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宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか

2024.01.19 公開 ポスト

#4

「祖国の栄光を守るために敵と戦う」という意識はいつ生まれたか佐藤優/本村凌二

宗教的確執を抱えるロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争が勃発、国内では安倍元総理銃撃事件が起こるなど、人々の宗教への不信感は増す一方だ。なぜ宗教は争いを生むのか? 国際情勢に精通した神学者と古代ローマ史研究の大家が、宗教にまつわる謎を徹底討論——。

2024年1月31日に刊行予定の『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』(幻冬舎新書)は、日本人が知らない宗教の本質に迫る知的興奮の一冊です。その発売の前に、一部を先行してお届けします。

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「宗教的敬虔さ」がローマ人の特質

佐藤  いまやキリスト教は最大の世界宗教ですが、その拡大は古代ローマの歴史を抜きには語れません。当初は弾圧されていたキリスト教がのちにミラノ勅令(ちよくれい)で公認され、やがてローマの国教となりました。

その成り行きを語る前に、まずはローマ人の宗教性についてうかがいたいのですが、基本的にはギリシャと同じ神々をローマ人も信仰していたんですよね?

本村  もともとローマ人にとっての「神」は精霊に近い存在で、ギリシャ神話の神々のような喜怒哀楽を持つ人間くさいものではなかったんですね。独自の神話もなかったので、ギリシャ文化と一緒にギリシャ神話も受け入れました。ギリシャの「ゼウス」がローマでは「ジュピター」、ギリシャの「アフロディーテ」がローマでは「ヴィーナス」など名前は違いますが、同じ神話を持つ同じ神々を信仰していたわけです。

オリュンポス12神の最高神ゼウスに捧げられた、古代アテネのゼウス神殿(ギリシャ)。紀元前6世紀に建設が始まり、2世紀に完成

しかし宗教的な敬虔(けいけん)さという点では、ギリシャとローマのあいだには大きな違いがあったようですね。ギリシャ人のポリュビオスがローマの興隆期を記述した『歴史』を見ると、それがわかります。

紀元前168年から20年ほどローマに住んだポリュビオスは、ローマ貴族の葬礼に感銘を受けました。死者の面影を写した仮面を、故人と体格の近い親族がつけて葬礼の場に現れる様子を「これに勝る光景がいったいどこにあり得よう」と書いています。ギリシャ人の目に、ローマ人は「敬虔な民」に見えたんですね。当時のギリシャ人はもはや葬礼の形式自体に大きな意味を感じていなくて、フェスティバル気分で集まって酒を飲みながら大騒ぎしていましたから。

佐藤  酒神バッカスの出番ですね(笑)。いや、それはローマ神話での名前で、ギリシャ神話では「ディオニュソス」ですか。

本村  そうそう(笑)。それに比べてローマ人は、神々の前でかしこまっている。それがポリュビオスの目には敬虔な姿に見えたわけです。

佐藤  ローマから見ると、当時のギリシャは「先進国」だったわけですよね。ローマ人自身も自らの後進性を自覚していたんでしょうか。

本村  ポリュビオスの時代から100年後でも、ローマの詩人キケロは「ギリシャ人には学芸の力においてかなわない」と書いています。また、劣等感を抱く相手はギリシャ人だけではありません。ケルト・ゲルマン系のガリア人には体格や活力で劣り、イベリア半島のヒスパニア人には人数で負け、エトルリア人には鍛冶(かじ)などの技能でかなわない。鍛冶だけでなく、エトルリア人は建築技術も高かったし、紀元前五~六世紀の時点で歯を治すブリッジみたいなものもつくっているんです。

佐藤  ローマ建築もエトルリア文化を模倣したものと言われていますよね。

本村  そうです。エトルリアは現在のトスカーナ地方にあった国土で、ローマよりも早くからギリシャの影響を受けていたんですね。だから、初期ローマは文化的にかなわない。

さらにカルタゴ人は貿易商として商業的な成功を収めていたので、その点でもローマ人は劣っていました。

佐藤  まさに劣等感のかたまりですね。

本村  戦争でも、体格のいいゲルマン人の軍隊は、ラテン系の小さい身体のローマ人からすれば、どうしようもなく怖かったわけです。ゲルマン軍団が行進してくると、その両側にローマ兵を配置しておきますが、初めのうちは攻撃させない。しばらくのあいだ、ゲルマン人の生態を見させて、身体が大きいということに慣れさせることから始めるわけです。それから戦わせるという手続きを踏んでいた(笑)。ローマの将軍マリウスが行ったという事例があります。

こうしたマイナス面を並べてから、キケロは「ではローマ人は何が優れているのか」と自問するんですね。それに対する答えは「宗教的敬虔さ」でした。ギリシャ人のポリュビオスも、ローマ人のキケロも、それをローマ人の特質と見ていたわけです。

