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知的菜産の技術

2025.09.11 公開 ポスト

第20回

家庭菜園で育てに育てた55種類。人生まで変わった「鉄板の野菜」はこれだ!仲野徹(生命科学者)

ながらくご愛読いただきました連載も中締め。今回は、書き残していた葉菜類と根菜類について、そして特に声を大にして言いたいニンジンについてであります。

 

売っているホウレンソウはなぜあんなに大きい?

これまでに仲野家菜園で栽培した野菜の種類、ざっと40種類とふんでいたが、いい機会なのできちんと数えてみたら、なんと55種類も。思っていたよりずっと多くて、王貞治のホームラン記録と同じやん。内訳は、葉、花、茎などを食べる葉菜が29種類、根などの地下部を食べる根菜類が17種類、実を食べる果菜類が9種類。なんとか大根とか、なんとか茄子とかいう品種まで入れたら、きっと70品種くらいになるだろう。むっちゃ多い。

菊菜、ビーツ、カラフルニンジン、ミカン、ダイコン

葉菜類には二通りの意味があって、根菜と果菜に対応する意味、広義での葉菜である。もうひとつは、その広義の葉菜を、食べる部位によって葉菜、花菜、茎菜と分けた狭義の葉菜だ。すでに紹介したハーブ類がけっこう多いのだけれど、この狭義での葉菜だけでも18種類もあって、栽培した野菜のうちで最大派閥をなしている。他に、ホウレンソウ、チンゲンサイ、コマツナ、ミズナなど、おなじみの野菜があるのだが、いまひとつ詳しく書く気がせんのである。

葉菜諸君には誠に申し訳ないのだが、育てやすいのだけれど、あんまり面白みがない。浄瑠璃でよくでてくる「曲がない」というやつだ。それに、これも仲野家菜園のご多分に漏れず、あまり大きく育たない。八百屋さんに売られているホウレンソウなどを見ると腹が立つほど大きい。ホンマ、なんでなんやろ。味は悪くないんやけど……。そんな中、ひとつだけ特筆しておきたいのはリーフレタスである。

前回書いたように、レタスが結球するようになったのは育種の結果である。それに対して、リーフレタスは結球しない昔からの系統だ。売られている種の袋にはいくつかの種類のタネが混じっていて、形も色も違うリーフレタスが生えてくるのがいい。大きく育てる必要がないので、ホウレンソウ栽培のような敗北感を抱くこともない。採れたてのフレッシュなやつを朝食に食べたら、それだけで幸せになれる。プランターでも十分に育つはずなので、超オススメだ。

鉄板のお気に入り根菜はカラフルニンジン

根菜も、ジャガイモとショウガ以外、ほとんど書いてこなかった。ダイコン、ゴボウ、カブ、などを育てたのだけれど、これも葉物と同じく、八百屋さんで売られているような立派なものができたためしがない。ダイコンなんか、我が家で採れるのと比べると、売られているのはミュータントだ。う~ん、こうやって考えてみると、まともに立派に育ってるのは果菜類だけやないか。ちょっとあかんけど、しゃあなし。

そんな根菜だが、ビーツのようにあまり売られていないものを作るのは面白い。もうひとつ、鉄板で気に入っているものがある。それは、カラフルニンジンとかレインボーニンジンという名で呼ばれているニンジンである(以下、面倒なのでカラフルニンジンでいきます)。ご存じだろうか、カラフルニンジン。普通に売られているニンジンに比べて小さめで、白、紫、黄といった色のニンジンだ。

子どものころからニンジンが嫌いだった。大人になって好き嫌いがずいぶんと少なくなってからも、ニンジンだけはあかんかった。だが、いつだったか記憶にないのだが、道の駅で色の違うニンジンを買って食べてみたら、美味しく食べられた。え~っ、どういうこっちゃねん。けれど残念なことに、あまり売られていない。なので、家庭菜園を始めるにあたり、育ててみたい野菜のトップにカラフルニンジンがあった。

ニンジン嫌いを克服して感無量

結論から言おう。以前の記憶通り、いや、それ以上に美味しかった。普通のニンジンに比べると、いわゆるニンジン臭さがないのである。どれくらい美味しいかというと、親戚の小さな子どもたちが、なにもつけずにバックス・バニーみたいにかじってくれたくらい美味しい。どうでもええが、ずいぶんと昔のことだが、米国ではバックス・バニーのアニメが子どもたちのニンジン嫌いを和らげたと言われている。イメージというのは恐ろしい。それはいいとして、カラフルニンジンは普通のニンジンとは味と香りが違うのである。

