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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

2025.11.01 公開 ポスト

行き当たりばったりノープラン旅、ハノイ大平一枝

 先日四度目のベトナムに行った。前半は娘と、後半は娘と交代で友達と合流、ふたりで部屋を借りた。京都でもパリでも計画を立てずにふらふらと行動する、いつもの相棒。今回もきっちり敢行された、彼女とのいきあたりばったり旅のことを。

 滞在したのはハノイ、タイホー地区という。
 中心部の西湖(タイホー)という湖沿いには遊歩道があり、カフェやレストラン、ホテルや店舗が立ち並ぶ。
 観光エリアでありつつ、駐在員をはじめここで暮らす外国人と地元民の暮らしが、混じり合っているのが特徴だ。旧市街までは車で二五分ほどかかる。

 モダンなカフェの横の路地に、昔ながらのドアのない半屋外のような食堂があり、年季の入った寸胴鍋から牛骨の匂いが漂っていたり、野良犬が悠々と歩いていたりする。
 旧市街のような賑々しさがないのが、この年になると楽で、落ち着く。

 西湖はハノイ最大の湖で、周囲は約一七キロ。飲食店や商店は湖沿いに多いので、どこへ行くにも、歩きまくる。スーパーもけっして歩けない距離ではないが、そこそこ遠い。
 タイホー地区が日本人にあまり馴染みがないのは、どこへ行くにもちょっと距離があるということと無縁ではないだろう。
 しかし、キッチン付きアパートを借り、暮らすように旅をしたい私には、のんびりした距離感、時間軸がなんともいえず心地よかった。

 毎日たいした目的地がない。

 朝起きると、友達と「今日はスーパーへ行こうか」「じゃあ帰りにフォーを食べよう」「それは昼になるから、朝は辻で売ってるバインミーに挑戦してみない?」と相談をする。

 無鉄砲に路地をてくてく突き進み、疲れたらそのへんのマッサージ屋に入る。
 ふらりと入った店の施術があまりに上手で夢見心地だったので、思わず翌日も行ってしまった。調べてみると、視覚障害者の方々に整体を教える学校の経営だった。
 こういう大アタリの店は、目的なく歩く速度の旅だから出会えたのだと思う。そして、SNSに載っていないからこそ、アタリの感動が大きい。

 もちろん、たまにハズレもある。じつは最初に入ったところは目を剥くほど高額で、外国人富裕層向けだった。すみませんまた今度と、ジェスチャーで伝え飛び出した。
「だからやめなって言ったじゃん。ひと目でここはぼられそうってわかるのに」と、友達におおいにしぼられた。ハズレの次の大アタリはことさら喜びが大きいというものである。

 カフェで好んで入ったのは、地元のおじさんたちがタバコを吸いながら話し込んでいる雨漏り必至なオープンエアーだ。外国人少々、殆どが地元民のたまり場という体だ。その少ない外国人も、おそらく旅行客ではない。暮らしている気配がゾウリや手荷物の軽さからわかる。

 ベトナムは、八〇年代の経済改革政策により、コーヒー生産量が世界二位に。コーヒーショップは屋台からモダンなものまで合わせると、国内に約五十万店舗あると言われている。私はあちこちで一服しては一日に何杯も飲んだ。

 コンデンスミルクが入ったベトナムコーヒーはよく知られているが、地元の人たちを見ていると、もっと多様な、一見不思議なものを飲んでいる。
 ハノイの発祥の、卵黄と泡立てたクリームの入ったエッグコーヒー。ココナツミルク入り。泡立てたミルクに塩を加えたフエ発祥のソルトコーヒー。アイスコーヒーに熟したパイナップルの実入りのパイナップルコーヒー。
 毎朝の楽しみになり、いろんな店で試した。
 なかでも魅了されたのは、ほんのり甘いヨーグルトをアイスコーヒーに沈めたヨーグルトコーヒーである。こちらもハノイ発祥とのこと。

 どうやって作るのか、レジ越しにじーっと見ていると、お姉さんが給食についてくるような、よくあるカップヨーグルトのアルミの蓋を剥がし、中身をまるごとドボンとガラスのマグに沈めた。そして上からアイスコーヒーを注ぐ。
 予想以上にシンプルだ。特別なヨーグルトでもなんでもない。
 ハノイのじっとりした暑さと、このコーヒーは妙に相性がいい。ほろ苦さにほんのり甘酸っぱさが加わり、口中がさっぱりする。

 凝視していると、お姉さんと目が合いニコッとされた。「ほら、けっこう簡単でしょ」と言うように肩をすくめて。
 同じ材料で日本で作っても、きっとあの味にはなるまい。彼女のアイコンタクトも含めて、おいしいハノイだけの味だ。

 夜は、国民の足と言われるアプリで呼べる安いタクシーで旧市街に出かけた。
 観光客だらけのお土産ストリートを歩く。
 どの店も同じに見えるのは浅草や新京極と同じである。それはそれで楽しく、そぞろ歩きを満喫する。

 しかし、欲しいものはなく、私達は食事をして帰った。
 翌日の昼、食堂で友達が面倒くさいことを言い出した。

「義妹がお土産にドラを欲しいって」
「ドラって、ゴーンって鳴らすあれ?」
「そう、銅鑼(どら)」
「寺で鳴らすやつ? 船で運ぶわけ?」
「楽器の小さい銅鑼売ってたじゃん、土産街に」

 興味がなさすぎて見落としていた。なんでも帰国後、音楽好きの義妹に会う予定らしい。
 私たちは翌日、銅鑼探しの旅に出た。
 まさかベトナムでそんなものを探し歩くとは。思いつきにもほどがある。(つづく)
 

看板も店名もなさそうな店。適当に入っても全店旨いのはナゼ。
牛肉のフォー
どの店にも卓上にはライム、唐辛子、ナンプラーがある
とりあえず路地があったら入ってみる
謎の通路は大好物
左がソルトコーヒー、右がココナツミルクコーヒー
1度は試していただきたいヨーグルトコーヒー

 

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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