
朝の上野駅は、11路線が走る東京のターミナルと思えないほど静かだ。夜に来れば酔いそうなほど人がいるアメ横もすっかり鳴りを潜めている。一日の始まりというよりは、終わりに近いその街を歩いていくと、雑居ビルの一階にある煌びやかな電飾で彩られたレンガ造りの階段が目に止まる。階段の隣にはパフェやオムライスなど食品サンプルが並ぶショーウインドウがあり、見ているだけでよだれがじんわり溢れ出る。電飾が輝く”Coffee Shop ギャラン”の文字に誘われるように、その階段を登った。
階段先にあるユニークな円形型のドアを開くと、豪華絢爛な空間が広がっていた。レンガの壁に花柄の茶色いタイルの床、リング型のシャンデリア、深い臙脂(えんじ)色のソファ。そしてBGMは80~90年代の懐メロPOP。あれ、今は昭和何年だったかな。とても令和とは思えない昭和そのままの異空間に懐かしさとワクワクした気持ちを感じてしまう。
Coffee Shopギャランは1977年に開店した純喫茶だ。初代経営者から受け継ぎ、今は2代目オーナーが経営している。建物はほぼ開店当時のままだが、元々は噴水もあったそうだ。このバブルをも感じさせる雰囲気にぴったりな「ギャラン」の店名は初代オーナーの愛車「三菱ギャラン」にちなんでいる。
通りに面した窓側の席に腰掛けて、店内をぐるりと見渡してみる。スマホに夢中な若者、新聞と睨めっこしているサラリーマン、旅行中らしく大きなスーツケースを傍にトーストを頬張る家族連れ。年齢も服装も職業も異なる人たちが、思い思いの時を過ごしている。半分の席が埋まっていたが、穏やかでどこかまったりとした雰囲気が流れていた。
「お待たせしました」頼んでいたトーストがやってきた。白いお皿の上に5cm以上のぶ厚いトースト、バターとジャム、ブルーベリーソースがかかったヨーグルト、コールスローが乗っている。
朝から元気をもらえること間違いなしのボリューム感だ。トーストの厚さに圧倒されながらも端から口にしてみると、サクッとした食感の後に小麦の旨みが広がる。あっさりとしてシンプルな味わい。だからこそコクのあるコールスローとの相性も抜群で、ジャムやバターをつければ味が変わり、パクパク食べられてしまう。食べ切れるか不安だったけれど、気づけばペロリと平らげていた。
ふくふくになったお腹をさすりながら窓から通りを眺めてみる。既に時刻は9時に差し掛かっているが、道ゆく人は少なくシャッターは閉まったままで上野の一日はまだ始まっていない。その一方で私の寝ぼけた頭は、のんびりした空気に癒され、ボリュームたっぷりの朝ごはんをチャージして霧が晴れたようにスッキリしている。さて、今日は何の絵を描こうかな。まだ眠りについている街を遡り、軽い足取りで駅に向かった。
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純喫茶図解

深紅のソファに煌めくシャンデリア、シェードランプから零れる柔らかな光……。コーヒー1杯およそワンコインで、都会の喧騒を忘れられる純喫茶。好きな本を片手にほっと一息つく瞬間は、なんでもない日常を特別なものにしてくれます。
都心には、建築やインテリア、メニューの隅々にまで店主のこだわりが詰まった魅力あふれる純喫茶がひしめき合っています。
そんな純喫茶の魅力を、『銭湯図解』でおなじみの画家、塩谷歩波さんが建築の図法で描くこの連載。実際に足を運んで食べたメニューや店主へのインタビューなど、写真と共にお届けします。塩谷さんの緻密で温かい絵に思いを巡らせながら、純喫茶に足を運んでみませんか?