ギリシャとローマの「祖国愛」

佐藤  その宗教的な敬虔さは、ローマの発展に影響を与えたのでしょうか。

本村  少なくともポリュビオスはそう考えたんでしょうね。彼が『歴史』を書いたときのいちばんの問題意識は、「なぜローマだけが強大になったのか」ということでした。

当時の地中海世界には、小さなものまで含めると2000ぐらいの都市国家があったわけです。その中で突出したローマの優れた点のひとつとして、宗教的敬虔さを挙げている。これは、公共精神の強さにもつながることでしょうね。

というのも、ギリシャ人は「公」より「個」を大切にするのに対して、ローマ人は公共の安泰を重んじたからです。ポリュビオスは、ローマ人の感動的な葬儀の背景に、それを見出しました。

ローマの若者には、たとえ死んでも英雄的功績は永遠に語り継がれるという思想的な刷り込みがある。ポリュビオスはそう考察しています。僕は、神々を畏怖する気持ちの強さが、ローマ人の「祖国愛」とつながっているように思っているんですよ。

佐藤  近代的な「ナショナリズム」とは違う「パトリオティズム(愛国心)」ですね。

本村  はい。国民国家という概念が生まれる前から、祖国愛に基づく戦争はあったわけです。でも、「祖国の栄光を守るために敵と戦う」という意識がいつ生まれたのかについては、諸説あるんですよ。「ギリシャのポリスでは市民たちが強い祖国愛を持っていた」と考える人もいれば、「祖国愛が強烈に出てきたのはローマだ」と考える人もいる。僕自身は、ギリシャの「祖国愛」に疑念を持っているんですけれどね。というのも、ギリシャはポリスの領域からあまり出ようとしないからです。

佐藤  ギリシャは、ローマのような大規模な水道をつくらなかったんですよね。領土を広げようという意思があまりなかったことは、そこからも窺えます。

本村  そうですよね。あそこは山の多い地形だから、大きくなろうとは思わなかったのでしょう。だからこそ最後にマケドニアにつけこまれてしまったという面もあります。紀元前338年のフィリッポス二世による侵攻のために、ギリシャ諸国は深刻なダメージを受けました。

佐藤  たとえばアテネとスパルタはお互いに言葉が通じますが、それぞれ別の「パトリ」という意識はあるわけですよね?

本村  言葉には方言もあるので、そういう意味でのパトリオティズム意識はあるんですが、「ギリシャ」という枠組みでの祖国愛はあまり強く感じられないんですよ。それについても、ギリシャ人はローマ人と自分たちはルーツが異なると感じていたようです。

紀元前3世紀、ギリシャが全体的に落ち目の時期を迎えていた頃に、ギリシャ北方のエペイロスの国王ピュロスが、ローマに使節を派遣しました。ローマの進出を食い止めるために、情報収集をしたんですね。

その使節の報告によると、まずローマの元老院議員は一人ひとりが国王のような威厳を持っている。そして、庶民レベルでも、国のために命を捨てることをあまり嫌がっていない、というわけです。ですから、やはりギリシャよりもローマのほうが祖国愛が強かったのだろうと考えられるんですね。

佐藤  ギリシャのポリスにとって共通の「敵」としてペルシャが出てきたときは、どうだったんでしょう。

本村  対ペルシャという面では、アテネが主導権を握って少しはまとまりを見せました。ギリシャの各ポリスも、文化や宗教は共有していますからね。でも、ローマのようなレベルのパトリオティズムには至らない。国家連合のような形で対抗したんですね。

佐藤  敵がいるときだけ、征夷大将軍の下で団結するような感じですね。現代のチェチェンなんかもそうですが。

本村  そこが、ギリシャとローマの大きな違いです。この違いは、市民権の付与にも表れていますね。ギリシャは自分たちのポリスだけで治めているので、他国と認める地域には市民権をあまり与えようとしません。一方、ローマはどんどん領土を拡大していく中で、各地の名士や富豪などに市民権を積極的に与えていきました。

佐藤  イギリスの学位みたいですね(笑)。アメリカは外国人に簡単に学位を与えませんが、イギリスは植民地主義者だから、自分たちのポストを脅かされないかぎり外国人に対してはかなり緩い。自分の大学の博士号を取った人間が植民地に行くことはプラスだと考えるわけです。

本村  イギリスは一七世紀以降、植民地主義のやり方をかなりローマから学んでいると思いますね。エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』などが広く読まれるようになる背景には、ローマ的なやり方への関心があるんだろうと思います。

 

(※次回は1/26公開予定)

関連書籍

佐藤優/本村凌二『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』

宗教対立が背景にあるイスラエル・ハマス戦争など、国内外の宗教問題の影響で人々の宗教への不信感は増す一方だ。なぜ宗教は争いを生むのか? 宗教に関する謎について二人の権威が徹底討論。

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佐藤優

作家・元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務等を経て、国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。2002年背任等の容疑で逮捕、起訴され、09年上告棄却で執行猶予確定。13年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。著書に『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『私のマルクス』『先生と私』などがある。

本村凌二

1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月から2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(講談社現代新書)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。

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