
私の育った鎌倉の鈴木家には途中から鈴木夏子さんという猫がいて、家では最も賢く偉い者として振る舞っていた。なぜ夏子かと言えば夏にやってきたからで、秋にやってきた少し気の弱い秋子さんとともに、最初は通い猫だったのが、気が強く堂々とした夏子さんは次第に我が鈴木家を自分のもののように扱うようになり、鈴木家の人間たちを僕(しもべ)のように使い出し、その内その家に住民登録しているどの人間よりもその家の主らしくなっていた。ポール・ギャリコの『猫語の教科書』を訳し終えた直後だった母はとりわけこの猫に運命的なものを感じていたのか、積極的に僕としての下働きを引き受け、なおかつ台所を統括しているという理由で、夏子さんの側近に格上げされた。
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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。
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