
三十年も生きていると、別れと無縁ではいられません。
その「別れ」になにかしらの意味を持たせてやらないと、やり過ごせなかった夜というのを私たちの誰しもが持ち合わせていると思うのです。
いつかその別れから得た知見を肴に、一晩中酒を酌み交わす夜が来るまでお互い粛々と生きてゆきましょう。
今回は、愛車とのお別れ思い出づくりキャンプです。
新潟に移住してきてから苦楽を共にしてきた愛車のオンボロムーヴ。二十年以上も前の車なのに、なんの故障もなく三年半、私をいろんな場所へ連れて行ってくれました。
いろんなとは、嘘を吐きました。
ほとんどが会社と自宅の往復。息を呑む紅葉の山々や見惚れるほどの星空やミシュラン三ツ星のフレンチと、もっといろんな所へ行きたかったでしょう。ごめんね。

たまにのお出掛けといえば、キャンプ場。
山や森、海と、道は険しく、環境も厳しく、虫はたくさんいるし、散々だったよね。文句ひとつ言わずに連れて行ってくれて、ありがとう。
あなたのとの思い出はたくさんあります。
一年間エアコンもつけずに、夏は汗だくになり冬は凍えながら乗っていたね。
二十年前の車だからエアコンが壊れているんだと思っていたけど、「AC」ボタンを押さないとエアコンがつかないなんて知らないじゃない。教習所で習わなかったもの。
あなたはぜんぜん壊れてなんてなかった。
よくバッテリーが上がる時期もあったね。
二十年前の車だからバッテリーが壊れているんだと思っていたけど、検査をしたらほぼ新品に近い状態ですねと言われたね。パンパンに積んだキャンプ道具が勝手にルームライトを押していたなんて気づかないじゃない。ディーラーで注意されなかったもの。
あなたはぜんぜん壊れてなんてなかった。
ぜんぶ私の勘違い。
人を見た目や年齢で判断したらダメだよと言うけども、身をもってそのことを教えてくれたんだね。あなたが教えてくれたことを生涯大切にして生きてゆきます。
会社でいちばんダサい車と噂されたり、ムーヴ大石とあだ名をつけられたり、正直すこし疎ましいと思う日もあったけど、明日でお別れ。

これがあなたとの最後のキャンプ。
一緒に思い出をつくろう。テントとツーショットを撮ろう。夜には焚き火もしてさ。最後は君が好きな海を眺められるキャンプ場。しかも、今日は貸切。さっそくサイトへ。さあ設営をしよう。
ムーヴをサイトの横に付けると、かまいたちの山内似のキャンプ場のお兄さんが小走りでこちらへ。
「すみませーん、そこは車ダメです」。サイトへの車の横付けは禁止らしく、車はサイトから離れた駐車場に停めなくてはならないと言うのだ。
そんな……最愛のムーヴとのラストナイトが。
キャンプでテントの写真を撮るとき、ダサいからとムーヴが入らないようにしていたのに。失う時になって、こんなにも愛おしいとは。今まで本当にありがとう、ムーヴ。
私たちは失う時になって初めて事の重大さに気づきます。
失うその時になってから、もっと一緒に時間を過ごせばよかった、もっと一緒にいろんな所へ行けばよかった、と悔いるのです。
ムーヴとの最後のキャンプを終え、iPhoneで自宅へのナビを設定し、その手で「いつもありがとう」と母へメッセージを送っていた。

アウトドアブランド新入社員のソロキャンプ生活

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