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60歳からの文章入門

2023.06.04 公開 ポスト

村上春樹の「比喩」が読者の心をつかむ理由 「生きた文章」としての比喩表現近藤勝重(コラムニスト、ジャーナリスト)

日記、手紙、エッセイ、物語……。人生経験を積んだ今こそ始めたい、「書く」ことへの挑戦。でも、何をどうやって書いたらいいのかわからない、という方も多いでしょう。そんなあなたにオススメなのが、ジャーナリストで毎日新聞客員編集委員の近藤勝重さんによる『60歳からの文章入門』。テーマの設定から、文法、構成、自分らしい表現まで、読めばスラスラ書けるようになることうけあいの本書から、一部をご紹介します。

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読者の心をつかむ比喩の数々

村上氏の比喩の特性の一つに、嫌らしさを感じさせない性描写があります。

(写真:iStock.com/patpitchaya)

たとえば「下腹部には細い陰毛が洪水の後の小川の水草のように気持よくはえ揃っている」(『風の歌を聴け』)、「陰毛は行進する歩兵部隊に踏みつけられた草むらみたいな生え方をしている」(『1Q84 BOOK 1』新潮社)とか、(女にペニスを握られた「僕」が)「まるで医者が脈を取るときのように」「彼女の柔らかい手のひらの感触を、なにかの思想みたいにペニスのまわりに感じる」(『海辺のカフカ』新潮社)といった調子です。

こういう比喩が氏ならではの感性の表現と受け入れられ、若い読者を中心に村上ワールドへと引っ張り込んだのは確かです。

 

それでは村上氏は何を意図して比喩に力を注いできたのか。以下、その点にこだわりたいと思います。

いや、そう難しい話ではないのです。実は村上氏が氏のファンでもある作家、川上未映子氏のインタビューに答えた『みみずくは黄昏に飛びたつ』(新潮社)は、なるほど彼の意図した小説とは、そういう考えに基づいてのものだったのか、とあらためて気づかされる内容になっています。

彼特有の比喩表現の狙いや思惑、計算などもあわせて語られているのです。

村上氏はチャンドラーの比喩に「私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というのがあると断って、こう続けています。

これは何度も言っていることだけど、もし「私にとって眠れない夜は稀である」だと、読者はとくに何も感じないですよね。普通にすっと読み飛ばしてしまう。でも「私にとって眠れない夜は、太った郵便配達人と同じくらい珍しい」というと、「へぇ!」って思うじゃないですか。「そういえば太った郵便配達って見かけたことないよな」みたいに。それが生きた文章なんです。そこに反応が生まれる。動きが生まれる。

自分なりの比喩を考えてみよう

僕は村上氏が読者からの質問に答えた『村上さんのところ』で、「情景描写と心理描写と会話、というのがだいたいにおいて、小説にとっての三要素みたいになります。この三つをどうブレンドしていくかというのが、小説家の腕の見せ所です」と話していることに以前から注目していました。

(写真:iStock.com/takasuu)

『みみずくは黄昏に飛びたつ』ではこんな話もしています。

普通の会話だったら、「おまえ、俺の話聞こえてんのか」「聞こえてら」で済む会話ですよね。でもそれじゃドラマにならないわけ

氏は「読者を眠らせないための、たった二つのコツ」と断って、会話のやりとりに込めたドラマ性と比喩を挙げるのです。

いや、ここまでの説明で僕らを惹きつけてやまない村上文学の理由がよりわかった気がして、会話と比喩のくだりをそれまでの本で確認したりしました。

いずれにしても「雪のような肌」と直接たとえる直喩であれ、「ようだ」を使わず「月の眉」と言い切る隠喩であれ、なるほど、そうきますか、の村上流比喩表現は、一言では表しにくい事柄の多さを考えると、習得して役立つ文章術ではないでしょうか。

 

問 村上氏の比喩で、僕がすぐに思い出すのはこんな表現です。(  )をあなたならではの言葉で埋めてください。

ボーイはにっこりして、(  )のようにそっと部屋を出て行った。

(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』文藝春秋)

 

彼は最初に五分の一秒くらいちらっと僕を見たが、僕の存在はそれっきり忘れられた。まるで(  )を見るときのような目付きだった。

(村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』講談社)

 

「病院に入院したことある?」

「ない」と私は言った。私はだいたいにおいて(  )のように健康なのだ。

(村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』新潮社)

 

どうですか? 村上氏はこう表現しています。

答 賢い猫/玄関マット/春の熊

 

村上氏の言う「生きた文章」としての比喩表現は、確かにすっと読み飛ばせません。しかしいざ書いてみようとしても、すぐに思いつくものではありません。頭の柔らかさと物の見方の柔軟性が求められます。毎日の生活のなかで少しずつ訓練してみてください。

ただこの点は強調しておきたいです。60歳のあなたは村上氏より14歳も若いのだ、まだまだ頭は柔らかいと。斬新な比喩をあなたなりに工夫してみてはどうでしょうか。

関連書籍

近藤勝重『60歳からの文章入門 書くことで人生は変えられる』

定年を迎える60代。今こそ始めたいのが「書く」ことへの挑戦だ。書いて半生を見つめ直すことが、今後どう生きるかを考えるきっかけになる。本書は「何を書けばいいかわからない」という初心者向けに、(1)話題やテーマを決める→(2)文法や構成を学ぶ→(3)自分らしい表現力を養う、の3部構成で解説。「思うこと」ではなく「思い出すこと」を書く、「私」を削る、「だから」「しかし」も削る、自分だけの「気づき」を鍛えるなど、文章力アップのコツを伝授する。日記、手紙、エッセイ、物語……書き続ければ、それがあなたの生きた証になる!

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60歳からの文章入門

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近藤勝重 コラムニスト、ジャーナリスト

毎日新聞客員編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業後の1969年毎日新聞社に入社。論説委員、「サンデー毎日」編集長、夕刊編集長、専門編集委員などを歴任。毎日新聞(大阪)の大人気企画「近藤流健康川柳」や「サンデー毎日」の「ラブ YOU 川柳」の選者を務め、選評コラムを書いている。10万部突破のベストセラー『書くことが思いつかない人のための文章教室』、『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(ともに幻冬舎新書)など著書多数。長年MBS、TBSラジオの情報番組に出演する一方、早稲田大学大学院政治学研究科のジャーナリズムコースで「文章表現」を担当してきた。MBSラジオ「しあわせの五・七・五」などにレギュラー出演中。

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