そもそもカラフルニンジンとは何なのか。カラフルというくらいだから、オレンジだけでなく、紫、赤、黄、白など、さまざまな色がある。一般的によく売られているニンジンは西洋ニンジンで、β-カロテンが豊富なためにオレンジ色をしている。東洋系ニンジンのひとつでお正月のお煮染めにつきものの金時ニンジンは真っ赤だけれど、あれはトマトが赤いのと同じリコピンのためだ。それに対して、紫はアントシアニン、黄色はβ-カロテンとは別の種類のカロテノイドの色で、白はカロテノイドが少ないニンジンである。

ニンジンはアフガニスタンあたりの中央アジアが原産で、野生種は白や紫が主でオレンジ色のは存在しなかった。西洋に渡ったニンジンが16世紀から17世紀ころにかけてオランダで改良され、オレンジ色の品種が生みだされた。それが、現在の日本でも一般的に食べられている西洋ニンジンである。育てやすく、甘くて栄養価が高いというのが普及した最大の理由だろうけれど、当時のオランダ王室だったオラニエ゠ナッサウ(Huis Oranje-Nassau)家の、オラニエすなわちオレンジに敬意を表してという説もあるらしい。ホンマに国民はそんなに従順やったんかよ。

それに対して、東へとやってきたニンジンは、縁起のいい色として赤色が主に育てられた。日本へはまず、そんな東洋系ニンジンが、江戸時代の初めに中国から渡来した。それが京都あたりで盛んに栽培され、金時ニンジンなどができたのである。金時ニンジンという名前は、坂田金時というか、その幼少期である金太郎の赤ら顔に由来する。

日本に入ってきたのは東洋系の方が早かったのだが、明治以降に入ってきた西洋系に席巻され、いまでは栽培されるほとんどが西洋系ニンジンになっている。これは、東洋系の方が栽培しにくく規格化が難しい、細長くて折れやすいので輸送しにくい、「ニンジン臭」が強烈であるといったことが理由である。ニンジンの中でも金時ニンジンが特に苦手なのは、このニンジン臭のせいやったんや。

カラフルニンジンは品種改良前のニンジンに似ているが、古来系統そのものではなく、西洋系のオレンジニンジンと古来系統を交配して作られたものである。西洋系は東洋系に比べてテルペン類によるニンジン臭が弱めなのだが、カラフルニンジンはさらに弱い。そこや! 大事なのは。

えらいもんで、カラフルニンジンを食べるようになってからニンジン臭に慣れたせいか、西洋ニンジンも抵抗なく食べられるようになった。いまや、金時ニンジンを征服するまであと一歩である。ふむ。こういうことって、世の中に多いのとちがうやろか。いきなりだが、バーチャルリアリティー(VR)による「けん玉」トレーニングの話を思い出した。

VR空間で玉の速度を遅くした状態から始めて徐々に速く、すなわち、難易度をあげていく。そうすることによって、容易にけん玉の技術を習得できるという研究だ。同じことではないか。ニンジン臭さが少ない、いわばニンジンらしさの少ないカラフルニンジンから西洋系ニンジンへ、そして、金時ニンジンへと難易度(?)をあげていく。そこまでせんでもええような気がするが、幼いころから苦手だったものを齢70近くになって克服できたのは感無量だ。ちょっとたいそうだが、そういうもんってめったにありませんやろ。

「食べ物の好き嫌い」とは何ぞや?

いまや克服しつつあるニンジンであるが、牛乳嫌いは絶望的だ。小学校時代の給食でまずい牛乳を飲まされたせいかもしらん。孫が、ごはんを食べながら牛乳を飲むのを見るだけで不快な気持ちになる。給食での栄養価を考えてのことだろうが、米食に牛乳などというのは日本人として恥ずかしくないのかと、声を大にしていいたい。しかし、体質的に牛乳がまったく飲めないという訳ではない。

モンゴルへ旅行した時、夜遅くゲルに到着した歓迎に牛乳が出された。うわっ、と思ったが、シチュエーション的に飲まざるをえなかった。何十年ぶりかのことだったが、ままよと飲んだ。それが美味しかった。おぉ、そうであったか。長年飲んでおらんかったが、知らん間に飲めるようになっとったんかと思い、帰国後に飲んだらやっぱりまずくてダメだった。

なにが言いたいかというと、牛乳というものが嫌いなのではなくて、美味しくない牛乳が嫌いなだけのだ。これはニンジンも同じで、すべてのニンジンが嫌いだった訳ではなくて、ニンジン臭の強いニンジンが嫌いだったにすぎない。好き嫌いというのは、こういったレベルの問題とちゃうやろか。うん、わたしにはそもそも嫌いな食べ物など存在していないのかもしれない。

種(たね)の大きさに学ぶ人生の戦略

売られているカラフルニンジンの種は、いろんな色のが混じったものだ。どうしてそうなっているのかと思っていたのだが、カラフルニンジンは純系ではなくて交雑種であるためらしい。そういえば、長期間ほったらかしにしておいても、ニンジンの花とか種なんかができるのを見たことないぞ。不思議に思って調べてみたら、なんとニンジンは二年草なので、1年目は花を咲かせたり種をつけたりせんらしい。そうやったんか! 悪いことをしていた。

