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宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか

2024.01.05 公開 ポスト

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「ロシア正教vs.東方典礼カトリック教会」の争いになったウクライナ戦争佐藤優/本村凌二

宗教的確執を抱えるロシア・ウクライナ戦争やイスラエル・ハマス戦争が勃発、国内では安倍元総理銃撃事件が起こるなど、人々の宗教への不信感は増す一方だ。なぜ宗教は争いを生むのか? 国際情勢に精通した神学者と古代ローマ史研究の大家が、宗教にまつわる謎を徹底討論——。

2024年1月31日に刊行予定の『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』(幻冬舎新書)は、日本人が知らない宗教の本質に迫る知的興奮の一冊です。その発売の前に、一部を先行してお届けします。

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人間を救済するはずの宗教が残虐性や暴力性を見せる時

本村 さて、家族形態が「無意識」レベルで社会を動かすと考えるトッドは、宗教も同じように位置づけています。かつてはユダヤ教、キリスト教、イスラム教などの宗教が「意識」レベルで社会生活の枠組みを決めていたけれど、現在は「無意識」に押し込められた形で社会を動かしている、というわけですよね。

佐藤  そうです。世俗化が進んでも、宗教システムに由来する信念などが部分的に延命されているんですよね。たとえば人々がカトリック教会に行かなくなっても、その社会にはカトリックのモラルが残っているわけです。トッドはそれを「ゾンビ・カトリシズム」と呼んでいますね。

本村  古代史研究をしていると、叙事詩などの古典作品は、古ければ古いほど人々が神々の世界を身近に感じていたような印象を受けます。メソポタミアの『ギルガメシュ叙事詩』はもちろん、古代ギリシャで書かれたホメロスの叙事詩でも、神々が人間に働きかけているんですね。人間が神の声を聞くというのは、市民にとってごく自然なことだったはずです。

しかし、時代を経るごとにその感覚が徐々に薄れてきたわけです。神の声を直接的に聞くことができなくなっていきました。ただし、現在でも無意識のレベルで神々は人々の中に存在しています。そのため、人々の信仰の違いが表面には表れていなくても、宗教的な対立がなくなったわけではありません。本来、宗教は人間を救うものですが、それが戦争や暴力を助長することもあります。

佐藤  人間を救済するはずの宗教が、一方で、時に残虐性や暴力性を見せるということは、歴史の中で何度も繰り返されてきました。今世紀に入ってからも、われわれの世界は二度、大きな衝撃を受けたと思います。

一回目の衝撃は、2001年9月11日。アメリカで発生した同時多発テロです。それ以前から、宗教とからみ合った紛争は世界各地で起きていましたが、それらは中東やアフリカの民族間戦争、あるいはスリランカの内戦など、いずれも局地的なものでした。アメリカのど真ん中で宗教的な誘因が入った形での重大なテロが起きたのは、それらとは比較にならない衝撃です。

ただあの一件では、ひとつ頭の片隅に置いておかなければいけないことがあります。あのテロは当初からアルカイダの仕業だと見られていましたが、その一方で「白人至上主義者によるテロかもしれない」という見方もありました。現実にはそうではなかったとはいえ、そういう見方が出てくるということは、アメリカにおいては白人至上主義がキリスト教原理主義と結びつく形での暴力的な運動もあり得るということです。

本村  いずれにしろ、宗教は暴力を引き起こすことができるわけですね。9・11以降のイラク戦争の顛末を見ると、悪者であるサダム・フセインに何でも結びつけて、アルカイダ一味の滅亡を図っていることは明らかでした。その後のイラク戦争は、誰が見てもおかしなことだと、われわれ日本人なら思うわけです。

それがアメリカ社会では受け入れられた。宗教と暴力の関係があったからこそ、フセイン悪、イスラム悪という図式がアメリカ人の頭にはあったという気がしますね。

「正教 対 悪魔崇拝」の価値観戦争になったロシア・ウクライナ戦争

佐藤  そういうことです。そして、宗教の暴力性をわれわれに思い知らせた二番目の衝撃が、2022年2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻でした。これも、ある意味で「宗教戦争」なんですよね。

