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純喫茶図解

2024.06.22 公開 ポスト

阿佐ヶ谷【gion】- ピンクの壁に揺れるブランコ…ロマンティックな空間で乙女気分を味わって塩谷歩波

 

そこは”乙女”という言葉がぴったりな喫茶店だ。

淡いピンクのペンキで塗り立てられた壁、店内を彩る色とりどりの生花、ゆらゆらと揺れるブランコの席、山盛りのアイスが乗った涼しげなクリームソーダ。

どこを見ても幻想的で淡い夢のただ中にいるようで、そこにいるだけでフワフワした気持ちに酔ってしまう。そんな乙女的な雰囲気が漂い、お兄さんもおばさんもみんな乙女な気持ちになってしまうのが、喫茶「gion」だ。

中央線・阿佐ヶ谷駅を降りて数分。ガード下のたこ焼き屋さんの隣、淡い暖色のビルの一階で、gionというネオンサインが煌々と輝いている。

gionの内装はとてつもなく複雑だ。まず床が5つに切り分けられていて、それぞれに緩い高低差がつけられている。さらに、床の素材は絨毯、板張り、大理石の3種類。照明もエリアで分けられていて、手前の大理石エリアは昼白色、ピンクの壁のエリアは電球色、中央の板張りエリアはなんとエメラルドグリーン、水色、群青色と常に移り変わる仕組みだ。キッチンエリアの照明はさらにすごい。天井の一部がガラスになっていて、その中にクリスマスツリーに使われるカラフルな電飾が設置されている。やや薄暗い天井の中でチカチカと小さな灯りが瞬いているのは、まるで夜空に星が煌めいているようだ。こんな喫茶店、見たことがない。

文字で説明を聞くと別の空間をパッチワークしたようなチグハグさを感じられるかもしれない。しかし、訪れてみると全く違和感がないのだ。まるで、主張が激しい服同士を合わせてみたら意外にしっくりくるように、喧嘩しそうな食材も鍋に入れてみたら最高のマリアージュを作り出していたように、gionの中ですっかり馴染み合っている。この調和の理由を言葉にするのは難しいが、幻想的でありながら上品で可愛らしく、少しファンタジーな要素が含まれている点が共通しているからかもしれない。きっと、それがgion独自の乙女な雰囲気を作り出しているのだろう。

gionの開店は39年前。オーナーの関口さんは1日1冊本を読むほどの読書家で、「本をゆっくり読めるような喫茶店を作りたい」と、この店をオープンさせた。資金面などの理由から開店まで1年の猶予をもらい、その間に徹底的に店作りにこだわった。喫茶店を300店ほど回っては空間のイメージを膨らませ、女性誌を読み漁っては制服をデザインし、ワッフルの研究のために3日間それだけを食べて3kg太ってしまったことも。平面図は全て自分で描き、寸法もmm単位で自らシミュレーション。その努力と執念が形となって、今や誰にも真似することができない唯一無二の空間となった。

gionの看板メニュー・ナポリタンもその努力が結実した証だ。ランチ時になるとほとんどの人が注文する人気のナポリタンは、なんと40回もレシピを変えている。テレビで「砂糖はうま味調味料になる」と聞いたらすぐに取り入れてみたり、きのこやフォンドボーを入れてみたりと、自分で作りながら工夫を続けてきたそうだ。

ドレッシングがたっぷりかけられたレタスのサラダと、まったりした味わいのたまごサラダの間に盛り付けられ、ピーマン、玉ねぎ、マッシュルームが入ったオレンジ色に輝くナポリタンは、やや焦げ目が見えるほどしっかり焼き付けられている。その上に、1枚どーんとハムが乗っているのが嬉しい。

しっかりソースが絡められてテリテリ輝くナポリタンは、まったりとした味わいの中にちょっとした酸っぱさがある。そして、時たま現れる焦げ目のカリッとした苦味と香ばしさ。gionに来たらやっぱりこれ、となってしまう看板メニューにふさわしい安定した美味しさだ。付け合わせのサラダやたまごも食感のリズムをつけるのにうってつけで、ナポリタンと共に出されたチーズやタバスコで味変するのもいい。私は後半にかけてチーズをたっぷりかけて、追いチーをするのが大好きだ。

食後の飲み物に関口さんからすすめられたのは、アイスコーヒー。ガムシロップがたっぷり入ったアイスコーヒーに、ミルク(エバミルク)をとろとろかけて飲むのだそうだ。関口さんオススメの飲み方は、ミルクを入れてすぐかき混ぜるのではなくてミルクが上に残った状態でまず一口飲んでみること。たっぷり入ったミルクの甘みの中に、コーヒーのシャキッとした味わいが見え隠れする。カフェオレより濃厚な甘さで、まるでスイーツを食べているような美味しさだ。ミルクをかき混ぜるとより強くコーヒーの味わいが感じられるので、味を変化させつつ自分のお気に入りのバランスを探すのもとても楽しい。

ナポリタンと食後のコーヒーですっかりご満悦なお腹をさすりながら、座っていたブランコの席を揺らしてみる。初めはゆらゆら揺れるのが心許なくて少し怖かったけど、だんだん慣れてきて本物のブランコのように足をぶらぶらさせてみた。こうしていると、公園のブランコを揺らしながらアイスを食べた幼かった少女の時代を思い出す。今はアイスではなく、アイスコーヒーだけれども。もう乙女なんていう年齢でもないけれど。今日だけは、この雰囲気に酔って乙女に戻ってもいいんじゃないかなあ。コーヒーの最後の一口を飲み干しながら、昔を思い出しつつ少し大きめにブランコをスイングさせた。

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純喫茶図解

深紅のソファに煌めくシャンデリア、シェードランプから零れる柔らかな光……。コーヒー1杯およそワンコインで、都会の喧騒を忘れられる純喫茶。好きな本を片手にほっと一息つく瞬間は、なんでもない日常を特別なものにしてくれます。

都心には、建築やインテリア、メニューの隅々にまで店主のこだわりが詰まった魅力あふれる純喫茶がひしめき合っています。

そんな純喫茶の魅力を、『銭湯図解』でおなじみの画家、塩谷歩波さんが建築の図法で描くこの連載。実際に足を運んで食べたメニューや店主へのインタビューなど、写真と共にお届けします。塩谷さんの緻密で温かい絵に思いを巡らせながら、純喫茶に足を運んでみませんか?

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塩谷歩波

1990年、東京都生まれ。2015年、早稲田大学大学院(建築専攻)修了。設計事務所、高円寺の銭湯・小杉湯を経て、画家として活動。

建築図法”アイソメトリック”と透明水彩で銭湯を表現した「銭湯図解」シリーズをSNSで発表、それをまとめた書籍を中央公論新社より発刊。

レストラン、ギャラリー、茶室など、銭湯にとどまらず幅広い建物の図解を制作。

TBS「情熱大陸」、NHK「人生デザイン U-29」数多くのメディアに取り上げられている。

2022年には半生をモデルとしたドラマ「湯あがりスケッチ」が放送された。

著書は「銭湯図解」「湯あがりみたいに、ホッとして」

好きなお風呂の温度は43度。

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