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薬物売人

2025.09.10 公開 ポスト

一度仕事で使うと癖になる―コカインに溺れる常連客たち倉垣弘志

違法薬物関連のニュースが続いています。違法薬物の使用は、犯罪であると同時に、依存という病気でもあります。つまり、適切な処置をとれば回復可能だということです。
2021年に発売された『薬物売人』は、かつて違法薬物の売人であった倉垣弘志氏が、薬物売買の内幕と、逮捕から更生までを綴った貴重な書です。違法薬物は社会にいかに浸透するのか? 本書より抜粋してお届けします。

また、2025年9月18日(木)20時半より、本書にも登場する『解放区』の映画監督の太田信吾氏と倉垣氏による「演劇とケア」をめぐる勉強会が開催されます。詳細は、記事最後をご覧ください。

コカインの客は金を持て余している日本人

コカインはマリファナのように匂わない。店のトイレでこっそりとラインを引いて、誰にもバレずに鼻から吸引することができる。店で客がマリファナを吸うことは許さないが、コカインなら黙認していた。さすがにモクモクとマリファナの煙を吹かす客には、店から出ていってもらう。店が入るビルの隣には、小さな公園がある。そこで満足するまでキメて戻ってくればいい。法律を破っているのだから、モラルとマナーは守ってもらうことにしていた。

(写真:Unsplash/Tokyo Kohaku)

「いや~、公園の空気が美味しかった」

さっきハッパをキメに出て行った客が、店に帰ってきた。

「いいでしょ、公園。六本木にもあるんですよ」

「いいね~。まさに都会のオアシスだ。真っ暗だから何も見えないけどね」

「たまに、隣のSMバーの客がブランコに縛りつけられてますけどね」

「えっ! 女?」

「おっさんです!」

「裸で?」

「パンツいっちょで」

「がっはっは~、バカですね」客は席に着いて大笑いをしている。

「あっ、そうそう。メモを預かってます」他にも客がいるので、彼に小さなメモ用紙を渡した。そこには“コーラ20本”と雑に書かれている。俺がさっき書いたものだ。

「ありがとう」

彼は、チラッとメモを見てポケットにしまった。俺たちはSMの話で盛り上がり、他の客たちも巻き込んで、朝まで楽しく酒を飲んだ。

後日、店のオープンと同時に彼がやってきた。まだ他に客はいない。

「ちょっと待たせたね」と言って、革のジャケットのポケットからコカインの入ったパケを取り出して、手渡してきた。

「いえいえ、待つのが仕事ですから」手に取ったパケは、20グラムのコカインがパンパンに入っていて、お手玉のようだ。

「いつもどおり多めに入ってるから、味見してみて。上物だよ」と言って、鼻をスンスンしている。彼はすでに味見をしたようで、先日よりも凜として見える。

「いつもありがとうございます」早速店の鍵を閉めた。

カウンターにクレジットカードで20センチぐらいのコカインのラインを引いて、千円札を丸めて鼻にあてた。まず10センチほどを右の鼻、残りを左の鼻で一気に吸い込んだ。コカインが鼻の粘膜にピタっと張り付いているのが分かる。頭の奥の方でブィーンと音がして、一瞬にして身体が浮いた。上物だ。

「おぉ! 良いですね」

物が悪いと量を増やさないとキマらない。売人の中には、重曹を混ぜて嵩増しする者もいる。そのような物なら突き返して、取引はやめにする。もちろん丁寧にお断りをするのだが、量が量だけに間違った物を仕入れるわけにはいかない。仕入れ値は20グラムで18万円。これをグラム2万円で売りに出す。全部捌けば仕入れ値を引いて、22万円の儲けになる。小さなパケに1グラムのコカインを入れて、店にあるレコードジャケットの間に忍ばせておく。それが一晩に、いくつも売れていく日もあった。こちらから初心者に勧めることはなかったが、コカイン好きの客は、酒に酔ってくると頻繁にトイレに行くのですぐに分かる。さりげなくトイレチェックをすると、案の定、白い粉が床に散らばっている。黙って掃除をしてカウンターに戻ると、その客に「あるならちょーだい」と言ってみる。なんなら一緒にキメて共犯者となる。

