最近、まるで示し合わせたかのように、店にあるモノが次々と壊れはじめた。レジで使っているiPadは本体と液晶パネルとの片面が外れ、画面がうっすら膨らんでいる状態。給湯器の調子が悪くお湯が出なくなり、Aのバイク(ジョルノ)もエンジンがかからない。エアコンは電源を落とすと、パチパチ、変な音がするようになった。
いずれも使いはじめて十年になるが、モノの寿命とはちょうどそのくらいなのだろう。機械も人間と同じで、長いあいだ酷使していれば、調子だって悪くなるのだ。
しかしモノの寿命が次々にやって来てはじめて、実際それだけの時間が、店に流れていたことに気がついた。「十周年」という言葉はとってつけたようで、大げさに言うことをためらうところもあったが、周りにある様々なモノから、「もう、そのくらいの時間が経ったのですよ」と促された格好だ。
今年は春からTitleの十年間をまとめた本を製作していて、先日ちょうど校了した。本をつくるにあたっては、この間のことを振り返りたい気持ちと、この程度で振り返ってたまるかという思いが両方あり、結局は本をつくりたいという気持ちが勝った。
編集は川口恵子さん、ブックデザインは根本匠さんが引き受けてくださり、自主制作にしては情報過多な、256ページの、大ぶりな文芸誌のような本が出来上がった。二人は言い出しっぺのわたし以上に、この本に真剣に向き合ってくれて、途中からわたしは、二人に背中を押されるようやっていただけだった。
本のタイトルは『Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』としていたが、本づくりも佳境を迎えたころ、根本さんからタイトルを、『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』にしたいと連絡があった。
「辻山さんにとって〈本屋〉という言葉は、単なる職業名以上の重さをもって使われていると感じています。〈本屋Title〉と堂々と正式ロゴと一緒に表記することで、生活の場・公共性をもつ実在が前面に出て、その言葉を店名の前にそのまま置くことが〈この本は、“本屋という仕事”そのものをめぐる本でもある〉ということを、タイトルの段階ではっきりさせることができると考えています」
これまでわたしは、「あくまでも正式な店名は〈Title〉で、それだけでは何の店かわからないから、ロゴや看板には〈本屋〉という文字を入れている」と説明してきた。しかしそのことは、本屋であることに対する、わたしのねじれた自意識も表していたに違いない。「確かに本屋だけど、自分でそう言っちゃうのもなんだかね」。わたしはそのように考えていたのだ。
なにカッコつけてんだ――もちろん温厚な根本さんはそのようなことは言わないが、わたしは〈本屋〉から逃げてはならないと思い知らされた一件であった。
「来年の一月で十年になる」という話を店頭ですると、ほとんどの人がおめでとうと言ってくれる。それはとてもありがたいことだが、画家の牧野伊三夫さんだけが少し考えたあと、「まだまだこれからですね」と言ってくれて、そのことがとても腑に落ちた。
それは、全国の長く続いている店を知っている牧野さんだからこそ出た言葉だろう。よのなかにはただ黙々と仕事を続け、何十年、何百年と続いている店も多い。そうした先輩方から見れば、Titleなどはまだひよっこで、十年はいっときの通過点にすぎない。「まだその先、そのずっと先に見えてくる景色があるんだよ」。牧野さんはそのことを、それとなく諭してくれたのだと思う。
壊れたモノのうち、修理できるものは修理し、iPadは最新の機種に買い替えた。買い替えたのは、これからも前に進むためだ。別にどう呼んでいただいても構わないが、来年の一月十日から、正式な店名は〈Title〉ではなく〈本屋Title〉にしたい。
今回のおすすめ本

遠く星を見て、自らの存在の不思議について、思いを馳せないものなどいないだろう。贈り物にも最適な、星をめぐる歌のアンソロジー。
◯連載「本屋の時間」は単行本でもお楽しみいただけます

連載「本屋の時間」に大きく手を加え、再構成したエッセイ集『小さな声、光る棚 新刊書店Titleの日常』は、引き続き絶賛発売中。店が開店して5年のあいだ、その場に立ち会い考えた定点観測的エッセイ。お求めは全国の書店にて。Title WEBS
◯2025年11月28日(金)~ 2025年12月22日(月) Title2階ギャラリー
劇画家・バロン吉元が1971~72年に発表した代表作『昭和柔俠伝』(リイド社刊)の復刊を記念し、同作の原画のみを一堂に集めた初の原画展を開催します。物語の核となる名場面を厳選展示。バロン吉元はいかに時代を切り取り、そこに生きる人々の温度を紙にこめてきたのか……。印刷では伝わりきらない、いまだ筆致に息づく力を通して、原稿用紙の上で世界が立ち上がる軌跡を、原画で体感いただける機会となります。
◯2025年12月25日(木)~ 2026年1月8日(木) Title2階ギャラリー
毎年恒例の古本市が、今年もTitleに帰ってきました! Titleの2階に、中央線からは遠いお店からこの辺りではお馴染みの店まで、6店舗の古本屋さんが選りすぐりの本を持ち寄って、小さな古本市を開催します。10回目の今年は、新しい店も参加します! 掘り出しものが見つかると古本市、ぜひお立ち寄りください。
【『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になります】
本屋Titleは2026年1月10日で10周年を迎えます。同日よりその10年の記録をまとめたアニバーサリーブック『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』が発売になります。
各年ごとのエッセイに、展示やイベント、店で起こった出来事を詳細にまとめた年表、10年分の「毎日のほん」から1000冊を収録した保存版。
Titleゆかりの方々による寄稿や作品、店主夫妻へのインタビューも。Titleのみでの販売となります。ぜひこの機会に店までお越しください。
■書誌情報
『本屋Title 10th Anniversary Book 転がる本屋に苔は生えない』
Title=編 / 発行・発売 株式会社タイトル企画
256頁 /A5変形判ソフトカバー/ 2026年1月10日発売 / 800部限定 1,980円(税込)
◯【寄稿】
店は残っていた 辻山良雄
webちくま「本は本屋にある リレーエッセイ」(2025年6月6日更新)
◯【お知らせ】
心に熾火をともし続ける|〈わたし〉になるための読書(7)
「MySCUE(マイスキュー)」 辻山良雄
あらゆる環境が激しく、しかもよくない方向に変化しているように感じる世界の中で、本、そして文学の力を感じさせる2冊を、今回はご紹介します。
NHKラジオ第1で放送中の「ラジオ深夜便」にて本を紹介しています。
偶数月の第四土曜日、23時8分頃から約2時間、店主・辻山が出演しています。コーナータイトルは「本の国から」。ミニコーナーが二つとおすすめ新刊4冊。1週間の聴き逃し配信もございますので、ぜひお聞きくださいませ。
本屋の時間

東京・荻窪にある新刊書店「Title(タイトル)」店主の日々。好きな本のこと、本屋について、お店で起こった様々な出来事などを綴ります。「本屋」という、国境も時空も自由に超えられるものたちが集まる空間から見えるものとは。















