

下町ホスト#38
梅雨はそろそろ終わりに向かい、青空に真っ白な雲が蠢いている。
連日の猛暑でスーツ達はすぐに汗臭くなり、比較的生地の薄いダボダボのスーツを良く着るようになる。
ワイシャツは適当な量販店で数枚買い足した。
営業前のホストクラブの店内は男の汗の臭いと香水が入り混じり、二日酔いには少しキツイ。
パラパラ男との約束通り、真面目に出勤をしている。
思いの外、パラパラの喝が効いており、少しずつだが客数が増え始める。
積極的に様々なパラパラ男のヘルプに着き、要望があれば靴までも舐めた。
その結果、パラパラのお客様から友人を紹介して頂く機会が増えてゆく。
複数のお客様がそれぞれ誰かを指名し、同じテーブルを囲むことをアイバンと呼ぶらしい。
パラパラ男と私そしてお客様二名、合計四名のアイバンが増えてゆく。
営業後半の記憶は毎回ほぼないが、上手く調子に乗り始めた。
そんな私達、特に私を小蠅のようなホスト達は良く思っていないようで、露骨にヘルプにつかなかった。
代わりに金髪リーゼントやそれなりに売上と意欲のある中堅ホストが更にその輪、アイバンを広げようと仕事をしてくれている。
相変わらず圧倒的な売上で君臨する美しい青年は、順調で、日々ラストソングを掻っ攫ってゆく。
もうすぐ梅雨が明けそうな感じが全くしない土砂降りの日に眼鏡ギャルの家に帰ると無数にあるホスト雑誌を捲りながら、私を大声で呼ぶ。
「やっぱ、てめーもだけど、あの店の奴ら糞ダセーから、徹底的に歌舞伎町のホストみたいな服装にしたほうがよくね?」
「うーん、一着しかないもんなあ 歌舞伎町っぽいスーツ」
「てかそのダボダボやばくね?」
「これは社長に貰ったやつだからさ」
「しらねーよ」
「明日買いにいこーぜ アタシヒマ」
「明日?!」
「なんかあんの?」
「同伴なんだよ」
「うるせー断れ」
「いや、気まずいよ」
「断れよ」
「、、、なんて言えばいいのかね」
「しらねーよ アタシが店行ってやるからいいだろ別に」
「わかったよ」
「まぢきも」
私は長くてかったるいなかなか歌舞伎町へ辿り着けないエッセイのような謝罪文を書き、申し訳なさそうな表情で送信した。
返事はすぐに返ってきて、数回メールのやり取りをする。
お詫びを兼ねて別日にちょっと高いレストランへ行くことになった。
「どうなった?」
「断ったよ」
「なんか言ってきた?」
「いや、特に 別日に同伴する」
「どこで?」
「隣の駅ビルのフレンチ?みたいなとこ」
「死ねよてめー」
「え?だめ」
「ムカつく キモ」
眼鏡ギャルは無数にあるホスト雑誌の中から、付箋がやたらついているものを勢いよく投げつける。
雑誌の角が私の喉元近くに命中し、痛みを堪えながら咽せ続けた。
「大袈裟なんだよ いちいち キモすぎ」
そう言って、眼鏡ギャルはベットへ向かい、そのまま横になった。
すやすやと寝息が聞こえるまでにそう時間はかからなかった。
私は喉の調子が落ち着いてから、冷たいコーラを一口飲んで、雑誌を捲りはじめる。
付箋の箇所は私と体型や顔の系統が似ているホストが様々なポーズで写っている。
私は一通り小さく書いてあるブランド名を携帯電話でメモをした。
そっと眼鏡ギャルの隣で横になり、弱まってゆく雨音を聴きながら眠りについた。
「怠惰」
骨格が甘くきしんだ音のあと安い扉はしずかに閉まる
精液と唾の区別がつかぬまま喉に刺さった誰かの小骨
塩辛いしずくを受ける手のひらは意識をせずにひらかれている
日が昇り重いまぶたの裏側で爆けるような声がしている
ひとつずつ服をはずしたはずなのに座ってしまう皮膚が重くて

歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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