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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

2025.07.05 公開 ポスト

女友達と京都いきあたりばったり不思議旅<前編>大平一枝

 取材でお世話になった知人の見舞いを兼ねて、当時カメラマンを務めた女友達とふたりで二泊の旅をした。山崎というウイスキーが世界一の賞をとり、入手困難になるかならないかという頃のことだ。
 仕事を通じて知り合った彼女とはひどく波長が合い、二五年来の付き合いに。国内外さまざまな旅を重ねてきた。

 どんなに長くいても疲れないのは、ともに酒好き路地歩きが好きというのもあるが、前もって調べたり予約するのが苦手という共通点も大きい。
 そう、旅仲間との相性は、「好き」より、「嫌い」「苦手」の共通点が多い方がうまくいく。こういう考え方や価値観、習慣が苦手、というところで一致していると、ストレスがない。

 

 たとえば、くだんの彼女は誰よりもスマホを使わない。食事をしても、自分から料理を撮ることはほぼない。私も旅先では、小さな画面ばかり向いていたくないので、この共通項はありがたい。

 また、彼女は観光スポットや、星のついたレストラン、誰かがいいといった場所にあまり興味がない。
 当てずっぽうに路地を歩き回り、気になった店をのぞき、のどが渇けば目に留まったよさそうなカフェで、コーヒーやビールを飲む。地元のおじさんに混じって、角打ちスタンドのようなところも躊躇なく入っていき、気づけば隣の人と友だちになっている。
 そんなふうなので、どこへ行っても楽で楽しい。沖縄、香川、愛媛、徳島、千葉、長野、フランス。どれだけ旅をしたことか。ちなみに来月はベトナムへ行く。

 さて、京都旅である。

 いつなんどきもノープランの私たちにしては珍しく、前もって調べてウェブ予約したものがある。山崎蒸溜所だ。ここだけは「絶対行こう」と一致していた。ふたりともウイスキーに目がないのである。
 宿以外、店も含めて彼女となにかの予約を取ったのは、国内ではそれが唯一だ。海外では一度だけ、フランス・ノルマンディ地方へ行くバスツアーを予約した。世界遺産のモンサンミッシェルと、ジヴェルニーという小さな町にあるモネの家を見たかった。途中でしっかりノルマンディ発祥のカルヴァドス(りんごのブランデー)を買いこんだので、やはり私達は「酒」がからまないと、予約という行動に出ないのかもしれない。

 互いにあわただしい日々の合間をぬっての京都小旅行。
 行きの新幹線で、夕食は二回しかないのだから、せっかくならおいしい居酒屋に行きたいねと、彼女は誰かからもらった京都のガイドブックを引っ張り出して開いた。レストランやビストロは、地元の会話が入ってきにくい。人との距離感が近く、地の日本酒や焼酎、漬物や郷土料理が楽しめて、気楽にくつろげる。私たちは、旅先ではもっぱら居酒屋限定で店を探す。

 しかし、五分もしないうちに、彼女はぱたんと閉じてしまったので、あわてて聞いた。
「え、なんで閉じちゃうの。いいとこあった?」
「目が疲れた」
 細かい情報が盛りだくさんで、比較検討するのが億劫になったらしい。

 そこで私は京都にめっぽう詳しい雑誌編集者を思い出し、メールで居酒屋を尋ねた。すぐにすらすらと七、八軒、親切な一言コメント入りでおすすめ情報が届く。
 そのなかに、名前だけは知っている三条の老舗を見つけた。昭和九年創業、名店中の名店といわれる。URLをクリックした先の古めかしい縄のれんに惹かれ、よし、三条に行こうとあいなった。

 京都ではまず、本目的の見舞いのため京丹後市へ。夕方市内に戻り、五条のホテルにチェックインを済ませる。
 例の居酒屋は予約不可とのことで、待つ覚悟で早めに到着すると、並んでいる客はまだふたり。三〇分程で入店がかない、カウンターに通された。

 手書きのメニュー、黒光りする木の椅子と壁、障子の引き戸、いかにも味のしみていそうな大根や厚揚げ、餅巾着がぎっしりつまったおでん鍋。映画のセットかと思うほど、なにもかもに年季が入っている。

 カウンター席は隣の人と肩がぶつかるくらい近い。厨房の板さんと客との会話も聞こえる。これも含めて昔ながらのスタイルなのだろう。私たちはリラックスしながら瓶ビールや熱燗でおでん、焼き鳥、しめ鯖などを楽しんだ。
 男性ふたり連れや、仕事帰りらしいひとり客のなかに、旅行者がポツポツと混じっている。

