
元々、芥川賞候補作を読んでお話しする読書会をX(旧Twitter)で行っていた菊池良さんと藤岡みなみさん。語り合う作品のジャンルをさらに広げようと、幻冬舎plusにお引越しすることになりました。
毎月テーマを決めて、一冊ずつ本を持ち寄りお話しする、「マッドブックパーティ」。第十二回は「寝る前に読みたい本」です。読書タイムとしては王道の寝る前ですが、二人はどんな本をセレクトしたのでしょうか。
読書会の様子を、音で聞く方はこちらから。
* * *
藤岡:マッドブックパーティ、第12回です。1年が経ちました。早い!
菊池:そうですね。あっという間な感じがしました。
藤岡:はい。今回のテーマは「春は眠いよね」っていうこともあって。
菊池:そういうことだったんですね(笑)。
藤岡:「寝る前に読みたい本」ということで二人で持ち寄りましたね。今回は私からご紹介させていただきます。
菊池:お願いします。
藤岡みなみが「寝る前に読みたい本」:パク・ソルメ作、斎藤真理子訳『影犬は時間の約束を破らない』(河出書房新社)
藤岡:私が選んだのは、パク・ソルメ著、斎藤真理子訳『影犬は時間の約束を破らない』という小説です。これ、すごく静かな読み心地というか、安眠できそうじゃなかったですか?
菊池:いや、本当ですね。作品のテイストがすごく穏やか。
藤岡:本当に穏やかさに溢れた本で、内容も「冬眠」をテーマにした本なんです。冬眠っていうと、よくSFで見るコールドスリープとか。
菊池:ありますね。
藤岡:はい。長期間寝て未来に行くとか星に行くとか、あるんですけど、この作品で書かれている冬眠はもうちょっとカジュアルで、数週間とか1ヶ月とか、医療的に冬眠状態を作り出して寝ることができる世界で。疲れた時とか、心がショックを受けた時とかに「冬眠しよう」って、セルフケアのような感じで、冬眠ができる。うらやましいですよね。
菊池:そうですね。
藤岡:ただ、主人公は寝る側じゃなくて、冬眠する人が安全に寝てもらうためのガイドをやってる人なんですよ。
菊池:冬眠する人のケアをするというか。
藤岡:見守り役。
菊池:無事冬眠できるようにそばにいる人っていうことですね。
藤岡:そうですね。資格がないとできないんですけど、ただ、すごく高度な医療行為っていうよりは、万が一何か起こらないように見ていてあげる、チェックするみたいな見守り役なんですね。寝てる人の横で1ヶ月ぐらい過ごすんです。
24時間ずっと監視しているわけではなくて、何時間かごとにチェックして、あとは、本を読んだり、散歩したり、ランニングしたりして過ごすみたいな感じですね。ただし、見守りが片手間にはなっちゃいけないから、やれてランニングぐらい。
その隣にいるガイドの人の過ごし方が、すごく心地いいんですよ。
菊池:そうですね。そばで、本読んでたりとか。
藤岡:そうそう。その様子も、とても落ち着きますし、こういう風に暮らしたいなっていう感じに溢れてて、穏やかな気持ちになりますね。
回復できるような読み心地
藤岡:菊池さんはこの本読んでみて、印象いかがでしたか。
菊池:やっぱり冬眠っていう設定が魅力的ですよね。
藤岡:そうそう、羨ましい。
菊池:ホテルの部屋で40日間冬眠すると、回復するんですかね、心が。
藤岡:コールドスリープだったら、例えば若いまま時を超えて未来に行くことが目的だったりするんだけど、この冬眠は治療とか、休息的な意味なんですよね。
あと、冬眠中に夢を見るんです。その夢が、夢だとわかっているような気もするし、過去の記憶に思えちゃったりもする。作中では「作られた記憶」っていう言葉で説明されるんですけど、冬眠している人は寝ている間に頭の中で過去を整理しているのか、夢が休息とか心のケアに役立っているみたいな感じでしたね。
菊池:うん、そうですね。
藤岡:記憶に残る夢を見る。ただ寝てるっていうよりかは、夢の世界にいるっていう感じなのかな。
菊池:それを想像しても楽しそうですよね。
藤岡:そうなんですよ。あと、タイトルに「影犬」って出てくるんですけど、これが犬の影。その名の通り、影だけの犬で、この影犬っていうのも結構大事な存在。冬眠する人を見守るガイドがいて、影犬はガイドを見守るような存在なんです。ちょっと不思議な読み心地だったけど、象徴的な存在なんですよね。
菊池:そうですね。影犬、途中から出てくるんですけど、イマジナリーフレンド的な存在でもありますし、不思議な存在ですよね。
藤岡:これは私の勝手な解釈なんですけど、影犬は昔飼ってた犬なのかなと思って、死んだ犬の記憶なのかなと。
