
誰かを待つ時間、その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに、そんな「待つ時間」をテーマにして選曲&言葉を綴っていただきます。
音が波のように押し寄せてくるスクランブル交差点
君の耳に届くまでには、何かしらのディレイをかけて、次のモーメントまでの距離を繋いであげたい
クラクション、ざわめき、ビルの隙間から漏れる名前のない音
それぞれの音が、まるでひとつの海へと帰る支度をしているかのように、イメージだけは楽観的に漂わせたい
中心地へと近づくほどに、音楽の猥雑さは増して、ビートは速く、リズムは複雑に
不思議な調和を導き出しながら、誰かが街全体をダブミックスしているような感覚が訪れて
駅の迷路を潜り抜けて、電車に揺られて一時間も行けば、約束の海が見える
街のノイズが遠ざかり、波のリズムが耳に届く
渋谷の音が“縦”に重なり合うポリリズムだとしたら、海の音は“横”に広がるレガートのよう
引いては返す波、その周期の中に、聴覚だけでなく心も包まれて
渋谷で聴く音楽と、海で聴く音楽、どちらも同じAir Podsで聴いているのに、響き方がまるで違う
渋谷では低音が胸に刺さるが、海では同じ低音が遠くへ溶けていく
音楽は環境の中で性格を変えて、君と僕にも同じことが言えるのかもしれない
喧騒の中では速く歩きたくなるし、海のそばでは自然と呼吸が深くなる
同じ音楽なのに、違う物語を語り始めて
音楽は場所の記憶を写す鏡になる
渋谷と海は対照的な場所
どちらも音によって風景が立ち上がる可能性を秘めている点ではよく似ている
渋谷は音が先に立ち、それが風景を支配する
海では、風景が先にあり、音がそれをなぞっていく
リズムが街を駆け抜ける渋谷
静寂の中にメロディが染み込んでいく海
音楽を通してその二つの場所を行き来することは、ある種の旅
テンポの違う二つの世界を、音の橋でつなぐ旅
旅の途中で、僕の中にも複数のリズムがあることに気づく
忙しさに追われる自分と、穏やかに潮の流れに身を任せる僕
そのどちらも、本当の僕なのだと
渋谷と海、その両極のあいだで揺れながら、今日も君と音楽を聴いている
街の喧騒も、波の音も、そして僕の心の声も、一枚の人生のサントラのように
踊ってばかりの国『On the shore』(2024年、FIVELATER)収録
渋谷で君を待つ間に

誰かを待つ時間、あなたはどんな風に過ごすでしょうか。
その人が来たときの第一声を考えたり、そのあとの時間に思いを馳せたり、あるいはメールチェック、SNS、携帯ゲームなど、過ごし方はさまざま。
この連載では、そんな「待つ時間」にそっと寄り添う音楽を、DJ、作詞、音楽演出など幅広い活動をしているカワムラユキさんに毎回紹介していただきます。
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