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51歳緊急入院の乱

2022.11.25 更新 ツイート

第43回

生きるためではない「余白の時間」で噛み締める日常 花房観音

退院3日目。
今日も5時起き。
まだ病院での生活のリズムのままだ。

 

翌週に、兵庫県の姫路で行われている企画展に行くつもりだったが、諦めることにした。
好きな作家の企画展で、関係者から招待券を送ってもらって、とても楽しみにしていた。
京都から姫路までは新快速で一時間半で行けるけど、泊ってもいいかななんて考えてもいた。
この企画展が、来週末で終わる。
入院中から、行けるかな……と考えていたが、現在の体力の状況を考えると、家を出てバスか電車で京都駅まで行き、そこから一時間半新快速電車に乗って姫路に行って帰ってくる……それが、とんでもなく難しいような気がした。
電車に乗っている最中、しんどくなって倒れてしまったらどうしよう、姫路で具合が悪くなったらどうしよう、とか考えてしまう。
たぶん、今の私の体力だと、最寄り駅まで行くのが精いっぱいだ。
ものすごく残念だけど、諦めるしかない。
数ヶ月前から楽しみにしていたのにと、落ち込んで泣いていた。
すべて不調を放置していた自分が悪いのだ、誰のせいにもできないからと、さらに落ち込む。

わらび餅とおしゃべりと

昼に、ふと、高級スーパーのレトルトのスープがあったなと思い出し温めて飲んだら、ひどく塩辛く感じてびっくりした。
入院前は、美味しいと思っていたのに、薄味塩分控えめ生活のせいか、味覚が変わってしまったようだが、これは身体にとってはいいことに違いない。

午後から軽く化粧をして外出。
昨日、旧知の編集者から「京都に明日、日帰りで行く用事があるのですが、もし花房さんがしんどくなければ、少しお茶しませんか。退院なさったばかりなので、無理なさらず、遠慮なく断ってください」とメールが来ていた。
遠くまで行くのは無理だけど、近くで会いましょうと返事をして、会うことになった。
体力無い無いと嘆いてはいたが、動かなければ、体力が戻らない。
主治医からも、「運動はしたほうがいい」と言われていた。
なので、家からそう遠くない甘味処で、待ち合わせした。広い部屋に通され、わらび餅を注文する。
わらび餅なんて久々だったが、めちゃくちゃ美味しく感じた。
入院中の甘いものは、果物だけだった。果物も美味しいけれど、やはりときにはそれ以外の甘味が欲しくもなる。
「入院されてびっくりしました」と言われ、入院の愚痴やら仕事の話などをして、そのあと近くの喫茶店で珈琲を飲んで別れて帰宅した。
家に帰ると、ずいぶんと精神的に楽になっているのに気づいた。

思えば、退院してから、夫としか話していない。
気をつかわず会える編集者と、そんなに長い間ではないけれど会話をして、おいしいわらび餅を食べて、ただそれだけの時間が持てただけで、気分が上向いた。

「余白の時間」の幸せ

入院中、一時期、やたらと「喫茶店で珈琲を飲みたい」と思っていた。
普段、そこまで珈琲に執着していないのに。
いや、珈琲そのものよりも、「喫茶店」という場所で、ゆったりと時間を過ごすことが、したかったのだ。
食事以外の「お茶」は、余裕がないと時間がとれない。
甘味処や喫茶店でお茶をするというのは、「余裕」の時間がもてる場所だ。

入院中は、ベッドの上から動けず、そんな時間が、とてつもなく恋しかった。
かといって、退院して帰宅すると、雑事に追われるし体力がないしで、喫茶店に行くどころではなかた。
必要最低限の栄養を食事で摂取して、寝てれば人間は生きていけるという人もいるだろうけれど、余裕がないと心が死んでしまう。
ひとときの編集者との甘味処でのわらび餅を食べた時間は、退院後の自分にとって、「生きている」ことを味わえる救いだった。

そしてやはり「人と話すこと」は必要だ。
コロナ禍で、何度も、それは思った。
人と会って話だけで、気持ちが楽になる。
人と会うことにリスクがつきものだからこそ、切実に感じる。
コロナで人と集まる機会などがなくなって、それは私にとっては楽だったけど、会いたい人と会って話す時間がないと、息が詰まる。

倒れて死にかけて、でも死なずに生きて帰ってこれて、だからこそ時間は貴重だった。
入院生活は、看護師さんと主治医と必要最低限の会話をするだけで、こうして親しい人と話すことに飢えていたのだとわかった。

ひさびさに食べたわらび餅が、本当に美味しくて、撮った写真を夜に何度も見返してしまった。
退院できて、死ななくて、よかった。

関連書籍

花房観音『ヘイケイ日記 女たちのカウントダウン』

いつの時代も女の人生、いとめんどくさ。 諸行無常の更年期。花房観音、盛者必衰の理を知る。 とはいえ花の命はしぶといもので生理が終われど女が終わるわけじゃなし。 五十路直前、滅びるか滅びないかは己次第。 いくつになろうが女たるもの、問題色々、煩悩色々。

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51歳緊急入院の乱

更年期真っ只中。体調不良も更年期のせいだと思っていたら……まさかの緊急入院。「まだ死ねない」と確信した入院日記。

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花房観音

2010年「花祀り」にて第一回団鬼六賞大賞を受賞しデビュー。京都を舞台にした圧倒的な官能世界が話題に。京都市在住。京都に暮らす女たちの生と性を描いた小説『女の庭』が話題に。その他著書に『偽りの森』『楽園』『情人』『色仏』『うかれ女島』など多数。

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