
「お母さん、この花、家に飾ろ」
幼い頃、堤防を散歩しているときに母に言うと、彼岸花は家に飾る花ではないと言われ、ゾワッとしたのを覚えている。こんなにきれいなのに家の中には飾らない花。以来、どこかで見かけるたびに、あの夕暮れの風景を思い出すのだった。
府中の郷土の森博物館の敷地に40万株の彼岸花が植えられていて、ちょうど見頃だという。
40万株の彼岸花。
どんな景色なのだろう?
というわけで日曜日に出かけて行ったところ、郷土の森博物館の最寄り駅、分倍河原駅のバス停には100人くらい人が並んでいたのだった。
満員バスに乗り、10分ほどで到着。入館料300円を払って中へ。彼岸花の別名である曼珠沙華を掲げ、「郷土の森曼珠沙華まつり」という名の下、大勢の人が訪れていた。
小腹が空いたので、まずはキッチンカーのたこやきを食べることに。外のテーブル席はどこも埋まっていたが、わたしはこういう時、席をゲットするのが得意なのだった。ぱーっと全体を見て、どの人たちが相席をしてくれそうか見極め、さーっと近づき、明るい声で「ここ、いいですか?」。気負いなくできる。
不思議だな、と思う。
わたしはどんなに少人数であっても自己紹介の場が苦手で、とてつもなく緊張するのである。なのに、知らない人に「ここ、いいですか?」は全然、平気。自分の心って自分でも不明である。
たこやきを食べ、いよいよ彼岸花ゾーンヘ。
後ろを歩くご高齢の女性たちの会話が耳に入ってきた。
「彼岸花って、昔は田んぼの脇とか土手にいっぱい咲いてたよね」
「毒があるから、ネズミとかモグラよけになったからね」
毒があるということは幼いあの日に母に教わったが、ネズミ・モグラまでは知らなかった。
そして階段をあがった先に、目が覚めるような彼岸花が広がっていた。
きれい。
だけど、ちょっと怖い。
怖いからもっと見たくなる。
まっすぐのびた茎に葉はなく、ゆえに花の強さが際立っている。打ち上げ花火の静止画みたいに美しい花だった。みな写真をばしゃばしゃ撮っていた。
そういえばここは博物館なのだった。府中市内にあった江戸時代から昭和初期の建物が移築再現されている他、プラネタリウムなどもある。暑い日だったので建物などはちらりと見て、再び満員バスに乗り駅へと戻る。数日経っても彼岸花の赤色は胸の中で鮮やかだった。
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うかうか手帖

ハレの日も、そうじゃない日も。
イラストレーターの益田ミリさんが、何気ない日常の中にささやかな幸せや発見を見つけて綴る「うかうか手帖」。