

下町ホスト#31
その日は、不安定な天候が続いたせいかホストの出勤が少なく、特にナンバー上位のホストの欠勤が目立った
まだ目があまり開いていない店長はどこか体調が悪そうで、いつもよりキャッシャーから出てくる頻度が少ない
私が店長に眼鏡ギャルと変態男が来ることを告げると、コクンと一回だけ頷き、寝ぼけた視線を携帯電話に戻した
営業時間になり、ホストが整列をするが、余りにも暇な時間が続き、店長の命令によって、次々とホストがキャッチに出てゆく
私はそのまま店に残り、眼鏡ギャルからの連絡を待つ
寂しい店内を消し去る様に、テンション高くパラパラ男がつぶ貝ピンクと同伴してきた
暖かくなるに連れて、来店頻度が高くなり、最近に至っては、ほぼ毎日顔を見せてくれるようになった
つぶ貝ピンクはお気に入りの角席に座ると、最近ハマっている季節限定を謳うスパークリングワインをオーダーし、席にお気に入りのヘルプ達を呼んだ
私とパラパラ男は順位が僅差である為、全く席に呼ばれず、たまに冷たい視線を浴びせてくる
季節限定のスパークリングワインはあっという間になくなり、季節を問わぬ名称のものを数種類オーダーし、テーブルに並べた
私はキャッシャーの近くで、携帯電話を弄りながらそれが開栓されるのを聞いていた
何本か乾杯の音がして、店内も少しずつお客様が入り出し、それなりの雰囲気になった頃、眼鏡ギャルから外で待ってろと連絡があり、そのまま店の外へ出た
すっかり雨は上がり、下水の臭いが鼻をかすめる
駅の方角から、派手な格好の眼鏡ギャルとスーツを着た細身な中年男性が歩いてくるのが小さく見えた
私は、控えめに違う方角へ体を向け、まだ気づいていないふりをし、程良いタイミングで、駅の方角へ体を向けた
「こいつなのよーアタシの後輩」
家にいた時よりワントーン高い声で眼鏡ギャルが会話する
「へーそうなんだ」
見た目からは想像できないほど、甲高い声で中年男が返答した
そのまま店へ案内し、眼鏡ギャルがよく使う目立つ角席に座った
私はヘルプ椅子に座り、二人のドリンクオーダーを聞く
眼鏡ギャルはマリブコーク、中年男は生ビールを注文し、それに、さりげなく便乗した
それぞれ酒がやってきて、乾杯をすると中年男が口を開く
「しゅんくんだっけ?」
「はい、そうです」
「そのネクタイいいじゃん、ちょっと貸してよ」
「はい、どうぞ」
私は一本だけ持っていたブランドもののネクタイを解いて、中年男に渡す
中年男は自分のネクタイを片手で雑に解き、私に渡す
「着けなよ」
ガサガサな生地の使い古されたネクタイを渡された
「それもいいな、ジャケットもいいかい?」
「はい」
中年男は汗ばんだジャケットを脱ぎ、私に渡した
体格が私とほぼ同じで、あまり違和感なく私のジャケットを身に纏った
クリーニングに出したばかりの、まだ新しい私のジャケットを着た男はわざとなのか無意識なのか、その生地で汗を拭うような仕草をする
「どうせなら、スーツの下も交換しない?」
「はい」
「脱いでよ」
私と中年男はその場でスーツの下を脱いで、着直す
中年男の男のスーツは湿っていて、丈が少し短かった
それを黙って見ていた眼鏡ギャルは、特に反応せず、淡々とマリブコークを飲んでいる
「しゅんくん、いいやつだ」
そう言って手元にある生ビールを一気に飲み干し、もう一杯、生ビールを注文した
金髪リーゼントなど力強いメンバーが来てくれたが、売り上げが上がる気配はなく、そのまま静かにラストソングを終えた
照明が明るくなって早々に、中年男は会計をし、私のスーツを着たまま帰っていった
眼鏡ギャルはそっと私の肩を叩き
「あれでいい 買ってやるからスーツ」
と言って少し優しくなった
「山手線とマスクメロン」
薄色の春を待たずに草臥れて肉の割れ目を君が触った
催花雨で洗ったはずの右足にしがみついてる誰かの手垢
裏道で君が真っ赤に怒ったらマスクメロンがやたら傷んだ
日が昇りざら飴みたく泣いている君のスマホは僕が持ってる
味の無いガムをひと噛みふたつ噛み山手線にしばらく住もう

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歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。
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