
違法薬物関連のニュースが続いています。違法薬物の使用は、犯罪であると同時に、依存という病気でもあります。つまり、適切な処置をとれば回復可能だということです。
2021年に発売された『薬物売人』は、かつて違法薬物の売人であった倉垣弘志氏が、薬物売買の内幕と、逮捕から更生までを綴った貴重な書です。違法薬物は社会にいかに浸透するのか? 本書より抜粋してお届けします。
また、2025年9月18日(木)20時半より、本書にも登場する『解放区』の映画監督の太田信吾氏と倉垣氏による「演劇とケア」をめぐる勉強会が開催されます。詳細は、記事最後をご覧ください。

下請けの売人が生まれる仕組み
この連中が、どのようにしてシャブ客になっていくかと言うと、酒に酔って必ず自分から話をし出すところから始まる。俺のようなバーのマスターは、秘密を打ち明ける絶好の相手で、二人っきりになると「ずいぶん前にシャブやった時に、一緒にいた女がさ~」とか、「時々シャブくっちゃってる友達がいてさ~」とか、何かとそっちの話題を持ち出してくる。俺が「昔、よくやりましたよ」なんて言うと、客は興奮して会話が盛り上がっていく。だいたいきっかけはこんな感じで、そのうちに「えっ! マスター手に入るの?」となってくる。そして売買取引へと入る。
この取引は一対一で極秘に行われ、誰にも公言しないと固く約束させる。もし、彼の友人にシャブ好きな奴がいても、俺を紹介しないこと、この店でシャブが手に入ることは、誰にも言わないこと、仮に誰かに分けたとしても、ここで仕入れたことは絶対に言わないこと、を念押しして約束させた。ひょっとすると二つ買ったシャブのうちの一つは、誰かに分けるのかもしれないが、そんなことは俺には関係ない。取引をしている者と固い約束が成立しているので、手渡した後のことは彼らを信用して任せるしかなかった。
「クラちゃん、五ついける?」
シャブが効いているのか、落ち着きがない。他に客がいないので大丈夫だが、この客は最近買い物の量が増えているので少し心配していた。
「だんだん増えてますね。大丈夫ですか」
「大丈夫だよ。炙ってるとすぐになくなるからさ」
「一人分の量にしては、多すぎますよ」
「実は少し分ける相手がいてね。今度もうちょっと多く欲しいんだけど、いけるかな」
「いいですよ。けど、多く買ってもシャブは安くならないですよ」
「大丈夫、大丈夫。そいつらも金はあるからさ」しまった、という顔をした。
「そいつらね。まぁ、約束は破らないでくださいよ」
「分かってる、分かってる。新宿の飲み屋で仕入れてるって言ってるから」
「で、今回五つで次回は?」
「3グラム欲しいんだけど」
「ほう。15万円ですけど大丈夫ですか?」
「実はさ、定期的に3グラムぐらい欲しがる奴がいてね。金はあるからさ、大丈夫」
「分かりました。気をつけてくださいね。小分けせずにワンパケ3グラムでオッケーですか?」
「いいよ。測り持ってるからさ」
こうやって、測りを持った客が下請けの売人になっていくシャブ客との取引が始まる時
。そのうち3グラムから5グラム、10グラムと買う量が増えていく。10グラムになると安く売ろうかと思うが、安くしてくれとは言ってこない。金に余裕があるようで、大金を出してシャブと安心を買っているのだと言っていた。確かに品物が安く手に入るほど、薬物流通ピラミッドの上層部に身を置くことになる。そんなところをうろちょろしていると、警察に捕まったら最後、当分シャバの空気が吸えなくなってしまう。彼らはシャブを末端価格で購入することで、安心と安全を得ていた。シャブは時価となって値が高騰することがある。警察の取り締まり強化月間などで出回らない時期や、何らかの理由で日本にシャブがない時期に値が跳ね上がった。そんな時期でも客たちは、高額の金を払いシャブを買っていく。俺は六本木の片隅でバーを経営しているというだけで、薬物売人としては特上の客を確保することができていた。
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続きは、『薬物売人』をご覧ください。
お知らせ
『ケアと演技』 3都市ツアー
https://hydroblast.asia/free/careacting
<大阪公演>〈ケアの実践者との対話の場「ラーニングルーム」〉①「演技のケア的側面—倉垣弘志(『薬物売人』著者)×太田信吾」
9月18日(木)20:30-21:30
映画『解放区』(太田信吾監督)で、元薬物売人として自らの過去を“演じ直す”という手法に取り組んだ倉垣弘志さん。当事者として、表現者として、それぞれの立場で「演技」と向き合ってきた二人が、“演じることはケアになりうるのか?”を手がかりに、西成で語り合います。
会場:西成永信防災会館
https://www.plus1-nishinari.net/
参加費:無料
予約:定員に限りがありますので、グーグルフォームよりご予約ください。