
自分の内外に潜む“Jerk”との攻防戦
小心者の処世術として、「会った人をすぐに値踏みする」悪癖がある。
レスポンスのスピード、相槌のタイミング・話し方に加え、顔つきや体格、装いや持ち物……。判断材料は山のようにあるが、社会人16年目ともなれば見極め方もこなれてきた。(正答は究極分からないわけだが)
それが仕事の場であれば、「仕事ができそうか」「コミュニケーションとりやすそうか」そして「私の言うことを聞いてくれそうか」が重要なポイントとなる。人間性よりも実務的に「やりやすそうか」が主眼になるわけだが、シゴデキであろうがなかろうが強制的にアラームが鳴るのが、“Jerk”を発見したときだ。
Jerkとは英語圏のスラングで、嫌なヤツ・最低野郎という意味。
かなり下品な言葉のようだが、数年前に読んだ『NO RULES(ノー・ルールズ) 世界一「自由」な会社、NETFLIX 』の中で「Brilliant Jerk(ブリリアント・ジャーク)」という言葉に出会った。有能で才気あふれる社員であっても、JerkなふるまいをするのであればNETFLIXには居場所は無くなる。NETFLIXは協調性がなく周囲に悪影響を与えるような人間はいらない、という強いメッセージがつづられていた。
ある種のサイコパスは、コミュニケーション能力が高く人を魅了するタイプが多いと言われる。同じように、Jerkな人間にも一見魅力的な人が多い印象がある。頭の回転が速くプレゼンがうまい、斬新なアイディアや知識量で人を圧倒する……面と向かって話していると「なんてできる人なんだ!」「この人についていこう!」と胸がときめいてしまうことも。しかしこの胸の鼓動は、危険が迫ることを知らせるアラームでもある。
以前そこに見受けられたあのどろんとしたいわく言いがたい淀みのようなものは奥の方に押しやられ、スマートで人工的な何かがそのあとを埋めていた。ひとことで言えば、綿谷ノボルはより洗練された新しい仮面を手に入れたのだ。――『ねじまき鳥クロニクル 第2部 予言する鳥編 』より
村上春樹にはまった高校時代、「綿谷ノボル」というBrilliant Jerkに不思議と心惹かれた。
綿谷ノボルとは、『ねじまき鳥クロニクル』に登場する主人公・岡田亨の妻の兄。両親の期待のもとで秀才の名をほしいままに育ち、東京大学・イエール大学を経て研究者に。30代で執筆した経済書が話題となりマスメディアに進出し、親族の地盤を継いで政治家への道を突き進むエリートだ。
法律事務所の事務職員として働くも司法試験を受ける気になれず、退所して妻の収入をあてにして生きる主人公とは、社会的に真逆の存在として描かれる。しかしその人間性は、底知れぬ悪意と無慈悲さを感じさせ、主人公は徹底的に綿谷ノボルを憎んでいる。
私も本を読みながら彼をゴキブリのように嫌っていたのだが、心の奥底では「私、将来こういう感じになりそう」という予感があった。コントロールフリーク気味。でも自分がリスクをとるのは嫌という性格が、なんだか綿谷ノボル的な気がしたのだ。
これはいかにも思春期ならではの感慨で、今思えば中二病の症状と呼んでも差し支えないだろう。それでも、当時も今も私の中にはひっそりとチビJerkが潜んでいて、人から強いストレスを受けたときや自分が万能感に満たされているときに発動しそうになる。10回に1回くらいの確率で、実際に発動する。そんなときは我ながら驚くほど的確に・嫌らしく、相手を損なう一撃を放つことができるのだ。
彼は都合のいいときに自分にとって都合のいいドアだけをちょっとだけ開けて、そこから一歩外に出てきて大声で人々に何かを告げ、言い終えるとまた中に入ってドアをぴたりと閉めている人のように見えた。――『ねじまき鳥クロニクル 第3部 鳥刺し男編 』
14歳ではなく38歳になった私に、「Jerkってカッコいい」という価値観はない。どんなに貧乏でも無名でも、綿谷ノボル的人間よりも岡田亨的人間でありたいと思う。最近数年間仕えた上司が天使のような人で、その人を心に宿しながら働くようになったのも「反Jerk活動」の助けになった。そして、他人にJerkの影を見つけると、「こいつに心を許してはならぬ。できるだけ距離をとるべし」と総毛立つ。
わりと心身を損ないがちな界隈で働いているため、日々関わる人に嫌なヤツはまあまあ多い。それでも“Jerk”とまで呼べるかと言われると……30人に会って一人いるかいないかというところだと思う。一見嫌なヤツに見えたとしても、よくよく顔をのぞき込めば一時的に疲れているだけだったり、役割を演じすぎて自分を見失っているだけだったり。
本当のJerkというのは、そんなレベルではない。彼らは別に追い詰められてなどいないし、誰かにマインドコントロールされているわけでもない。息をするように人を操って傷つける、まったく自発的に嫌なヤツなのだ。
華麗な弁舌を振るう綿谷ノボル。
涼しい顔をして座っている綿谷ノボル。
にっこりと相手を魅了する綿谷ノボル。
ふと綿谷ノボルを見つけると、嫌悪感と好奇心とシンパシーが入り混じる、曰く言い難い感情に包まれる。私も何かがかけ違っていたら、ああなってしまう可能性だってあったのだという感慨。ゆがめた目じりと口元をじっと見つめて、私はあなたに気づいているよと伝えたくなる。他の人より温度の低い視線を向けること、そしてそらさないこと。それが、今の私にできる精いっぱい。
コンサバ会社員、本を片手に越境する

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