
言葉は箱である。そしてラッパーは言葉の箱の運び屋である。
先日、言語哲学者の朱喜哲(ちゅひちょる)さんと対談した。彼の書いた「公正<フェアネス>を乗りこなす」をガイドに言葉をどう使うかについて楽しい議論が出来た。僕がラップおよび言葉を説明する時に使用する「言葉は箱」という概念を言語哲学の言葉で補完してくれた上で展開していく会話にはワクワクしたものだ。
言葉は箱である、という言葉とセットで僕は、「問題は中身だ」と言うようにしている。これは言葉には指示対象があると同時にただラベルの貼ってある箱でもあり得るという意味だ。言葉が空っぽだ!という非難は政治家や官僚の言葉使いによく使われる。「真摯に向き合う」「重く受け止める」「謙虚に寄り添う」といった言葉が並んでいても、その中に話者がどんな意味を入れているのか?は言葉だけ見ても判別できない。
僕らはその箱の中に辞書的な意味が入っているのだろうという体で受け取る。ただ言葉の箱の蓋を開けて中を直接見ることは出来ない。あくまで中身を類推することしか出来ない。類推するための材料はその箱が並んでいる文脈だったり、話者の表情や振る舞いだったり、そしてその後の行動などになってくる。どうも言葉の箱の中身は空っぽだぞと考えてしまうとどんな立派な箱を並べられても響かなくなる。無力感を感じるだろう。
だが、言葉を箱として考えるのにはまた別の理由もある。ラップは言葉をリズムに乗せるヴォーカルテクニックとも言える。僕の視覚的イメージはリズムというベルトコンベイヤーのようなものに乗った言葉の箱が次々と運び込まれてくるというものだ。ラップのフリースタイル、即興では脳内に次々と言葉の箱が現れてはそれを並べていく。テトリスのようだとも言える。
この際、大事なのは箱の中身ではなく形だ。言葉はさまざまな大きさの箱にイメージになる。言葉をリズムに乗せる起点となるのがライム、韻だ。韻とは言葉の母音が揃ったセットのことをいう。「幻冬舎」なら「面倒だ」とか「演奏家」と言った言葉が韻を踏んでいる。これを僕は「同じ形をした箱」としてとらえる。同じ形の箱は並べやすいし収まりが良い。ラップをしている時、僕の脳内ではこうした言葉の箱を次々と高速で並べている。テトリスに例えたけど、倉庫番というゲームも連想できる。場合によっては大事なのは言葉の箱に貼ってある意味のラベルではなく、形だけだったりもする。ただ、そこで面白い現象が起こる。意味が後からついてくるのだ。
ここで大事なポイントがある。ラッパーは上記の二つの言葉の箱の用途を行ったり来たりして、同時に並行して使い分けているということだ。中身を類推させながら理路を構築していくこともあれば、言葉の形、音を優先させながら並べることもできる。どちらの手法でも言葉の箱には意味のラベルは貼ってある。形を優先して言葉を並べても、箱に貼ってあるラベルが相互反応することで意味が浮上してくる。「幻冬舎」の連載を「面倒だ」と考える「演奏家」が恐るのは「炎上だ」。最後の箱を変えると「〜が悩むのは健康だ」にしてみても良い。これが言葉が並ぶことで意味、中身が後から入ってくる感覚だ。
さらにラッパーの言語感覚の中には逆転の哲学がある。ラベルで類推される中身と逆のものを箱に入れる使い方だ。バッドはグッド、イル(病気)はかっこいい、あるいは自分たちをNワードで敢えて呼ぶ。ラッパーはこうしたテクニックを使いながら言葉のルールを書き換えていく。これを僕はラッパーの領域展開と呼んでいる。
朱喜哲さんは「会話を打ち切らないこと」が大事であるというリチャード・ローティーの考えを紹介してくれた。ラッパーが円陣を組んで次々とラップしていくサイファーはリズムが鳴り続ける限り、言葉の箱が次々と並んでいく。「中身」先行の時もあれば、「形」先行の時もある。領域展開の範囲はビートの聴こえる範囲。こうした小さな領域をどんどん作っていくことで途切れることのない言葉たちが次の意味を呼び込んでくる。分断を言葉が再接続する可能性がラップにはあると割と本気で思っています。
礼はいらないよ

You are welcome.礼はいらないよ。この寛容さこそ、今求められる精神だ。パリ生まれ、東大中退、脳梗塞の合併症で失明。眼帯のラッパー、ダースレイダーが思考し、試行する、分断を超える作法。
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