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2025.06.28 公開 ポスト

SNSを前提とした選挙の行方―韓国大統領選、都知事選で浮き彫りになる未熟な方法論ダースレイダー(ラッパー・トラックメイカー)


「社会は人で出来ている」を確認するために選挙を見る

6月は二つの選挙取材をしてきた。時事芸人プチ鹿島さんと一緒に開催しているトークイベントのためだ。

 

昨今、選挙の性質が変わってきているという声が多い。国内では昨年の都知事選、兵庫県知事選あたりが転換点と言われるだろうが、これは実は国際的傾向でもある。昨年のルーマニア大統領選挙ではほぼ無名だった極右候補ジョルジェスク氏がTikTokなどのSNSで支持を拡大し、第一回投票で首位になったのだ。ところがこの選挙戦へのロシアの干渉が認められ、憲法裁判所が選挙自体のやり直しを求めるに至っている。

具体的には2016年に作られたTikTokアカウント約800件が選挙前にフル稼働でジョルジェスク氏を支持、さらに選挙直前には2万5千件のアカウントが活発にジョルジェスク氏支持の投稿を繰り返すようになったという。ルーマニアの対外情報機関の操作でこれがロシアによるハイブリッド攻撃であることが明らかになり、選挙のやり直しに繋がったのだ。

白土三平の忍者漫画では草と呼ばれる忍者が村人や町人の振りをして長年地域で生活し、いざ戦争になった瞬間に地域内部から破壊工作を仕掛けていく作戦が紹介されていたが、まさに現実に同じような作戦が行われていたのだ。ルーマニアに限らず、例えば米国大統領選挙でもロシア発のフェイクニュースが有権者の判断に影響したのではないかと言われている。SNSという情報空間を前提とした選挙に対して、人々はまだやり方を構築出来ていない。

さて、最初に取材したのは韓国大統領選挙だ。昨年末、ユン・ソンニョル元大統領の非常戒厳という暴挙に世界中が驚いたわけだが、その原因の一つが極右系YouTubeのエコーチェンバーに閉じこもってしまったからとも言われている。

今回の大統領選ではそんなユン氏を批判してきた進歩系野党候補のイ・ジェミョン氏とユン氏の後継にあたる保守与党のキム・ムンス氏が争う構図だったが、こうした既成政党の在り方への批判票の受け皿としてもう一人の保守候補、イ・ジュンソク氏も注目されていた。結果、イ・ジェミョン氏が当選、大統領になるわけだが、個人的にはキム・ムンス支持者たちの方に関心があった。

非常戒厳をどう評価しているのか? そして、それでもなお与党支持である理由が知りたいと思ったのだ。キム・ムンス氏の街頭演説には支持者がたくさん詰めかけて熱気がすごい、韓国の選挙はエネルギーが溢れていると言われるが、たしかにコール&レスポンスで名前を連呼し、他候補を激しく批判する。応援弁士にはタレントや歌手が駆けつけていた。気になったのは応援弁士が堂々と「選挙不正が行われている。期日前投票には行かないように!」と訴えていたことだ。この主張も昨今、広くSNSで流布されているが証拠や根拠はない。実際、この主張があまりにも広まったため、キム・ムンス陣営も後半から慌てて期日前投票にも行くように呼びかけたらしい。

集まった支持者に話を聞くと、非常戒厳は野党が酷いから仕方がなかった、あるいは正当だったという意見の人が何人もいた。こうした人々の情報源はネットで、新聞を読んでいるという声は聞こえなかった。イ・ジェミョン氏が大統領として、こうした考え方の人たちを説得することが出来るとは正直、あまり思えない。ただ、ある若い男性に話を聞いたら、彼は司法、行政、立法全てを野党側が制してしまうとチェック機能が働かないという理由で与党に投票すると話していた。イ・ジュンソク氏の集会に来ている若者も、保守進歩の二大既存政党そのものの構造に批判的な意見を語っていて、若い世代は冷静に今の政治状況を見ているという印象も持てた。こうした若い世代の情報源ももちろんネットだが、フェイクニュースに注意するようにしていると、なんだかテンプレのように皆言っていた。

