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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

2025.08.23 公開 ポスト

熟年夫婦三組、初めて一緒に旅をする 前編大平一枝

 初めて夫婦三組で、旅というものをした。
 妻三人は親しいが、夫たちは初対面だ。
 最初は女だけでいいかと思ったが、ふと思った。
──男性は、年をとると友だち作りにくくなるものかもしれない。
 そんなこと漏らすと、ひとりが「たしかに」と同意した。
 そこで、「じゃあ、夫たちも誘おうよ。旅きっかけに友だちになってもならなくても、たまにはこういうのもいいよね」と、提案させてもらった。

 

 私は『東京の台所』という、市井の人の台所から人生模様や心の機微を綴る連載をしているが、夫からも妻からも、ときどきそういう声を聞く。
 たとえば四〇代で、知り合いのいない区に新居を建てた男性は、「会社と昔からの友人とだけ付き合っていると、いつか先細る。この先、新しい友人を近所に作りたいと思った」と、地域の消防団に入団した。
 昔からあるボランティア組織で、防災訓練のあとは飲み会になり、四〇代でも「若手だ」「よく入ってくれた」と大変喜ばれ、今では毎年旅行に行ってるんですと楽しそうだった。

 逆に、最近定年を迎えた夫と暮らす女性は、あれほど連日付き合いで帰りの遅かった夫がずっと家にいる、友達もおらず、なんだったら私の用事についてこようとするので困るのです、と嘆いた。よく新聞の投稿などで見るケースだが、実際の話はもっとしんどそうだった。
 商店街で買い物していると、妻は顔見知りとあちこちで立ち止まって話しこむ。夫は手持ち無沙汰で退屈そうに横にいるので、相手も気を使いがち。最近は「知り合いと会いませんように」と、なんとなく願ってしまう自分がいるのだとか。
 男性って、子育てや日々の暮らしまわりを通じて地域とつながりができやすい女性と違って、会社という所属組織がなくなると、とたんに孤独になりやすいものなんですね、という彼女の言葉が印象的だった。

 男は家庭より仕事優先という価値観を良しとして走らされてきた世代は、仕事という柱をなくしたとき、昔からの友人以外の交友が限られがちだ。
 と思っていたら、どうやら世代は関係なさそうだと、先日気づいた。
 とある雑誌のインタビューを受ける合間、三〇代の男性カメラマンと雑談をしていた。旅がテーマの取材だった。

「僕は結婚してから、家族以外の誰とも旅行をしてないです」
「旅が嫌いとか?」
「いえいえ。なんでだろうなあ。学生時代は男友達と箱根とか沖縄とか、あんなに行ってたのになぁ」
 子どもが生まれる前は妻と。三人家族の今は、家族以外では考えられないとのことだった。
 私にもおぼえがある。
「子どもが小さいと、自分だけ行くのは家族に心苦しいし、休みがあったら家族と行きたいしね。私もそうだったな。子どもが似たような年齢の家族ぐるみなら、楽しめるのでは?」
「それもまた、なんだかめんどくさそうだなあって思っちゃって……。だったら家族でいいやって」
 率直な言葉に、編集者もつられて笑った。
 それからみなで、「なぜ男はおとなになると、あまり友達と旅をしなくなるのか」について盛り上がった。

 振り返れば私も、今ほど旅を頻繁に楽しめるようになったのは、下の子が大学生になってから。つまり子育てが一段落してからだ。
 けれど、くだんの彼は半分懐疑的、半分寂しそうな表情になった。

「僕はその頃、一緒に旅行できるような友達いるかなあ。学生時代にワイワイやっていた奴らも、それぞれ家庭があるからもう疎遠になっちゃってるし……」

 最終的に、「推し活やこだわった趣味でもない限り、社会人になると、男はコミュニティが仕事だけになりがちだから」という結論に落ち着いた。

だとしたら、今回の旅は夫連れで。ちょうど家人は、多忙と禁煙が重なり、見るからに“イライラ、ときどき放心状態”が入れ子のような日々だった。
 このままでは良くない、なにか風穴を。一泊でもいいからまったく仕事のあれこれを考えなくてもいい時間を持ち、気分転換できたらいいのにと、ぼんやり考えていたところだった。

 もちろん、あとから「余計なお世話だわい」と笑われた。
 三組のうち、前もって夫に計画を伝えていたのはAさん夫妻のみ。出張や旅行が多いB夫妻は、なんとなく今回の日程の話はしていたものの、行き先とメンバーを告げたのは前日だという。
 ちなみに、女たちで計画したのは二カ月前である。
 Bさんの「前日自白」に、わかるわかると私は大きく頷いた。我が家も、詳細に告げたのは数日前だった。
 早く言ったら、夫ならだんだん億劫になり、「やっぱ俺、いいわ」と言ったに違いない。

 行き先は信州の木曽である。旅の第一目的は、漆器市だ。
 元は、女たちでそこに行こうと言うところから始まった。正式名称は「木曽漆器祭・奈良井宿場祭」、六月七日から一泊の旅である。

「で、木曽に何しに行くの」と夫。
「漆器市」
「漆器かあああー」

 とんでもなく長いため息を吐き、遠い目をする夫なのであった。

~後編に続く~

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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