
元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、一冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第十二回「寝る前に読みたい本」の後編です。菊池さんが選んだのは、古今東西の夢に関する本を集めたアンソロジーで……。
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
* * *
菊池良が「寝る前に読みたい本」:ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、堀内研二訳『夢の本』(河出書房)
菊池:続いて僕が選んだ本ですが、「寝る前に読む本」、何がいいかなって、すごく、本当にすごく迷いました。
連作短編とか、藤岡さんがご紹介された『影犬は時間の約束を破らない』もそうですけど、短い話がいっぱい載ってる本がいいなって思って。
藤岡:ああ、そういう選び方もいいですね。
菊池:それで僕が選んだのが、ホルヘ・ルイス・ボルヘス著、堀内研二訳『夢の本』です。
藤岡:まさにですね、『夢の本』。
菊池:そうなんです。ボルヘスってアルゼンチンを代表する作家なんですけど、その人が集めた、いろんな物語の中から夢に関する箇所を抜粋して集めたアンソロジーです。
藤岡:めちゃくちゃ古今東西ですよね、これ。
菊池:そうですね。本当に神話から中世の小説から、あと二十世紀の小説、カフカとかニーチェも入ってますね。人類が夢をどう扱ってきたのかがわかる一冊です。
藤岡:そうそう、面白いですよね。アンソロジーというシステムだからこそ、人類がどう考えてきたかっていう大きな主語で観察できる。
菊池:夢とどう付き合ってきたのか、という本なのかもしれないですね。
藤岡:古い作品だと予知が多いですね。
菊池:そうですね、夢占い。やっぱり昔の人も「この夢ってどういう意味を表してるんだろう」とか考えて、印象的な夢を見た時は占い師に夢の意味を聞くことがあったみたいで。このアンソロジーの中にもそういう話が本当にいっぱい入ってますね。
藤岡:そうですよね。だって夢って不思議すぎますもんね。「これはなんか意味があるに決まってる」ってそりゃ昔の人は思いますよ。でもそれによって殺されたりする人とかもいるから、かわいそう。
菊池:ほんとそうですね。何か不吉な夢なんじゃないかって考えて何かが起きたりとか。結構自分が死ぬ夢を見る人とかも多いみたいですね。で、それが予知夢なんじゃないかって考えたりとか。
僕はこれを読んで、今の人と昔の人ってそんなに考え方が違わないなって感じました。何かを見た時に、そこにいろんな解釈を入れてしまう、いろんな意味付けをしてしまうっていうのは、やっぱり変わらないんだなって。
夢は、参加型の映画みたいなもの!
菊池:読んでいて思ったのは、夢って人類が最初に見た映像のフィクションだということ。
藤岡:ああ、確かに! カメラとかの技術がない頃から。
菊池:映画以前の映画だったんだなって思いましたね。
藤岡:しかも参加型ですしね。
この本の序で胸を打たれたのが、夢についての「劇場であり、俳優であり、さらに観客でもある」っていう文章。確かになって思いました。ただの観客でもないし、自分自体が劇場になっているし、演じている側でもある。
考えてみると、人の夢の話って聞いてもあんまり面白くないじゃないですか。でも本人は大興奮で喋ってて、なんでこの温度差があるのかなってずっと思ってたんですけど、その人にとっては紛れもなく体験したことだったんですよね。だから、どうしても興奮して人に話しちゃう。でも他人には「たかが夢」っていう風に思われてしまうと。
菊池:うん、そうですね。なんかVRっぽいなとも感じました。
藤岡:うんうん、脳の自動生成映像みたいな。
菊池:確かに、AIっぽくもありますね。
藤岡:この文章も面白かったです。
「目覚めている時はイメージが感情を抱かせる。これに対し、夢の中では感情がイメージを抱かせる」。
感情とイメージが、起きてる時と寝てる時とで逆になるっていう言葉が、確かにと思って。
菊池:僕が気になったのは、このイメージも本の中で何度も出てくるんですけど、自分が見ている夢が他人の夢だったとか、夢から起きたけどまだ夢だったとか。
藤岡:この現実が誰かの夢なんじゃないかとか。
菊池:ああ、そうですね。
藤岡:それ系も結構多いですよね。胡蝶の夢的な。
夢でしか見ないような物語も
菊池:アンソロジーならではなのが、すごく短い話も入ってて、1行で終わる話もあるんです。その中で面白いなって思ったのが、「礼儀」ってタイトルの作品なんですけど。
「私は無傷の鹿がしくじった猟師に申し訳ないと謝っている夢を見た。」
これは、猟師が鹿を捕れなくて、それを鹿が謝っているっていう、夢でしか見ないような物語になってますよね。
藤岡:確かにそうですね。
菊池:すごくシュールなイメージというか。人間が頭の中で見ているものなんだけど、想像以上のものが出てくるのが夢なのかなって思いましたね。
藤岡:自分の中にある発想とは思えないことですもんね。
菊池:すごく脈絡がないですよね。
藤岡:ない。昔の神話とか古い物語の中に登場する夢の扱いを見てると、そんなことで運命決めていいの? とか、歴史変わっちゃうよってぐらい、夢に重きを置いていて心配になることもあります。でも、たかが夢って言えるかっていうと、そういうわけでもなくて。結構哲学的な問いですよね、この本を通して夢を観察して言われているのは。
菊池:そうですね。集めることで見えてくる感じですよね。
この本の中では、悪夢とか、夢の意味を取り違えて悲劇的なことが起こるような話もあるんですけど、夢をポジティブに捉えてる部分もあって。夢の中で聞いた歌を発表する詩人がいたりとか、「夢は精神の旅だ」みたいな話もありますし。夢を見たくなる本でしたね、僕は。
藤岡:この本を読んで眠りについて夢が見られなかったら、ちょっとがっかりするかもしれない。夢への期待がめちゃくちゃ高まるから。
菊池:そうですね。夢との付き合い方について考えたくなる本でした。
夢とは、自分を知ること
藤岡:菊池さんはどういう夢を見がちなんですか?
