
薬に頼らない独自の精神療法で、数多くのクライアントと対峙してきた精神科医の泉谷閑示氏。最新刊『「自分が嫌い」という病』は、「自分を好きになれない」「自分に自信が持てない」という問題に真正面から向き合った1冊です。親子関係のゆがみからロゴスなき人間の問題、愛と欲望の違いなどを紐解きながら、「自分を愛する」ことを取り戻す道筋を示しています。本書から抜粋してご紹介していきます。
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自由に生きている人への秘めた嫉妬心
自分を愛せず自己否定を抱えている状態の人は、幸せそうに見える人に対して、わけもなく苛立ったり嫌悪感を抱いたりすることがあります。特に、幸せそうな家族連れ、カップル、そして無邪気に騒いでいる子どもなどを見ると、瞬間的に堪え難いほどの憎しみを感じたりするのです。
これは、ルサンチマン(仏:ressentiment)という感情が引き起こす状態です。ルサンチマンとは、劣等感や嫉妬心が屈折して表れたもので、元の「妬ましい」と思っていることはもはや自覚されておらず、いきなり「憎い」「嫌い」「許せない」などの強い感情として湧き上がってきます。
そもそも、「嫉妬」自体も元々は「羨ましい」という感情が屈折したものなのですから、「羨ましい」→「嫉妬」→「ルサンチマン」と二段階も屈折を経た感情となり、これはなかなか厄介です。
ルサンチマンを抱えていると、本来「羨ましい」と思う対象にあべこべに近づけなくなってしまうので、歪んだ、素直でない生き方になってしまいます。しかし、本人はこの二段階に歪んだ感情の正体を知らないので、「羨ましい」対象に苛立ったり憎しみを向けてしまったりする気持ちを、自分でも扱いかねていることも多いのです。
ルサンチマンを抱く人は、そもそも本人自身が自己否定や劣等感を抱えていることがその原因になっているわけですが、そのため、この「よく分からないネガティブな感情が勝手に湧き上がってくる」という困った性質を、さらに自己否定の理由そのものに組み込んでしまうという、自己否定の悪循環に陥ってしまうこともあります。
しかし、こういったルサンチマンは、ひとたび「自分を愛せない」という状態が解消されると、面白いように消えていきます。そして、その時になって初めて、その正体が「羨ましい」という気持ちだったことを理解するのです。
尊重されない状態に適応してしまう
自己否定を抱えていると、人から尊重されないことを当然のことだと思ってしまい、不当な扱われ方に「適応」してしまうことも少なくありません。よく、被虐待児が大人になってからも、虐待されるような人間関係やパートナーシップに甘んじてしまっていることが多いのはそのためです。
前にも述べた通り、「適応」とは麻痺の別名なのですが、麻痺は人間が苦痛を最小限にするための生存戦略の一つです。しかし、この「適応」はそれが必要なくなっても継続されることが多く、二次的に不幸な関係性を招き入れてしまうことになります。
このように、親との間で尊重されない関係性に「適応」してしまった人は、その後、友人関係、恋愛、結婚、職場での上司との関係などの場面でも、同様の関係性を反復してしまいやすいのです。
自分が、凹んだ状態にすっかり「適応」してしまっていることに気づき、自己否定そのものを解除できなければ、この呪われた不運の泥沼からはなかなか脱出できません。
「自分が嫌い」という病

「自分嫌い」こそ不幸の最大の原因。「自分を好きになれない」と悩むすべての人に贈る、自身を持って生きられるヒントが詰まった1冊。