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60歳からの文章入門

2023.05.14 公開 ツイート

「海が見える」と「海は見える」の決定的な違い、あなたはわかりますか? 近藤勝重

日記、手紙、エッセイ、物語……。人生経験を積んだ今こそ始めたい、「書く」ことへの挑戦。でも、何をどうやって書いたらいいのかわからない、という方も多いでしょう。そんなあなたにオススメなのが、ジャーナリストで毎日新聞客員編集委員の近藤勝重さんによる『60歳からの文章入門』。テーマの設定から、文法、構成、自分らしい表現まで、読めばスラスラ書けるようになることうけあいの本書から、一部をご紹介します。

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「は」と「が」はどこが違う?

日本語の文法でよく問題になるのは「は」と「が」の違いです。たとえば「は」と「が」は用い方を誤ると、その日本語はわけがわからなくなりますからね。

(写真:iStock.com/Massonstock)

早稲田大学大学院の授業で留学生の作文をよく見てきましたが、実際に使い分けができていない会話を耳にしたり、意味の通じない文章にもしばしばお目にかかりました。

「講堂がどこ?」

「どれは講堂?」

そんな調子ですから、日本語の権威でいらした大野晋先生は助詞の「は」と「が」の問題と絡めて国語教育についてよく嘆いておられました。

日本語の「は」と「が」の問題は、日本人が日本語で文章をつくるときの一番基本のパターンなんですよ。(中略)けれども、学問の中でうまく受け止められなかったし、学校教育の教科書をつくる段階にうまく入り込んでいなかった。それと日本人は日本列島の中だけで暮らしているものだから、言葉は通じると安心しているんですよ。国語の時間なんてつぶしても言葉は通じると思っている。その結果、文法もやらない、何もやらないとなったものだから、言葉の使い方もわからない、字の使い方もわからない(以下略)

(大野晋、丸谷才一、大岡信、井上ひさし『日本語相談 一』朝日新聞社)

さらにこうも苦言を呈していました。

たとえば、人間というのは、こういうことをして正しいか正しくないか、常にどこかで吟味して、行動しているわけだから、自分の言語が正しいのか、正しくないのか、これでいいのかどうか、もっと組織的に考えなければいけない、そのために文法というのは役立つはずなんだと。

(前掲書)

「桃太郎」で使い分けがわかる

「が」と「は」の使い分けには諸説あります。外国人が最も難しいと感じるのが、その区別だそうです。

(写真:iStock.com/Massonstock)

僕は未知の情報には主として「が」がつき、「は」は既知の場合につく助詞ながら、その下に新たな情報を求める働きもあると理解しています。

これらの説明には「桃太郎の話」がよく使われています。

「むかし、むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがすんでいました。おじいさんは、山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました」とあるように、最初に出てくるおじいさんとおばあさんは、まだ知られていない未知の情報なので、「が」をつけるけれど、二度目からはすでに知られた情報になるので、「は」となり、その「は」の下に新たな説明を求める働きがあります。

 

そこで問題です。林芙美子氏(1903~1951)の文名を一躍あげた『放浪記』の「海〇見えた。海〇見える。五年振りに見る、尾道の海〇なつかしい」の一節の〇に入るのは「が」「は」のどちらでしょうか。

答えは「が」「が」「は」の順です。

目前に海を見て、思わずそう口にしたという流れで、そこに新たな思いがよぎって「海が」と瀬戸内の海を見て久しぶりに感じた思いを書き表したのでしょう。

それに続く「尾道の海は」の「は」は既知の表現になっていますが、それはごく自然な文脈ですね。

 

助詞の「が」と「は」とともに、よく問題になる「も」にも少し触れておきます。

「秋も深まってきました」とは、半ば常套句ですが、この「も」は共同体の雰囲気を作る助詞です。

たとえば、「言い訳しないことが大事です」を「言い訳しないことも大事です」と書けば、「も」によって、共同体にふさわしい柔らかいニュアンスでの説明になりますよね。

「も」は結構使い勝手のいい助詞なので、「は」と「が」とあわせてその役割を覚えておいてください。

 

そうそう、助詞の「へ」と「に」も微妙ですよね。

僕は夕刊編集長時代、特集ワイドという紙面の新企画のタイトル「この国はどこへ行こうとしているのか」の「どこへ」を、「いや、『どこに』かな」と迷いました。「へ」は方向を表し、「に」は「帰着点」を表すと辞書にありますが、それならこの国の方向は未だあやふやではっきりしないと判断し、「へ」を用いたいきさつがあります。

ただ、「へ」と「に」は、東京でははっきり使い分けている印象ですが、大阪は「に」も「へ」も省略しがちです。

「ミナミ行こ」

「法善寺のあの店、行ってみよか」

そんな調子です。

東京なら「新宿へ行こうか」「ゴールデン街のあの店に行ってみようか」となりますね。

関連書籍

近藤勝重『60歳からの文章入門 書くことで人生は変えられる』

定年を迎える60代。今こそ始めたいのが「書く」ことへの挑戦だ。書いて半生を見つめ直すことが、今後どう生きるかを考えるきっかけになる。本書は「何を書けばいいかわからない」という初心者向けに、(1)話題やテーマを決める→(2)文法や構成を学ぶ→(3)自分らしい表現力を養う、の3部構成で解説。「思うこと」ではなく「思い出すこと」を書く、「私」を削る、「だから」「しかし」も削る、自分だけの「気づき」を鍛えるなど、文章力アップのコツを伝授する。日記、手紙、エッセイ、物語……書き続ければ、それがあなたの生きた証になる!

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60歳からの文章入門

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近藤勝重 コラムニスト、ジャーナリスト

毎日新聞客員編集委員。早稲田大学政治経済学部卒業後の1969年毎日新聞社に入社。論説委員、「サンデー毎日」編集長、夕刊編集長、専門編集委員などを歴任。毎日新聞(大阪)の大人気企画「近藤流健康川柳」や「サンデー毎日」の「ラブ YOU 川柳」の選者を務め、選評コラムを書いている。10万部突破のベストセラー『書くことが思いつかない人のための文章教室』、『必ず書ける「3つが基本」の文章術』(ともに幻冬舎新書)など著書多数。長年MBS、TBSラジオの情報番組に出演する一方、早稲田大学大学院政治学研究科のジャーナリズムコースで「文章表現」を担当してきた。MBSラジオ「しあわせの五・七・五」などにレギュラー出演中。

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