菊池:僕の場合はどっかに行ってる夢が多いですね。
藤岡:出かけてるってことですよね? へぇ~、いいですね。夢の中で出かけられてお得。
菊池:そうですね。それも、行ったことないところが多いですね。
藤岡:それってすごいですよね。だって行ったことないから、本当に架空というか、脳の記憶でできてるわけじゃないってことですもんね。別人格が考えたんじゃないかって思う。不思議ですよね。
菊池:そうですね、誰かとどこかに行く夢が多い気がしますね。藤岡さんの場合はどうですか?
藤岡:私は焦ってる夢が多いです。遅刻するとか、追いかけられるとか、そういう恐怖心が私に夢を見せてるなって思う時は、起きてホッとしますね。
この本の中で「敵のエピソード」っていうボルヘス自身の作品があるんですけど、過去への後悔とか追われてる感じとかが顕著に夢に現れている話で、共感しちゃいました。
菊池:夢って自分を知ることなのかもしれないですね。
藤岡:うん、そうなんですよ。
菊池:文学でも夢を扱った本って色々ありますけど、夏目漱石の『夢十夜』とか、横尾忠則さんも『私の夢日記』って本を書いてたんじゃないかな。そういう、いろんな人の夢を知りたくなりました。
藤岡:そうですね。あとこの本、読みやすい作品もあれば、世界観が中世だからわかりにくすぎる、みたいな作品もたまにあって。いい感じに眠くなる時もある。自分の理解が追いつかなくて眠くなる時もあって、それもいいなと(笑)。
菊池:急に長い話が入ったりもしますし。あと、形式も物語もあれば、詩とか、論文みたいものもありますし。いろんなタイプの文章が楽しめるなって思いました。
藤岡:適当に開いたページのものを読んで、1個読んだら寝て、って感じでも良さそうですよね。
菊池:そうですね。読んだ文章について考えながら寝るとか。そういうのがいいのかなって思います。
藤岡:うんうん。これは寝る前に読みたい。まさしくテーマ通りの本でしたね。
菊池:はい。僕が選んだのは、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの『夢の本』でした。
藤岡:ありがとうございます。
次回のテーマを決めましょう
菊池:次回ですが……。
藤岡:はい。こんなテーマがいいとかありますか?
菊池:そうですね。僕がちょっと考えたのは「旅行中に読みたくなる本」。
藤岡:いいですね! それ、めっちゃ無限にある気がする。
菊池:そうですね。長い小説なのかもしれないですし、積読していた本なのかもしれないですね。
藤岡:はい。いっぱいありますね、実際。それにしましょう。
菊池:はい。じゃあ次回は「旅行中に読みたい本」でお願いします。
藤岡:お願いします。ありがとうございました。
菊池:ありがとうございました。
* * *
1年間毎月お届けしてきた「マッドブックパーティ」ですが、ここで少しだけおやすみを挟むことになりました。2ヵ月おやすみをいただき、次回は8月の第二木曜日に更新予定です。ぜひ、これまでにご紹介した24冊を読みつつ、お待ちいただけたらと思います。また8月、菊池さんと藤岡さんが「旅行中に読みたい本」についてお話した読書会をお届けしますので、お楽しみに!
菊池良と藤岡みなみのマッドブックパーティ

菊池良さんと藤岡みなみさんが、毎月1回、テーマに沿ったおすすめ本を持ち寄る読書会、マッドブックパーティ。二人が自由に本についてお話している様子を、音と文章、両方で楽しめる連載です。
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