“今度の「合法的脱税(マネーロンダリング)」は、暗号資産(クリプト)! これが令和の冒険ミステリーだ!!”
橘玲さん11年ぶりの書き下ろし長編『HACK(ハック)』を作家・元外交官の佐藤優さんにお読みいただきました。
リアルな国家のスパイ情報とエピソードで、抜群に面白いエンタメ作品
『HACK』は、抜群に面白いエンタテイメント作品であるとともに、ドストエフスキーの長編小説群などから強い影響を受けた文芸作品でもある。1960~1970年代に流行した中間小説が甦ってきた感じがする。そして、全体は樹生と咲桜の少し悲しい恋愛物語なのであるが、これも上手にまとめている。橘玲氏の才能に脱帽だ。
作品に盛り込まれたエピソードも手が込んでいる。
北朝鮮によるビットコインなど暗号資産のハッキング、毒ガスを用いて大量殺傷を目的とするテロ事件を起こした宗教団体のコミューンに住んでいた当時5歳の女の子の成長物語、FBIでも解除できなかったiPhoneのロックを簡単に解除した児童ハッカー、タイと国境を接した地域にあるミャンマーの犯罪王国などを、橘玲氏は、文献資料だけでなく、現地を取材することで作品に活かしている。
ところで、スパイ行為を含むインテリジェンスは国家の活動である。従って、日本人が登場するスパイ小説は、当該人物が外国のエージェント(代理人)でないかぎり、警視庁公安部の職員ということになる。ただし、この作品で興味深いのは、警視庁公安部だけでなく、公安担当検察官と公安調査官が縦横無尽に活躍していることだ。しかも、検察官が在シンガポール日本大使館の書記官として、公安調査官は専ら日本国内で情報収集にあたるという、実際の法務省系インテリジェンス活動を正確に反映している。
現実とも齟齬のないストーリーなので、インテリジェンス村に住んでいた評者(外務省国際情報局でこの種の仕事をしていた)にも違和感なく、面白く読み進めることが出来る。
樹生と咲桜は、ドストエフスキーの長編小説『悪霊』に出てくるリザヴェータのこんな言葉に魂を震わせる。
〈ひとつの人生が終わって、別の人生がはじまる、それから別の人生も終わって、三つ目の人生がはじまる、いつまでもつづいていくのね。すべての端っこがハサミで切られていくみたいに〉(本書350頁)
同じ事柄を樹生は、「世界はゲームである」と言っているのだ。