後日、そのお返しにコカインの入ったパケを手渡すと、そこから客になっていく。六本木では外国人が経営するDJバーが多く、そこで入手している者が多い。外国人たちは、バーで飲む酒のお供にコカインを気軽にキメたりする。酒に酔って脱力していく身体と脳に、コカインを入れて奮い立たせるのだ。陶酔と覚醒を繰り返しながら、朝まで遊び明かす。甘い物を食べたら、塩辛い物が食べたくなる。すると、また甘い物が欲しくなる。そんな感じで、どちらも止まらなくなっていく。俺としては酒も売れるし、コカインも売れるし、一石二鳥だ。

客は圧倒的に日本人が多い。外国人に売り捌いていくと、そこから広がり、外国人の売人とコカイン売買の利権でトラブルになりかねない。それに、俺の店に不良外国人が集まって来ても困る。そこには十分に注意していた。ターゲットは、金を持て余している日本人。コカインは仕事に使う者もいるので、客の中にはウェブデザイナーやクリエイターなども多くいた。眠気を飛ばし、イメージを膨らませ、脳を開花させて創造していく。良い作品が量産されていくようだ。飲食店を経営している連中やキャバ嬢なども多くいた。テキパキと働けて仕事の効率が上がる。

一度仕事で使うと癖になるようで、良い常連客となっていった。あとは、金持ちの遊び人の連中だ。広告系プロダクション社長、放送業界や音楽関係者、出版社の者などもいた。俺から大量に仕入れて、小分けにして売り捌く者もいる。もちろん信用できる奴に限られる。そいつの客がパクられても、警察が俺のところまで辿り着くことはない。仮に、そいつがパクられても、俺の名前は絶対に出さないという信頼関係ができている。その代わりに安く卸していた。

**

続きは、『薬物売人』をご覧ください。

お知らせ

『ケアと演技』 3都市ツアー
https://hydroblast.asia/free/careacting

<大阪公演>〈ケアの実践者との対話の場「ラーニングルーム」〉①「演技のケア的側面—倉垣弘志(『薬物売人』著者)×太田信吾」
9月18日(木)20:30-21:30
映画『解放区』(太田信吾監督)で、元薬物売人として自らの過去を“演じ直す”という手法に取り組んだ倉垣弘志さん。当事者として、表現者として、それぞれの立場で「演技」と向き合ってきた二人が、“演じることはケアになりうるのか?”を手がかりに、西成で語り合います。
会場:西成永信防災会館
https://www.plus1-nishinari.net/
参加費:無料
予約:定員に限りがありますので、グーグルフォームよりご予約ください。

関連書籍

倉垣弘志『薬物売人』

田代まさし氏への覚醒剤譲渡で二〇一〇年に逮捕され、懲役三年の実刑判決を受けた著者は、六本木のバーを拠点にあらゆる違法薬物を売り捌いていた。客は、金のある日本人。会社員もたくさんいた。マリファナの客は、癒しを求めて、コカインの客は、創造性のために、週末だけシャブをキメる客も多かった。しかし、楽しむための薬物は、いつしか生きるために欠かせなくなり、人生を破滅させる。自らも依存症だった元売人が明かす、取引が始まるきっかけ、受け渡し法、人間の壊れ方――。逮捕から更生までを赤裸々に描く。

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薬物売人

2021年5月26日発売の新書『薬物売人』試し読み

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倉垣弘志

1971年大阪府に生まれる。中学校に入学後から街の不良となり、何度も警察に補導される。工業高校に入学すると、週末はバイクでの集団暴走を繰り返す。卒業後、飲食店に勤め、バブル期の繁華街で金を稼ぐことを覚える。同時期に音楽、ダンスに興味を持ち、没頭していく。主にブラックミュージック、ストリートダンスに心酔し、この頃からマリファナ、シャブ、LSDなどを使用する。2010年、田代まさし氏に覚醒剤を譲渡したとして、逮捕。懲役三年の実刑判決を受ける。現在は薬物やアルコールから完全に離れ、バス運転手として医療的ケア児を含む3児の父として家族を支える。

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