ただしこちらは、イスラム原理主義対キリスト教という構図の同時多発テロと違って、キリスト教内の宗教戦争です。

本村  なるほど。一般的には、そうは見られていませんよね。同一宗教間の戦争といえば、17世紀前半にドイツで起きた三十年戦争が有名です。これも、新旧キリスト教間での戦いでした。1648年にウェストファリア条約において和平が認められたことで、その後に国民国家の理念が出来上がっていきました。

今回のロシア・ウクライナ戦争というのは、この三十年戦争に見られた同一宗教内の争いに似ており、非常に前近代的な覇権争いのように見えます。

佐藤  西側からすると「民主主義陣営」対「独裁国家」という非宗教的な図式になるわけですが、そもそも民主主義の根幹にある近代的な人権思想は、神の権利が維持できなくなったから生まれたものです。「神権(しんけん)」が「人権(じんけん)」に変わったんですね。ですからこれは、ある意味で、西側のカトリック、プロテスタント諸国において世俗化した宗教的な価値観でもあるわけですよ。

本村  まさに「無意識」レベルの話ですね。時が経つにつれて、神々の仕業だと考えられていたものが次第に科学などに置き換わっていく。そうなると神々を中心に回っていたはずの世界が立ち回らなくなってしまい、人間が中心に置き換わる。こうして神権の延長線上に人権があると考えれば、「民主主義陣営」の宗教的側面も浮かび上がってきます。

佐藤  そうです。とはいえ、これは最初から宗教戦争だったわけではありません。開戦当初は、ウクライナ国内のロシア系住民の処遇をめぐるロシア・ウクライナ間の戦争でした。

本村  そうですよね。もはや忘れられてしまった感もありますが、そもそもは「西方のロシア系住民をウクライナのネオナチから解放する」という話でした。

佐藤  しかしアメリカは、この戦争を「民主主義対独裁という価値観の戦争だ」と位置づけました。一方、もともとは地域紛争の枠組みで考えていたロシアでも、2022年9月30日に転換が起こるんです。「ドネツク人民共和国」「ルガンスク人民共和国」、ヘルソン州とザポロージャ州の併合を宣言した演説の中で、プーチンが、同性愛や性別適合手術などを受け入れるような価値観に覆われている西側世界は「純然たるサタニズム(悪魔崇拝)の特徴を帯びている」と言ったんです。

これが、ひとつの分水嶺(ぶんすいれい)でした。ロシア側も、「正教対悪魔崇拝(サタニズム)」の価値観戦争に切り替えたわけです。だからそれ以降は、西側もロシアもこれを「価値観戦争」という枠組みで認識しているわけですね。

正教会の祭壇

もちろん西側の価値観は世俗化されているので、宗教性はあまり前面に出しません。しかし、それが剥き出しになっている部分もあります。

たとえば、ウクライナのアゾフ連隊の奥さんたちに、フランシスコ教皇が会ったことがありました。さらにフランシスコ教皇は、イエズス会系のウェブ雑誌『アメリカ』での発言で、「今回の戦争でもっとも残虐なのはブリヤート系とチェチェン系だ」と、特定の民族と残虐性を露骨に結びつける偏見をさらしてもいます。この発言は、のちにバチカンが撤回しましたけれどね。

いずれにしろ、キリスト教の暴力性がこれほど(あら)わになった現象は久しぶりのことです。宗教と暴力の問題は正面から見るべきですが、意外とロシア・ウクライナ戦争が孕んでいる宗教の暴力性に気づいていない人が日本には多いんですよ。

しかしこの戦争はおそらく片がつくまでに10年ぐらいかかりますし、日本はG7の中で本土がロシアと直接国境を接している唯一の隣国です。アメリカはアラスカでロシアと国境を接していますが、アラスカは飛地なので地政学的意味が異なります。それを考えたら、事態は楽観できません。西側とロシアの価値観戦争によってデカップリングが進んでいることを深刻に考えないといけないと思います。

