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歌舞伎町で待っている君を

2025.10.29 公開 ポスト

「今日で変えるんすよ。俺らの見られ方を」パラパラ男は生誕祭で企むSHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#44

シャンパンがオーダーされる気配は全くなく、パラパラ男の正式ではない生誕祭が開幕する。

いつも通りの常連様がまばらに来店し各席へ散らばる。

No.上位メンバーはまだ出勤しておらず、中堅メンバーの席で店の雰囲気が作られてゆく。

パラパラ男は自身の体型にピッタリと合った黒いスーツを纏い、鮮血のような色のネクタイで首元を締める。

 

いつもより凛々しい表情で全く歓迎されないであろう中堅ホストの席へ向かい、深々と挨拶をする。

「いらっしゃいませ。これ良かったらどうぞ。」

そう言って、シンプルなローマ字で彩られた何かをお客様に手渡す。

 「え?ありがとう。」

お客様も中堅ホストも困惑し、不思議な空気を作って、丁寧にパラパラ男はその場から立ち去る。

少し間を置いてから違う席へ、同じように挨拶をしてから、また別の何かを手渡す。

その姿をボーッと見ていた私に、パラパラ男が近づく。

「日頃の僕の情報収集能力を舐めないでくださいよー。」

 「何渡してたの?」

「まあ、あとで話しますよ。とりあえずヘルプ一緒にまわりません?」

 「いいけど、ほぼ着いたことないよ。どの席も。」

「今日で変えるんすよ。俺らの見られ方を。挨拶した順にいきましょー。」

まだ寝そうな店長の了承を得てから、私とパラパラ男はセットでヘルプをまわり始めた。

「失礼します!」

勢いよく二人で席に着くと、中堅ホストはやりにくそうな表情を隠すように目の前にある焼酎の烏龍茶割りを飲んだ。

隣に座る赤い服を着たお客様は思っていたより好意的で私達に酒を飲む許可をくれる。

そのやりとりを見ていた中堅ホストはしょうがねーなーと何か吹っ切れたように、酒を飲む最終的な許可を出した。

「お前らみたいなの、苦手というか嫌いなんだよね」

中堅ホストが笑いながら口を開く。

赤い服を着たお客様がちらりと中堅ホストを睨む。

 「そうっすよね。でも変な奴もいたほうが面白くないすか?!」

パラパラ男がすかさず声を上げた。

中堅ホストは、赤い服を着たお客様の背中を摩りながら先ほどより口角を僅かに下げる。

「そういうテンションとかうぜーけど、なんかもういいや、飲もうぜ」

それから幾度も乾杯を重ね、ほんのり脳が麻痺し始めた頃、赤い服のお客様がパラパラ男が挨拶の時に渡した物を小さな紙袋から取り出す。

「なんでこのリップをくれたの?」

 「今日、僕の誕生日なんですよ、なので勝手にイベントやって勝手な引き出物です。すみません勝手して。」

「いや、嬉しいよ。私使ってるやつだし。」

中堅ホストは黙っている。

暫くして席を抜かれ、私とパラパラ男は美しい青年に呼び出された。

「お前ら、勝手にやってるけど、担当と連携取れてなかったら爆弾だからな。その辺わかってる?担当立てろよ。」

パラパラ男は表情を変えず、返答する。

「はい。わかってます。これぐらいやらないとみんな変わらないっす。」

ガチガチに固めている頭髪の隙間から一筋の汗がゆっくりと垂れた。


『小雨のち雨』


あなたから金を貸しての通知あり小雨が止んだ、死ねよ満月



銀色の刃の上をするすると薄気味悪い皮が通った



胃の奥に溜まったものを吐き出して濡れた指から腐りはじめる



さっきまで美しいと言われてたただただ重い名のない荷物



舌先に乾いた嘘がひとつあり君は知らずに指で掬った
 

(写真:SHUN)

 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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