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2022.11.11 更新 ツイート

〈死を永遠の命に変える〉映画マニア漫画家による、類を見ない想像力 藤本タツキ『さよなら絵梨』 中条省平

 

チェンソーマン』の藤本タツキは、現代日本有数の人気マンガ家ですが、一般読者の人気から平然とはみ出すような、偏執的な想像世界をくり広げる、そうとうアブナい才能の持ち主です。

初めての連載マンガ『ファイアパンチ』では、人肉食と近親相姦という題材を扱ってそのアブナさを見せつけましたが、私が驚いたのは、そうしたテーマ上の特異さにではありません。

トガタなるトランスジェンダーの登場人物が出てくるのですが、このトガタが映画作家で、主人公アグニの戦闘をドキュメンタリー映画として盛りあげるという物語の展開にびっくりしたのです。

じつに人を食った設定ですが、そこには、バトルマンガをいかに面白く盛りあげるかというメタマンガ的な視点があり、さらには、こんな映画のマンガを描く作者はよほどの映画マニアではないかと思わせる真剣さが感じられたのです。

その直感が間違っていなかったことを証明するのが、新作『さよなら絵梨』(集英社)です。

主人公は中学1年の優太。母親が死病を患ったため、母親自身の願いで、母親の最後の姿をスマホの動画で記録することにします。

そして、その100時間以上の動画を編集してドキュメンタリー映画にし、それを文化祭で上映するのですが、ラストに母親のいる病院の爆発シーンをつけ加えたため、意図不明、人の死を冒涜する行為として、周囲の人々から激しい批判を浴びます。

死を決意した優太は、飛び降り自殺をおこなおうとして、自分自身の姿をスマホで撮りながら、母の死んだ病院の屋上に赴くのですが、そこには絵梨という美少女がいました。

絵梨は映画マニアで、優太の映画を見てすごく面白かったので、自分と一緒にあらゆる映画を見て研鑽を積んで、新しい映画を作り、それを1年後の文化祭で上映して、みんなを感動で号泣させよう、と提案します……。

このあとの展開も、今年発表されて大ヒットした傑作中編マンガ『ルックバック』と同じくらい、いや、あれ以上に読者の予想を覆すものになっていきます。

マンガ技法としても、ほとんどすべてのページが、1ページを縦4つに割ったワイドスクリーンのような4コマで描かれているほか、スマホ画面を再現する場合には、微妙に滲んだような不安なタッチで描かれていて、その形式上のコントロールへの意識の高さと、それを完璧に実現する技術力に感嘆を抑えることができません。

ロラン・バルトに倣っていえば、写真は写された人を死人に見せてしまうのに対し、映画は映った人を永遠に生きているように見せるメディアです。

『さよなら絵梨』は、この死者を生かす映画というメディアの魔術的な特性を本気で追究したマンガであり、藤本タツキの類を見ない想像力に心の底から震撼させられます。

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中条省平

1954年神奈川県生まれ。学習院大学フランス語圏文化学科教授。東大大学院博士課程修了。パリ大学文学博士。著書『中条省平は二度死ぬ!』『文章読本』など。翻訳書最新刊はロブ=グリエ『消しゴム』。

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