ニンジンは秋から冬に採取してしまうが、そのままにしておくと翌年の春には茎が伸びて、他のセリ科野菜と同じように白い花をつけ、ようやく夏から秋にかけて種ができるらしい。なるほどぉ、ホンマかどうか一度試してみよ。しかし、その種は非常に小さい。

ニンジンを植えていると言うと、難しいでしょうと言われることがよくある。確かに発芽までに2週間くらいかかるし、その率があまり高くないのでやきもきするが、発芽しさえすればすくすく育ってくれるので、あまり難しいと思ったことはない。発芽までの水やりだけが肝要なのかと思う。もうひとつは「好光性種子」なので、種の上にあまり土をかけてはいけないのも、難しいと言われる所以かもしれない。

種のサイズ、考えてみれば不思議である。レタスやニンジンのように極小のものから、カボチャやソラマメのように大きなものまである。小さい種は遠くへ運ばれやすく数撃ちゃ当たる多数拡散戦略だ。ひるがえって大きな種は少数精鋭で、たくさん作ることはできないが栄養がたっぷり蓄えられているので育ちやすい。ただし、遠くへ運ばれることは少ない。また、ゴーヤ、ナス、パプリカのような中間型もある。

大きい種は安定志向、小さい種はギャンブラー、中間の種はどっちつかず。といったところだろうか。う~ん、どの戦略も一長一短なんやろうなぁ。なんか、人生での選択を考えさせられますわ。

野菜作りはやっぱり楽しい

ということで、連載は終了であります。第1回にいろいろ書きはしたものの、「知的菜産の技術」というタイトル以外は、ほとんど行き当たりばったりで始めた連載でした。けれども、書いていて本当に楽しゅうございました。

これまでに出した本は、多かれ少なかれ、知識のあることについて書くというプロセスでした。しかし、この連載は違います。知らないこと、あるいは、つい最近まで経験のなかったことを書く、という企画でした。でも、それが実に楽しかった、それこそ、知的に楽しかった。へぇ~そうなんや、ということばかりでした。読者の方にも、その驚きが伝わっていたら幸いです。

また、連載を読んで自分でもやってみようと思うようになられた方がおられたら、それまた望外の喜びです。プランターでもかなりの種類の野菜を育てられるはずです。オススメとしては、今回とりあげたリーフレタス、カラフルニンジン、それから、ミニトマト、ハーブ類といったところでしょうか。こういった野菜は、少しずつでも食卓を豊か、いや、幸せにしてくれます。そういったことも伝わっていたら、とても嬉しいところです。

今年の夏も仲野家菜園は豊作でした、と書きたいところなのですが、必ずしもそうではありませんでした。7月の中旬までは順調だったのですが、あまりの酷暑に、野菜のへたりが例年よりも早かったのがその原因です。ニュースを見てたら、プロの農家さんでも同じように困っておられたので、素人菜園ではいたしかたなしといったところでしょう。

空中カボチャ

でも、カボチャだけはやたらと豊作でした。西洋カボチャは高温障害がおこると書いてあるのに不思議なものです。なかには、いつの間にやらイチジクの木に這い上がり、自然に空中栽培になったものまでありました。なんだかおもろいので、写真をあげておきます。

菜園を始めてこの夏でちょうど3年。連載も書き終えたことだし、仕切り直しで再整備にとりかかるつもりで、あのほとんど役にたってないカルチベータ君もひさびさに登場してもらう予定です。

長らくのご愛読、誠にありがとうございました。いずれ書籍化する予定でありますので、その節には何卒よろしくお願い申し上げます。

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知的菜産の技術

大阪大学医学部を定年退官して隠居の道に入った仲野教授が、毎日、ワクワク興奮しています。秘密は家庭菜園。いったい家庭菜園の何がそんなに? 家庭菜園をやっている人、始めたい人、家庭菜園どうでもいい人、定年後の生き方を考えている人に贈る、おもろくて役に立つエッセイです。

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仲野徹 生命科学者

1957年大阪・千林生まれ。大阪大学医学部医学科卒業後、内科医から研究の道へ。ドイツ留学、京都大学医学部講師、大阪大学微生物病研究所教授を経て、2004年から大阪大学大学院医学系研究科病理学の教授。2022年に退官し、隠居の道へ。2012年日本医師会医学賞を受賞。著書に、『エピジェネティクス』(岩波新書)、『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)、『考える、書く、伝える 生きぬくための科学的思考法』(講談社+α新書)、『仲野教授の仲野教授の この座右の銘が効きまっせ!』(ミシマ社)、医学問答 西洋と東洋から考えるからだと病気と健康のこと(若林理砂氏との共著 左右社)など多数。

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