犬って人間のそばで一生懸命生きているじゃないですか。冬眠する人のそばにいるガイドも、生きることが目的となっている過ごし方をしてるというか、普通だったら「これやんなきゃ、あれやんなきゃ」って色々考えて時間を消耗して生きてるんだけど、冬眠する人の隣でガイドが生きてる時って、読書で時間を過ごしたり、歩いて時間を過ごしたり、犬のように今この瞬間を生きるっていうことができている気がして。
菊池:ああ、はい。なるほど。
藤岡:人間にとっての犬と、冬眠する人にとってのガイドが、私には相似形に思えたっていう勝手な解釈があります。
菊池:うんうん、そうですね。どっちも何かに寄り添う存在で、それによって心が癒されていく。そういう効果があるような気がしますね。
藤岡:そうですよね。あと、記憶っていうのもこの本のテーマになっている気がして。本当はもうそこには存在しない犬っていう影犬と、夢を見て本当か現実かわからない記憶が作られたりするっていうこと、あと、時間を過ごすっていうこと。全てが一体となってこの本のテーマになってるんじゃないかなと感じましたね。
菊池:うんうん。回復かもしれないですね。
藤岡:回復ですね。これ読んでると、私も回復する感じがある。
菊池:うんうん、わかります。
藤岡:あと、ガイドになって、隣でこの本を読んでいるような没入感もあります。
菊池:そうですね。読み心地がすごい静かで、確かにどこかで一人で読んでるような気分になる本だなって思いましたね。
藤岡:そう、しかも、旅をしながら。というのも、いろんな街が出てくるんです。いろんな場所のホテルで、仕事に疲れてバケーションに行くみたいな感じで、冬眠をするっていうノリですよね。自分の好きな街とかで冬眠したり、その人が住んでいるところにガイドが行ったりして始まる、夢の旅みたいな感じですかね。
菊池:小説自体も短編連作で、いろんなところが舞台になってますよね。
藤岡:そうなんです。韓国の作家さんなんですけど、日本が舞台になっている短編は、日本で発売する際に書き下ろしたんだったかな。そこも日本の読者にとっては没入しやすいポイントなのかなと思います。
菊池:そうですね。北海道が舞台の話もありますし、沖縄が話の中に出てきたりとか。あとアジアじゃないですけど、カナダに留学に行くとか、そういうある種グローバルな状況で書かれた小説なんだなって読んでいて思いましたね。
藤岡:はい。だから冬眠ってその場から動かないんですけど、この本は結構旅要素もあるというか、浮遊感のある本ですね。
菊池:そうですね。
藤岡:これを寝る前に読んだら冬眠できそうな気もするし。
菊池:よく眠れそうです。
藤岡:よく眠れそう。
もし、冬眠する人のガイドになったら……?
菊池:藤岡さんなら40日間冬眠のガイドすることになったらどう過ごしますか。
藤岡:どうしましょう。私、心配性なので、結構頻繁に寝てる人の鼻の下に指を当てて、呼吸してるかな、とか確認してそう。一応、命を預かる仕事ですもんね。
菊池:そうですね。
藤岡:あと、災害とか起きたらなんとかしなきゃとか、考えてしまいそうで……。だから、ちょっとおおらかな人の方が向いてるかも。私みたいに心配性だと焦っちゃうから。
菊池さんは冬眠する人とガイド、どっちになりたいですか。
菊池:どっちもいいですけど。うーん。僕はガイドがしたいかもしれない。
藤岡:おー、そうなんですね。でも不思議ですよね。冬眠小説って言われたら寝る人が主役かと思ったら、ガイドが主人公だから。ガイドもいいですよね、過ごし方が。
菊池:そうですね。この小説の中でも『チボー家の人々』を読んでるシーンがあって、『チボー家の人々』ってものすごい長い小説なんですよ。多分、普通の生活をしてたら読み切れないような。
藤岡:そっか。こういう時じゃないと。いいな、それ。しかもガイドだからお金ももらえるし。いい仕事だな。
菊池:そうですね。僕も、『チボー家の人々』を読みたいですね。
藤岡:この本は装丁とかも淡い感じで素敵なので、最近あんまり寝れないんだとか、最近すごい疲れてるんだっていう人に、そっと渡したい。そんな本かもしれない。
菊池:そうですね。心のシェルターのような。
藤岡:うんうん。「心のシェルター」。いい言葉ですね。
菊池:本当に冬眠のような小説だなって思います。
藤岡:うんうん。というわけで、私が選んだ「寝る前に読みたい本」は『影犬は時間の約束を破らない』でした。
菊池:はい、ありがとうございます。
菊池良と藤岡みなみのマッドブックパーティ

菊池良さんと藤岡みなみさんが、毎月1回、テーマに沿ったおすすめ本を持ち寄る読書会、マッドブックパーティ。二人が自由に本についてお話している様子を、音と文章、両方で楽しめる連載です。
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