親に感謝しなければならない。ところが、後天的にアレルギーが発症することがある。たとえば花粉症。受容できうる量を超えて花粉を浴びると、発症するらしいのだ。

 

 

私は仕事でもプライベートでもキャンプをする。なので、野外にいる時間が長く、いつか花粉症になるのではないかとびくびくしている。そんなわけで、森ではなく、海辺のキャンプ場へ行くことが多いのである。

今日の目的地も、水平線の先に日本列島が見える、離島のキャンプ場です。

はじめての島ソロキャン。

港から二十分ほど歩き到着。

松と松の合間からサファイアを砕いて溶かしたような海が顔を出します。水平線の先にどどんと本土が鎮座する画は新感覚。眺望がよく平らな場所を探して、テントの設営でも始めようか。

否、そんなにいそぎなさるな、すこし落ち着こうではないか。まずは一杯いただこう。

 

フェリーの甲板で、島おじいと島おばあが酒盛りをしているのを見たときから、ずっとがまんしてきたのだ。

真夏の太陽に睨みつけられながら、港からキャンプ場までテントやチェアが入った重いバックパックで背負い汗を流す間も、ずっとがまんしてきたのだ。

 

島唯一の酒屋で買ったアサヒスーパードライのジョッキ缶。

我が子を初めてだき抱えるように優しくバックパックから取り出す。プルタブにそっと指をかける。

 

ぷしゅっつ。

 

この産声を耳にするためにキャンプをしているのだ。

そのままぺりぺりとフタを剥がす。同時に己の心にこびりついた、上司からの評価や世間の語る幸福論も引き剥がす。

ここからは自分の自分による自分のための時間なのだ。

 

もこもこっと純白の泡があふれだす。缶から飛び出そうになる泡をズズズっと救い日本海にどや顔。それでは参ります。一気にビールをノドの奥へと落とし込む。待ち望みすぎて、ジョッキ缶と自分が垂直になり、もはや顔で飲んでいる。

かつて、大学の新入生歓迎会にて三回生の先輩が「あのな、ビールはノドで飲むんだよ、ノドで」とビールの飲み方を豪語していたのを思い出す。キャンパーの後輩ができたら「あのな、ビールは顔で飲むんだよ、顔で」と教えてあげよう。

 

ジョッキ缶片手にテントの設営を始める。

炎天下での設営で脱水症状になりかけていたのと、下戸なのが合わさり、テントができあがる頃には、私もできあがる。朦朧としながらチェアに腰かけ、宿の完成を祝してもうひと缶。しばしお休み。

 

日差しが穏やかになってきた夕刻。

拾っておいた小枝や松ぼっくりを焚火台にくべて火をつけ、夜ごはんの支度を開始する。当初は、粟島で揚がった魚を商店で購入して焼く予定だった。けれど、島の商店で手に入ったのは、ソーセージとエリンギだけ。夢叶わず。

とはいえ、この景色とビールさえあれば、どんなごはんもごちそうであります。

 

パチパチと木がはぜる焚火台に手をやり、ソーセージを送り出すに十分な熱かを確認する。網の上にいっぽんいっぽん丁寧にソーセージを並べ、彼らが大人になるまで向かい合う。

熱に耐えられなくなったソーセージの体に透明の稲妻が走り、肉のしずくが飛び出す。滴り落ちた油が「じゅーーぅっ」と奏でしはまさに福音。

 

御大を口へと運ぶ。

パリッという軽快な音と共にこぼれだす肉汁。旨い油でベタついたノドをビールで洗い流す。嗚呼ドイツ万歳。グーテンターク。

ビールとソーセージこそ人類の大発明である。人間、この二つがそろえば幸せになれるようだ。

 

お次はエリンギ。

炙られて縮み上がったエリンギに、はらはらと塩をふりかける。ひと口でいただく。はむり。

肉汁ぶっしゃー。脳汁ぶっしゃー。うううううますぎる。塩をかけただけだぞコラっっっと癇癪を引き起こすほど。エリンギに舌鼓を打っている間に、ソーセージの第二幕が開演する。

飛ぶほどうまいソーセージとエリンギ。

ソーセージとエリンギの演舞はグランドフィナーレを迎え、すこしずつ酔いが冷めていく。

 

今までアルコールで感覚が麻痺していたのか、突如、足の甲が猛烈なかゆみにおそわれる。そのかゆみは、足くび、ふくらはぎ、太ももと、上へとのぼってくる。

虫にでも刺されたのかと下半身に目をやると、斑点状に腫れ上がっているではないか。

 

じんましんだ。

 

変なものは食べていない。アレルギーも持っていない。

理由がわからない。なぜだ。

 

あっ、もしかして……。

 

人間が一生のうちに受容できる「ぼっち」の量をオーバーしてしまったのかもしれない。

しらふに戻り、夏の三連休にひとりで島に来てキャンプをしているという現実にアナフィラキシーショック。

 

海と焚火を眺めたり、満天の星空を見上げたり、夜をぞんぶんに愉しみたかった。

けれど、「かゆい」にすべてを支配され、自然をいつくしむ余裕なんてなくなってしまった。もう夢の中に逃げこむこと以外に、このぼっちアレルギーを収める方法は見つからなかった。

早々にテントの中へ引き上げる。テントの中で全身を掻きむしる。焚火に揺られるその影はまさに哀しきモンスター。

愉しめなかった海と焚火。

前言撤回です。

人間、ビールとソーセージがあっても、幸せにはなれないようです。このアレルギーを治すのには、どうやらだいぶと時間がかかりそうである。

島から望む日本列島。

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