次に取材したのが東京都議選だ。都議会自民党でも裏金報道が出て、結果6人の幹事長経験者は自民党非公認での選挙となった。僕が住む杉並区でも小宮あんり候補が非公認での選挙を行うことになったので注目していた。9日間と選挙活動期間が短い都議選ではSNSでの告知は不可欠なのだが、小宮候補は自身の街宣日程は一切告知せず、街頭に立った事後報告と政策のみ投稿していた。

同じ杉並区の自民党候補、早坂よしひろ氏も裏金議員なのだが、自身のSNSの固定投稿に謝罪動画を置き、連日の街宣日程の告知もしていて違いは鮮明だった。僕は有権者として各候補の街頭活動を見て投票先を決めたいと思っていたが、小宮候補に関しては支持者向けの集まりの情報をなんとか入手してやっと話を聞きに行けた。そもそも僕らの代理を務めたいという人になかなか会えないというのはおかしな話だ。

結果、早坂氏は当選、小宮氏は落選した。自民党全体が裏金で議席を大幅に減らしたわけだが、立候補するなら自身の政策を聞いてもらう機会を少しでも作る姿勢が当たり前だ。その意味で、SNS上で街宣活動の告知が一切ないこと自体に不信感が生じるし、SNSを使い慣れてる人は違和感を覚えると思う。

選挙は人によって行われている。人が立候補し、人がそれを選ぶ。人がそれを手伝い、人がその話を聞く。社会は人で出来ている。その事実を確認するために僕は選挙を見に行く。その人と人の継ぎ目に今、SNSという情報空間がびっしりと入り込んできている。繰り返しになるが、その状況に対応する方法を僕らはまだ、ちゃんとは構築出来ていない。
 

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ダースレイダー『武器としてのヒップホップ』

ヒップホップは逆転現象だ。病、貧困、劣等感……。パワーの絶対値だけを力に変える! 自らも脳梗塞、余命5年の宣告をヒップホップによって救われた、博学の現役ラッパーが鮮やかに紐解く、その哲学、使い道。/構造の外に出ろ! それしか選択肢がないと思うから構造が続く。 ならば別の選択肢を思い付け。 「言葉を演奏する」という途方もない選択肢に気付いたヒップホップは「外の選択肢」を示し続ける。 まさに社会のハッキング。 現役ラッパーがアジテートする! ――宮台真司(社会学者) / 混乱こそ当たり前の世の中で「お前は誰だ?」に答えるために"新しい動き"を身につける。 ――植本一子(写真家) / あるものを使い倒せ。 楽器がないなら武器を取れ。進歩と踊る足を止めない為に。 イズムの<差異>より、同じ世界の<裏表>を繋ぐリズムを感じろ。 ――荘子it (Dos Monos) / この本を読み、全ては表裏一体だと気付いた私は向かう"確かな未知へ"。 ――なみちえ(ラッパー) / ヒップホップの教科書はいっぱいある。 でもヒップホップ精神(スピリット)の教科書はこの一冊でいい。 ――都築響一(編集者)

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礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。

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ダースレイダー ラッパー・トラックメイカー

1977年4⽉11⽇パリで⽣まれ、幼少期をロンドンで過ごす。東京⼤学に⼊学するも、浪⼈の時期に⽬覚めたラップ活動に傾倒し中退。2000年にMICADELICのメンバーとして本格デビューを果たし、注⽬を集める。⾃⾝のMCバトルの⼤会主催や講演の他に、⽇本のヒップホップでは初となるアーティスト主導のインディーズ・レーベルDa.Me.Recordsの設⽴など、若⼿ラッパーの育成にも尽⼒する。2010年6⽉、イベントのMCの間に脳梗塞で倒れ、さらに合併症で左⽬を失明するも、その後は眼帯をトレードマークに復帰。現在はThe Bassonsのボーカルの他、司会業や執筆業と様々な分野で活躍。著書に『『ダースレイダー自伝NO拘束』がある。

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