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仕事がなくなる!

2023.06.12 公開 ツイート

「コスパ」「タイパ」重視の仕事は、やがてAIに取って代わられる 丹羽宇一郎

AIの進化は凄まじく、多くの中高年が「自分の仕事の賞味期限はいつまでか」と戦々恐々としているだろう。AIに負けないマインドをいかに保つか? いかなる場所も時間も超えて、普遍的な価値を持ち得る仕事の「絶対値」を探る、丹羽宇一郎氏の新刊『仕事がなくなる!』から、一部をご紹介します。

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映画を早送りで観る人が増えている

先頃、ファスト映画をユーチューブにアップロードしたことで、その投稿者が大手映画会社から訴えられ、5億円の損害賠償を命じる判決が下されました。ファスト映画とは、映画の映像を無断で使用し、字幕やナレーションをつけて10分程度にまとめてストーリーを明かす違法動画のことです。

(写真:iStock.com/metamorworks)

最近、ネットで配信される映画を早送りして観る若い世代が増えているようですが、ファスト映画は映画を早送りして鑑賞するより、さらに効率よく映画作品の内容を知ることができるということで、かなり多くの視聴者が観たとのことです。

しかし、早送りの鑑賞にしろ、ファスト映画にしろ、そういう映画との接し方は、鑑賞とは言えません。

2時間程度の尺を持つ映画であれば、その時間をかけることではじめて成り立つストーリーの流れやリズム、テンポがあるわけです。早送りの鑑賞もファスト映画も、そうしたものをまったく無視した行いです。

たとえば、会話と会話の間や何気ない風景描写にだって重要なメッセージが込められているかもしれないのに、そんなものは一切おかまいなしです。

そんなふうにして映画に接しても、心に響くものはないでしょうし、受け手に発信されるメッセージやテーマを深く考えることもないでしょう。

 

こんな視聴の仕方をする大きな理由は、言うまでもなく時間の節約です。それによって浮いた時間を有効活用できる、最近流行りの言葉で言えばタイパ(=タイムパフォーマンスの略。かける時間に対する満足度)がいいわけです。

もう一つは作品について、さまざまな情報を持っておくことが円滑なコミュニケーションにつながると信じているので、鑑賞ではなく情報収集でいいという感覚が強いのだと思います。

たとえば仲間内で、ある映画作品の話題が出たとき、その作品のことを知らなければコミュニケーションの輪から外れてしまいます。それを避けるため、話題の作品の大まかなところを押さえておこうとするのです。

結局、早送りの鑑賞もファスト映画も、映画作品をただの情報の塊としてしかとらえていないのです。

コスパやタイパばかり気にするな

以前、あるベンチャー企業の若手女性経営者が、テレビの情報番組で「川端康成の小説はコスパ(コストパフォーマンス)が悪い。ゆえに小説そのものもコスパがよくないと思う」と発言したという話を知人から聞いたことがあります。

その女性経営者はそれまで小説というものをほとんど読んでこなかったため、小説がどういうものかを一度試したかったそうです。

ノーベル文学賞を受賞した日本を代表する小説家の作品が、コスパが悪いの一言で、いとも簡単に切り捨てられてしまうとは、泉下の川端も、さぞかし驚いていることでしょう。ここでいう「コスパ」とは、小説を読むための時間や労力という「コスト」に対する効果のことです。

(写真:iStock.com/show999)

もちろん川端作品自体に対する個人の好みというものもあるでしょうが、コスパ発言は、それ以前の問題です。コスパという尺度を持ち出して、文学や絵画、音楽といった芸術を語ることの滑稽さに、この女性は気づいていないからです。

感性の入る余地もない効率至上主義の価値観は、ここまでくると、驚きを通り越して笑ってしまいます。

人生においてコスパやタイパばかりを気にするようになると、その尺度にそぐわない映画や小説は、持っている本来の意義が失われてしまうのでしょう。

情報は有機的につながってはじめて知識になり、知識は他の経験と組み合わさっていくことで、新たな発想が生まれます。情報の断片を知っているだけでは、何の役にも立たないのです。

 

仕事を効率的に進める上ではコスパを考えるのはもちろん大事ですが、それを重視しすぎると、さまざまな弊害が出てくると思います。仕事における人間関係も味気ないものになるでしょうし、仕事そのものからも人間味のある豊かな感性が失われ、AIに取って代わられる日もそう遠くはないことでしょう。

環境の変化が早く、競争社会が熾烈さを増すなか、コスパ意識はますます強くなっていくに違いありません。

しかし、コスパ意識に支配されて仕事をしていると、内容よりもスピードを重視しますから、仕事の質が落ちることは避けられません。そんな仕事は当然のことながら、AIに取って代わられるでしょう。

 

私はこれまで、コスパやタイパを考えて仕事をしたことはありません。ただありがたいことに84歳の今も仕事の依頼が次々と舞い込み、待ってもらっている状態です。

私の場合、仕事において効率を優先することはありませんが、目の前の仕事に1ミリも手を抜かないということは死守してきました。働いている姿を相手に見せることはなくとも、そのことは仕事を通して、しっかり相手に伝わるようです。

AIには感情がないため、面白いと思ったり感動したりすることがありません。だから人間がAIに勝つためには、自分のすべての感情を投入し、自分が生み出すサービスを使った人が面白いと思ったり感動したりするものをつくらなくてはならないのです。

これからの仕事において一番大事なのはこういうことではないかと、最近とみに感じるのです。

関連書籍

丹羽宇一郎『仕事がなくなる!』

昨今のAIの進化は凄まじく、多くの中高年が「自分の仕事の賞味期限はいつまでか」と戦々恐々としているだろう。世間では「リスキリング」がもてはやされているが、簡単に身につくスキルを学んだところで、一瞬でAIに追い抜かれてしまう。人生100年時代といわれる昨今、AIを超える働き方をするにはどうすればいいのか。著者は「AIが持ち得ない、人間独自のもの」に注力すればいいのだと力説する。現状維持の働き方を続ける人は、仕事どころか、居場所もなくなる!

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仕事がなくなる!

AIの進化は凄まじく、多くの中高年が「自分の仕事の賞味期限はいつまでか」と戦々恐々としているだろう。AIに負けないマインドをいかに保つか? いかなる場所も時間も超えて、普遍的な価値を持ち得る仕事の「絶対値」を探る、丹羽宇一郎氏の新刊『仕事がなくなる!』から、一部をご紹介します。

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丹羽宇一郎

公益社団法人日本中国友好協会会長。1939年愛知県生まれ。元・中華人民共和国駐箚特命全権大使。名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事株式会社に入社。98年に社長に就任すると、翌99年には約4000億円の不良資産を一括処理しながらも、2001年3月期決算で同社の史上最高益を計上し、世間を瞠目させた。04年会長就任。内閣府経済財政諮問会議議員、地方分権改革推進委員会委員長、日本郵政取締役などを歴任ののち、10年に民間出身としては初の駐中国大使に就任。一般社団法人グローバルビジネス学会名誉会長、伊藤忠商事名誉理事。

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