
人前に立つだけで、心臓が破裂しそうになる——。
それは「性格」ではなく「不安症」という病かもしれません。
日本における認知療法の第一人者・大野裕医師が、社会不安障害を中心に、不安に苦しむすべての人へ具体的な対処法をやさしく解説する幻冬舎新書『不安症を治す 対人不安・パフォーマンス恐怖にもう苦しまない』。本書より一部を抜粋してお届けします。
ヘビを食べてしまったサル
不安という精神症状については、脳のなかの前頭前野や扁桃体という部位の働きが深くかかわっていることがわかってきています。
しばらく前に、ある学者が、サルの扁桃体を壊すという実験をしました。サルは私たち人間以上に、ヘビをとても恐がります。サルとヘビを同じ部屋に入れて観察すると、通常のサルは、ヘビを恐れて、遠巻きにしながら接触しないように行動しています。ヘビは毒を持っていることが多いので、危険な生き物と感じる本能的な働きがあるのでしょう。
しかし、扁桃体を壊されたサルは、同じ部屋にいるヘビを恐がらずに、自分から近づいていって、取って食べてしまったといいます。
この実験結果から、2つのことがわかります。第一に、脳の中の扁桃体という部位の働きと、不安や恐怖という気持ちに、何らかのかかわりがあるのではないかということです。もちろんこれはサルによる実験ですが、人間についても、同じような関係を推測することができます。
また、不安や恐怖を完全に消し去ってしまうのは、必ずしもいいこととはいえず、むしろ危険が多いことであるという教訓が、この実験結果に含まれているのではないかと思います。
サルも人間も、もともと、「ヘビは危険な生き物」という知恵なり本能なりがあって、不安や恐怖を感じ、ヘビとの接触を回避していたはずなのです。つまり、不安や恐怖という気持ちが、「ヘビという危険な生き物」についての、一種のセンサー、シグナルとしての役割を果たしていたと考えられます。しかし扁桃体を壊されたサルは、そうした危険を感じなくなって、ヘビを取って食べてしまいました。
「不安」は人として大切な力の一つ
不安を体験するというのは、あまり気持ちのよいものではありません。私たちは、できれば不安など感じないにこしたことはないと、つい考えてしまいがちです。
しかし、不安な気持ちは、私たちが生きていくうえで、大切な意味や役割を持っています。まず、適度な不安やストレスを感じているときのほうが、集中力が高まったり生産性が上がったりします。もちろん、不安やストレスを強く感じすぎるというのは問題ですが、あまりそうしたものを感じないでいると、力が抜けてしまっていろいろなことができなくなってきます。
また、不安は自分を守るためにも大切です。
先ほど、私は講演の前に、話すことが足りなくならないかと不安で、スライドや資料を多めに用意すると書きました。これは逆に考えると、不安な気持ちがあったから、一生懸命に準備をしたということでもあります。不安な気持ちが、きちんと準備するように自分を後押ししてくれるわけです。
雨の強い日に車に乗るとき、ブレーキが利きにくい、ハンドルもとられやすいだろうと不安を感じ、いつもよりスピードを控えて慎重に運転するのは、状況にふさわしい適切な行動です。まったく心配しないで、大丈夫、大丈夫といつもどおりに運転するほうがよほど危険です。
不安が強すぎて振り回されてしまうようでは問題ですが、状況に応じて適度に不安を感じるのは、人として大切な力の一つです。不安を完全になくそうとするよりも、不安とほどほどにつきあっていけるようになることのほうが大切なのです。
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この続きは幻冬舎新書『不安症を治す 対人不安・パフォーマンス恐怖にもう苦しまない』でお楽しみください。
不安症を治す

人前に立つだけで、心臓が破裂しそうになる——。
それは「性格」ではなく「不安症」という病かもしれません。
日本における認知療法の第一人者・大野裕医師が、社会不安障害を中心に、不安に苦しむすべての人へ具体的な対処法をやさしく解説する幻冬舎新書『不安症を治す 対人不安・パフォーマンス恐怖にもう苦しまない』。本書より一部を抜粋してお届けします。