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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

2025.10.04 公開 ポスト

ひつまぶしと昔住んでいたアパート大平一枝

 おとなの家族旅を書きたい。といっても、おとなにさしかかる年齢の子どもとの旅だ。
 幼い頃は親主導で旅先を決められたが、思春期もすぎるとそうもいかない。子どもにもいろいろ予定がつまり、そもそも家族旅行を無邪気に喜ぶ年齢でもない。家族より友達との遊びの方を優先したい気持ちは、自分を振り返ってもよく理解できる。

 長男が高校生、長女が中学生だったか。どちらも部活やなにかに忙しく、小学生の頃は毎年行っていた旅も途絶えていた。
 ある年の一二月二九日。奇跡的に四人の予定が空いているのがわかった。子どもの友達もさすがにそんな年の瀬は、祖父母宅に行ったり家族の用事があったりしたのだろう。
 わかったのは前日で、どこか一泊で出かけようとあいなった。大学受験やなにやらで、こうして昔のように思いつきで家族全員出かけるのも最後だろうという予感もあった。

 さて、どこへ行く。
 趣味嗜好の違う二世代全員が楽しめるものが思いつかない。

 と、夫がひらめいた。
「名古屋行かへん? 俺たちが住んでたアパート巡って、そのあと、ひつまぶし食うの」
 アパートとひつまぶしという言葉に、子どもたちの目が輝く。

 京都出身の夫と長野出身の私は愛知の大学で知り合い、卒業後は名古屋で就職。それぞれアパートを借り、何年か暮らした経験がある。結婚は、上京後の二九歳である。
「うわー名古屋のひつまぶし、一度食べてみたかったんだー名店のやつ」と息子。
「ママやパパの住んでいた家、まだあるの?」と娘。
 どうかなあと私たちは心もとない。
 上京以来、一度も訪れていないのだ。

 年の瀬でもやっていて、とびきり旨いと評判のひつまぶしの店を調べた。予約不可。平日休日関係なく、平均一時間待ちの文字が並ぶ。
 時間がありあまっていた独身時代は、行列に並ぶ暇はあっても、高価なひつまぶしを食べるお金がなかった。
 夫婦ともに大の行列嫌いだが、ひとり暮らしの頃、テレビでいつも名古屋が特集されるたび羨ましく見ていたあの店に、今なら行ける。あの頃いなかった子どもたちと一緒に、初めて家族という単位で。
 私は、小さく興奮した。
「交代で並べばなんとかなるやろ」と夫も珍しく、行列に対してやる気である。

 ところが急すぎて、手頃な宿はすべて満室だ。四つ星の市街地を一望できる高層ホテルだけ空きがある。
 安宿が信条、貧乏旅行癖の抜けない私たちは、なかなか踏ん切りがつかない。と、夫がまたも提案する。
「アパート巡るなら、車がいるやろ。新幹線やめて車で行こう」
 私は運転免許を持っていない。それでいいならと同意した。自家用車なら家族四人ぐんと安くつく。
 夫は私より長く住んだ名古屋という街に、特別の思い入れがあったのだろう。くわえて大好物の鰻の魅力に抗えなかったに違いない。

 私が絶対譲れない朝食の条件「地元の食を楽しめること」も、そのホテルはきしめんやら味噌カツやら、地元料理をメインにした多彩なビュッフェスタイルで文句ない。ひつまぶし<薬味・だし付き>まである。
「あしたは名店のひつまぶしを食べるし、さすがにホテルでこれは食べられないかもね」と苦笑しながら予約を入れた。

 子どもたちは、親が独身時代に住んでいた部屋探しに興味津々だった。
 グーグルマップもなかった時代のうろ覚えの住所を頼りに、なんとか私のアパートにたどりつくと、呆然とした。