「二軒目は、ウイスキーがおいしいバーに行きたいよね」
 こういうときは、店員さんに聞くのに限る。すかさず彼女が声を掛ける。
「地元の人が行く、感じの良いバーってありますか。できればウイスキーが揃っているところで」
 若い店員が答える前に、ひとりできていた隣の男性が口を開いた。

「それなら、あの筋を行ったところにおもしろいところがあるよ。さっきからおふたりのはなしをきいていると、たぶんそこ、好きだと思う」
 四〇歳くらいのポロシャツにパンツ姿で、旅行客には見えない。
「ありがとうございます! でも私たち、このへん初めてで、ものすごい方向音痴なんです」
 彼はたしか自分の持っていたメモ帳か何かをちぎって、地図を書いてくれた。そしてこう言った。
「店に電話しとくから行ってみて。バーテンダーが建物の前に立って待っててくれるから。僕もあとから行くよ」

 仕事で、京都と東京の両方に家があるとのことだった。
 それにしても、わざわざ一見(いちげん)の自分たちのために、バーテンダーさんが待っていてくれるとはどういう意味だろう。そんなにわかりにくいところなのだろうか。
 少々不思議に思いながら、会計を済ませる。

 ところで、居酒屋の方は、どれもおいしく期待通りであった。皮肉なもので、それがゆえに感動が小さいのである。こんな渋い店がすぐスラスラ出るあの編集者はすごいね、という感想になった。

 つくづく勝手なものである。教えてとぶしつけに頼んだのは自分たちなのに、どこか消化不良なのだ。
 いつものように無鉄砲に歩きまわり、直感で入ってアタリを引きたかった。食通の東京の編集者に、京都のことを聞く。なんだか百点をカンニングしたような気持ちが、自分たちをもやもやとさせた。

 アタリでもハズレでも、どれも笑える思い出になったし、これまでもそんな不器用な遠回りの末に、喜びを分かち合うのが私たちの旅の流儀だったではないか。
 とまあ、大げさに言うと、そんな思いが心のひだに沈殿していたのである。

 ともあれ、手描き地図を頼りに、居酒屋から数分歩く。と、見渡す限り何もなさそうな静かな路地に、その人は立っていた。
 黒服のバーテンダーである。

「◯◯さんからきいております。ようこそいらっしゃいました。こちらへどうぞ」
 壁と思っていたビルの一角に鍵を差し込むと、嘘のように扉が開いた。狐につままれた心地になる。

 中はシックなバーで、奥に広く天井が低い。カウンターには芸妓さん連れの男性客の姿もチラホラ。店の中央に大きな水槽のようなガラスの箱があり、琥珀色の液体がきらめいている。
「アイラ島の蒸留所にお願いしている、うちの樽のウイスキーです」
 姿勢のきれいな別のバーテンダーが、ほほえみながら教えてくれた。
 こんな魔法のような世界があるのかと、ますます私達は言葉をなくす。

 まさに隠れ家としか言いようのないその店は会員制で、客はバーテンダーに連絡のうえ、扉を開けてもらわないと、入ることができない。居酒屋で隣り合わせた男性が会員で、話を通してくれていたのだと初めて知った。

 心ゆくまで不思議なバーを楽しんだが、あとから合流した彼にごちそうになっていいのかわからず――ごちそうしますという雰囲気だった――、あまりにもそういうふるまいに慣れていない私は、最後、彼がいない間にカードで三人分を支払った。
「なんで払っちゃうのよ。こういうときは厚意に甘えるもんなんだよ」と残念そうな友達にしっかり「割り勘だから半分頂戴」と請求したのは言うまでもない。もちろん、目をむくほど高かった。

 京都旅を書き出したら、なんだか止まらなくなってきた。なので全3回でお届けしようと思う。

次回は、山崎蒸留所と大山崎山荘美術館、なりゆきで登り始めてしまった天王山の話を綴りたい。
 ただ、いろいろ行ったにもかかわらず、京都というと真っ先に思い出すのは、有名な老舗居酒屋でも鞍馬寺でも山崎蒸留所でもなく、隣客に教えられていった先で突然ギーッと開いた謎の扉なのである。

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ある日、逗子へアジフライを食べに ~おとなのこたび~

早朝の喫茶店や、思い立って日帰りで出かけた海のまち、器を求めて少し遠くまで足を延ばした日曜日。「いつも」のちょっと外に出かけることは、人生を豊かにしてくれる。そんな記憶を綴った珠玉の旅エッセイ。

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大平一枝

文筆家。長野県生まれ。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・こと・価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に「東京の台所」シリーズや『人生フルーツサンド』『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』『そこに定食屋があるかぎり』など。「東京の台所2」(朝日新聞デジタル&w)、「自分の味の見つけかた」(ウェブ平凡)、「遠回りの読書」(サンデー毎日)など各種媒体での連載多数。

HP:https://kurashi-no-gara.com/

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