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歌舞伎町で待っている君を

2025.04.14 公開 ポスト

「しゅんくん、いいやつだ」眼鏡ギャルが連れてきた中年男の不思議な要求に応え続けた結果はSHUN

(写真:Smappa!Group)

下町ホスト#31

その日は、不安定な天候が続いたせいかホストの出勤が少なく、特にナンバー上位のホストの欠勤が目立った

まだ目があまり開いていない店長はどこか体調が悪そうで、いつもよりキャッシャーから出てくる頻度が少ない

私が店長に眼鏡ギャルと変態男が来ることを告げると、コクンと一回だけ頷き、寝ぼけた視線を携帯電話に戻した

営業時間になり、ホストが整列をするが、余りにも暇な時間が続き、店長の命令によって、次々とホストがキャッチに出てゆく

私はそのまま店に残り、眼鏡ギャルからの連絡を待つ

 

寂しい店内を消し去る様に、テンション高くパラパラ男がつぶ貝ピンクと同伴してきた

暖かくなるに連れて、来店頻度が高くなり、最近に至っては、ほぼ毎日顔を見せてくれるようになった

つぶ貝ピンクはお気に入りの角席に座ると、最近ハマっている季節限定を謳うスパークリングワインをオーダーし、席にお気に入りのヘルプ達を呼んだ

私とパラパラ男は順位が僅差である為、全く席に呼ばれず、たまに冷たい視線を浴びせてくる

季節限定のスパークリングワインはあっという間になくなり、季節を問わぬ名称のものを数種類オーダーし、テーブルに並べた

私はキャッシャーの近くで、携帯電話を弄りながらそれが開栓されるのを聞いていた

何本か乾杯の音がして、店内も少しずつお客様が入り出し、それなりの雰囲気になった頃、眼鏡ギャルから外で待ってろと連絡があり、そのまま店の外へ出た

すっかり雨は上がり、下水の臭いが鼻をかすめる

駅の方角から、派手な格好の眼鏡ギャルとスーツを着た細身な中年男性が歩いてくるのが小さく見えた

私は、控えめに違う方角へ体を向け、まだ気づいていないふりをし、程良いタイミングで、駅の方角へ体を向けた

「こいつなのよーアタシの後輩」

家にいた時よりワントーン高い声で眼鏡ギャルが会話する

「へーそうなんだ」

見た目からは想像できないほど、甲高い声で中年男が返答した

そのまま店へ案内し、眼鏡ギャルがよく使う目立つ角席に座った

私はヘルプ椅子に座り、二人のドリンクオーダーを聞く

眼鏡ギャルはマリブコーク、中年男は生ビールを注文し、それに、さりげなく便乗した

それぞれ酒がやってきて、乾杯をすると中年男が口を開く

「しゅんくんだっけ?」

 「はい、そうです」

「そのネクタイいいじゃん、ちょっと貸してよ」

 「はい、どうぞ」

私は一本だけ持っていたブランドもののネクタイを解いて、中年男に渡す

中年男は自分のネクタイを片手で雑に解き、私に渡す

「着けなよ」

ガサガサな生地の使い古されたネクタイを渡された

「それもいいな、ジャケットもいいかい?」

 「はい」

中年男は汗ばんだジャケットを脱ぎ、私に渡した

体格が私とほぼ同じで、あまり違和感なく私のジャケットを身に纏った

クリーニングに出したばかりの、まだ新しい私のジャケットを着た男はわざとなのか無意識なのか、その生地で汗を拭うような仕草をする

「どうせなら、スーツの下も交換しない?」

 「はい」

「脱いでよ」

私と中年男はその場でスーツの下を脱いで、着直す

中年男の男のスーツは湿っていて、丈が少し短かった

それを黙って見ていた眼鏡ギャルは、特に反応せず、淡々とマリブコークを飲んでいる

「しゅんくん、いいやつだ」

そう言って手元にある生ビールを一気に飲み干し、もう一杯、生ビールを注文した

金髪リーゼントなど力強いメンバーが来てくれたが、売り上げが上がる気配はなく、そのまま静かにラストソングを終えた

照明が明るくなって早々に、中年男は会計をし、私のスーツを着たまま帰っていった

眼鏡ギャルはそっと私の肩を叩き

「あれでいい 買ってやるからスーツ」

と言って少し優しくなった


「山手線とマスクメロン」


薄色の春を待たずに草臥れて肉の割れ目を君が触った



催花雨で洗ったはずの右足にしがみついてる誰かの手垢



裏道で君が真っ赤に怒ったらマスクメロンがやたら傷んだ



日が昇りざら飴みたく泣いている君のスマホは僕が持ってる



味の無いガムをひと噛みふたつ噛み山手線にしばらく住もう

 

(写真:SHUN)


 

関連書籍

手塚マキ『新宿・歌舞伎町 人はなぜ<夜の街>を求めるのか』

戦後、新宿駅周辺の闇市からあぶれた人々を受け止めた歌舞伎町は、アジア最大の歓楽街へと発展した。黒服のホストやしつこい客引きが跋扈し、あやしい風俗店が並ぶ不夜城は、コロナ禍では感染の震源地として攻撃の対象となった。しかし、この街ほど、懐の深い場所はない。職業も年齢も国籍も問わず、お金がない人も、居場所がない人も、誰の、どんな過去もすべて受け入れるのだ。十九歳でホストとして飛び込んで以来、カリスマホスト、経営者として二十三年間歌舞伎町で生きる著者が<夜の街>の倫理と醍醐味を明かす。

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歌舞伎町で待っている君を

歌舞伎町のホストで寿司屋のSHUNが短歌とエッセイで綴る夜の街、夜の生き方。

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SHUN

2006年、ホストになる。
2019年、寿司屋「へいらっしゃい」を始める。
2018年よりホスト歌会に参加。2020年「ホスト万葉集」、「ホスト万葉集 巻の二」(短歌研究社)に作品掲載。

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