「新築の白くてきれいな二階建てのコーポでね、屋根はオレンジでかわいいの。家の前は空地で明るい部屋だったんだよ」と、説明したそれはあるにはあったが、幽霊屋敷のように薄汚れている。
 全景も見えない。建物の前に大きなビルが建ちはだかっているからだ。苔でも生えそうなまったく日の当たらない裏側に、ひっそりとたたずんでいた。十数年も建てば、空き地がそのままであるはずもないのだが、その暗さは妙に堪えた。
 車から降り、おそるおそる暗い敷地に近寄ると、住人は退去しており、解体間近だとわかった。

 みな無言で車に乗り、夫の住んでいた部屋へ向かう。
 繁華街近くの四階建て、古ビルの一室だ。
 ビルというと聞こえはいいが、四畳半に流しがひとつついただけの、当時でもかなり珍しい物件だった。コンクリート造なのにすべてのフロアが共同廊下で、昔の下宿のように薄いドアを開けるとすぐ部屋になる。小窓がひとつしかないため換気が悪く、ふだんから多くの住人がドアを開け放していて、廊下を歩くと中が丸見えだった。

 ビルはあの頃と変わらずあった。
 共同廊下も変わらない。いまだ若者が住んでいるようで、古いながらもゴミなどはなく、手入れがなされている気配があたたかい。
「ここに、おとんがいたのかー」と、とりわけ息子が感慨深げだった。家賃いくらだったの、料理してたのと矢継ぎ早に訊いている。

 私は、それぞれの部屋がどうなっていようと、必死でもがいていた二〇代の日々の記憶が街のあちこちにはりついていて、胸がいっぱいになった。人のいない、朽ちかけた私のアパートも、自転車置き場を見るだけで次々いろんな顔や泣き笑いの時間が浮かぶ。
 お金がなくて、時間だけはあって、でもなんとか自分で身を立てようとしていた二十代前半を過ごしたアパートを訪ねた時間には、ノスタルジーや懐かしさだけではない。なんともいえないせつない苦さが混じり合う。

 待望のひつまぶしは、「忙しい師走に並ぶ人は少ないのでは」という目論見が大きくはずれ、一時間半以上待った。
 交代で、と言っていた夫はなぜかひとりで本を読みながら頑張り、私と子どもたちは近くで買物をして時間を潰した。
 
 満を持して四人通された畳の部屋で、大きめのお櫃(ひつ)にびっしり並んだ飴色の鰻が、ひとりひとつずつ運ばれてきたのを見たときの、子どもたちの紅潮した顔。
 お櫃を、ひとり用しゃもじで四等分し、一杯目は香ばしく焼かれた鰻のたれとご飯の組み合わせを楽しむ。
 次は、ネギやわさび、のりの薬味を添えて。
 三杯目は、熱々のだし汁をかける。
 息子は、生まれて初めて味わう鰻のお茶漬けに目を丸くして感激している。娘は、大事そうにひと口ずつ。
 最後に、残ったものを全部のせてだし汁をかけて〆る。

 行列のできる老舗の実力を、あのときほど実感したことはない。それ以降、人生で一度も、私は飲食店で長い行列を待ったことがないのは、待った末の喜びが、あのひつまぶし以下だったらいやだからだと思う。

 よほど魅了されたのだろう、翌朝ホテルで、息子はわんこそば風のひつまぶしのだし汁かけを一〇杯以上食べた。
 ご迷惑だからよしなさいと注意する私に、「調理の人は、またきたねっていう感じで笑って盛りつけてくれたよ」と意に介さない。
 隣の老夫婦が、つまれた椀を立派なものでも見るように眩しそうに眺めていた。

 昔住んでいた部屋を訪ねるという旅は、まったく相手の過去を知らない者でも楽しめる。
 パリで暮らしていたことのある友達と、かつてのアパートを訪ねたときも不思議な感慨があった。東京で知り合った彼女は、ここで夢を追いかけていたんだな、頑張っていたんだな。どんな喫茶店に通っていたんだろう、休日はどこで遊んだんだろうと次々興味が湧いた。もっと相手のこともその街のことも知りたくなるし、好きになる。

 たった一泊だったけれど、今振り返っても、いい旅だったと思う。親の青春をちょこっと辿った子どもたちはどう思ったかわからないけれど。

 

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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