こんにちは、塩谷歩波です。幻冬舎plusにて『純喫茶図解』の連載が始まります。この連載は書籍化が前提で、2019年に出版した書籍『銭湯図解』(中央公論新社)に続く「図解シリーズ」の2冊目となります。
“銭湯図解の続きが、どうして純喫茶図解?”と思われた方も多いと思います。少し長くなりますが経緯を記しますので、お時間のある時に読んでいただけると嬉しいです。
きっかけは、大学時代の研究です。私は“考現学”に紐づく研究に携わっていました。考現学とは、様々な物証を元に古きを読み解く考古学と逆で、現在の世相や風俗を読み解き、その背景を考察する学問です。ちょうど100年前の関東大震災の時、瓦礫と化した町の中でなんとか生活を立て直そうと作られたバラックを、今和次郎が記録したことから始まります。そこから、建物に限らずその当時の人々の服装や生活の様子、不可思議な都市の風景などを絵や写真などで事細やかに書き止めることが主な手法となりました。
私はこの考現学を元に地方都市の色彩を研究していましたが、この時街並みの色を数値的ではなく直観的に捉えて理解するために始めたのが水彩でした。そのため、この研究がなければ今の私はなかったでしょう。考現学から絵を描くことがスタートしたので、銭湯図解を描き始めた時も“銭湯の魅力を伝えたい”という思いが一番の動機ですが、その根底には考現学としての視点もありました。だからこそ、建物をただ描くだけでなく、そこで過ごす人々の様子を描くことにこだわっていたのだと思います。(初めは完全に無意識ではありましたが)
話は今に戻ります。2019年に『銭湯図解』を出版してから様々な絵を描いてきました。茶室や、劇場、コワーキング施設、架空の建物、時には映画の舞台も。様々なお仕事をいただく中で、“建物を残すための絵”の必要性に気づき始めました。例えば、数年後に閉業するため書き残して欲しいと依頼をいただいたよしもと有楽町シアターや、こちらも閉店前に描いてほしいというご依頼の芸術銭湯+Caf 宮の湯。他にも、今後リニューアルを行うため今の姿を描いて欲しいというご要望や、書籍の中でも閉店してしまった銭湯がいくつかあります。お仕事のご要望や絵が完成した時のクライアントさんの表情を見るにつれ、図解の新たな側面を知り、これは私が続けるべき事だと感じた時に、思い出したのが考現学でした。
考現学は関東大震災をきっかけに始まり、高度経済成長期に隆盛するなど、時代が大きくうつり変わる際に盛んになっています。時代が変わる時に、今の世相や暮らしを残して未来に繋げなければという危機意識があったのではないかと思います。
コロナ禍や災害などで目まぐるしく価値観が変わり続ける今現在。特に東京は次に大きな地震がきたら壊れてしまいそうな建物も少なくないという危機感を常に感じています。そんな時代だからこそ、考現学に立ち戻り、消えてほしくない建物を絵に描いて残したいと思ったのです。
日本には愛着を覚える建物がたくさんあります。銭湯、純喫茶、駄菓子屋さん、寄席、八百屋さん、たばこ屋さん、建築家のこだわりが詰まった建物、美術館などなど、本当に無限に広がっているのです。その建物たちを少しでも残せるように、そしてその建物に今携わっている方の応援となるように「図解シリーズ」を始めたいと決意しました。
今後は様々な建物をテーマにしながら「図解シリーズ」をライフワークとしてのんびり続けていきたいと思っています。もちろん、銭湯もいずれまた出会いたいテーマです。しかしながら図解シリーズを広げるために、初めは異なるテーマとして、また銭湯に近しい面白さと愛おしさをもつ純喫茶をテーマにしました。
銭湯と同じく、店主さんの城とも言える純喫茶。そのお店ごとの独特な世界観や、そこでの人々の振る舞い、美味しい飲み物、愛おしい家具を絵と文章と写真で綴っていけたらと思います。
長々と失礼いたしました。これから一年に渡って連載を続け、その後書き下ろしを含めて一冊の本となる予定です。よろしければ温かく長く見守っていただけますと幸いです。
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純喫茶図解
深紅のソファに煌めくシャンデリア、シェードランプから零れる柔らかな光……。コーヒー1杯およそワンコインで、都会の喧騒を忘れられる純喫茶。好きな本を片手にほっと一息つく瞬間は、なんでもない日常を特別なものにしてくれます。
都心には、建築やインテリア、メニューの隅々にまで店主のこだわりが詰まった魅力あふれる純喫茶がひしめき合っています。
そんな純喫茶の魅力を、『銭湯図解』でおなじみの画家、塩谷歩波さんが建築の図法で描くこの連載。実際に足を運んで食べたメニューや店主へのインタビューなど、写真と共にお届けします。塩谷さんの緻密で温かい絵に思いを巡らせながら、純喫茶に足を運んでみませんか?
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