本村  近代的な民主主義が普遍的な価値観だと思い込んでいると、そういう枠組みは見えてきませんよね。この戦争はある意味で第二次世界大戦にも通じるところがあります。

日本は別ですけれども、第二次世界大戦はキリスト教内の対立戦争でもありました。しかし、一方では民主主義を守る勢力としての連合国側があり、他方では後発資本主義国家のドイツ、イタリア、日本という自分たちの生命線と領土内の安定を図った枢軸国側があったわけです。

英米、それからフランスといった勢力に対して日独伊が生命線を守る戦いであれば、民主主義が普遍的な価値観だというだけで終了していたはずです。そうはいかずに民主主義が資本主義と対立している点で、この戦争も価値観戦争と見なすことができます。

佐藤  しかもこのロシア・ウクライナ戦争に関して、日本では西側連合による圧倒的な支援を受けているウクライナのほうが強いと考えている人が多数派です。

ところが実際には、現時点(2023年7月)までにロシアがウクライナの国土を20%も占領しました。ウクライナは「反転攻勢をやる」と言ってはいるけれど、膠着(こうちやく)状態からなかなか抜け出せません。

自由民主主義陣営とロシアのどちらが強いのか、いまはまだわかりませんが、少なくとも現時点では後者のほうが強いわけです。ロシアが占領しているのは、北海道と九州を足したのと同じくらいの面積ですからね。

本村  ある意味で、「前近代」的な陣営が「近代」的な陣営を抑え込んでいるとも言えるでしょう。しかし、こうした前近代的な価値観が、近代的な価値観と対立するというのは、珍しいことではありません。たとえば、アメリカも原理主義的なキリスト教であり、前近代的なものを持っているところがあります。

アメリカ社会の中にはアーミッシュというキリスト教のグループがあり、彼らの主義では、車にも電力にも頼ってはならない。文明的な機械を一切使わないで、自然の生活に徹するというところがある。最近ではずいぶん事情が変わったらしいですが。

歴史的に見ても、三十年戦争後のウェストファリア条約によって国民国家が出来上がっていきますが、そこには非常に近代的なものと前近代的なものが混在していました。18世紀のヨーロッパといえども、前近代的なものと近代的なものが対立しているというのが当たり前のようにしてあったわけで、必ずしもその対立で近代的なものが勝っているわけではないのです。

佐藤   LGBTQ+の人権を認めないプーチンの姿勢は、まさに前近代的ですね。「神は男と女しかつくっていない」というわけですから。それ以外のセクシュアリティを認める西側諸国は、プーチンから見れば、不自然な肉の欲によって神罰を受けた「ソドムとゴモラ」みたいなものです。

そういう価値観で動く勢力が大きな力を持っているのですから、近代的な価値観を自明のものとしていられるわけがありません。

 

(※次回は1/12公開予定)

関連書籍

佐藤優/本村凌二『宗教と不条理 信仰心はなぜ暴走するのか』

宗教対立が背景にあるイスラエル・ハマス戦争など、国内外の宗教問題の影響で人々の宗教への不信感は増す一方だ。なぜ宗教は争いを生むのか? 宗教に関する謎について二人の権威が徹底討論。

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佐藤優

作家・元外務省主任分析官。1960年、東京都生まれ。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館勤務等を経て、国際情報局分析第一課主任分析官として活躍。2002年背任等の容疑で逮捕、起訴され、09年上告棄却で執行猶予確定。13年に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失う。著書に『国家の罠』(毎日出版文化賞特別賞受賞)、『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞)、『私のマルクス』『先生と私』などがある。

本村凌二

1947年、熊本県生まれ。1973年一橋大学社会学部卒業、1980年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、2014年4月から2018年3月まで早稲田大学国際教養学部特任教授。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(講談社現代新書)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。

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