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特別企画

2014.05.16 更新 ツイート

主演:佐藤健×渡部篤郎でドラマ化!

雫井脩介 『ビター・ブラッド』豪華試し読み

 それだけでなく、「コガ」という名前に、夏輝は何となく聞き憶えがあった。昔の記憶だ。
 古雅は首をぼりぼりとかきながら、割と無造作に死体の脇まで歩いてきたが、その死体の顔を覗いたところですべての動きを止めた。
「こいつ、貝塚か……」
 彼は、思わずというように口に出した。
「ちょっと、あとにして。荒らさんでくれよ」
 鑑識係が夏輝らを追い払う。
 外階段のステップを踏む足音がすると、鑑識係から舌打ちが洩れた。
「ざっと見ただけだ」
 言いながら、鍵山係長らが階段を下りてきた。鍵山は鷹野が言っていた通り、軽く息を切らしていた。
「たぶん、七階の踊り場からだな。煙草の吸殻がある。あそこは念入りにやってくれ」
 鍵山はそれだけ言うと、来たばかりのE分署の一色(いっしき)刑事課長の肩を叩き、連れ立って歩き始めた。部下たちもあとをついていき、夏輝らも釣られるようにして、現場を離れた。
「おい、お前、貝塚がこのへんを張ってたって、知ってたか?」
 夏輝の前を歩く太った中年刑事、スカンク富樫が隣のバチェラー古雅に訊く。
「いえ、まったく……」
「じゃあ、お前もシャドーマンではないな……」
「シャドーマンの情報なんですか?」
「そうらしい」
 彼らの前を歩く明村が振り向いた。
「そんなこと、シャドーマン本人に訊いたところで、認めないだろ」
「それもそうだ。違いねえ」
 富樫はそう言って、肉付きのいい肩をすくめた。
「そうそう、古雅……」富樫は声の調子を変えて、後ろの夏輝にちらりと視線を向けた。「ジェントル・ジュニアがいるぞ」
「え?」
 古雅は驚いたように後ろを向いた。夏輝と数秒、目を合わせてから、「おぉ!」と場にそぐわない声を上げて立ち止まった。
「坊やか?」
 その「坊や」という呼び方に、夏輝は聞き憶えがあった。まだ夏輝が小学生か中学生かそこらの頃、何度か家に来ていた明村の仕事仲間だった。
「古雅の兄ちゃん、憶えてるかな? キャッチボールとか、一緒にやったの」
「あ……はい、憶えてます」夏輝は愛想笑いで応じた。
 キャッチボールやバスケットのドリブルゲームで遊んでもらった記憶が残っている。若くて爽やかなスポーツマンという印象だった。今、十五、六年ぶりに見る古雅は、良くも悪くも肌に歳月の跡を刻んではいるが、やはり、スマートな風貌には当時の面影と重なるところも多い。
「そうか、刑事になったか。やっぱり、血は争えんな」
 何とも嬉しそうに言う相手に対し、「血は関係ない」と反論するのもおかしく、夏輝は愛想笑いを崩さずにおいた。
 通りを出たところで、鍵山がE分署の一色課長と肩を近づけて小声の打ち合わせを始めた。
「お前、息子なら息子って早く言えよ」
 捜査一課の刑事たちの輪から少し外れたあたりで、鷹野が夏輝の脇をつついた。
「今まで見たこともない刑事だとか、お前の親父を解説してる俺が馬鹿みてえじゃねえか」
「そう言われても……」夏輝は頬を歪(ゆが)めた。「縁は切れてますし、父親じゃないって言ったほうが正しい関係ですからねえ」
「そりゃ、姓も違うし、何か複雑なことでもあるんだろうけどよ……」鷹野は渋い表情を作ってみせる。「でも、花の捜一、ベテランデカ長じゃねえか。大した親父で羨(うらや)ましいこったよ」
 捜査一課の刑事たちが集まっているほうからは、「何だそれ、蚊に刺されたのか? お前は人間的に甘いからだろ。俺は絶対刺されんぞ」と、相変わらずどうでもいい自慢をしている明村の声が聞こえてくる。

 夏輝は呆れ返って、首を振る。
「ジェントルだとか何だとか、格好だけ一丁前ってのが、むしろ滑稽(こっけい)な男ですよ。人間的にはとことん失格なやつです」
「そんなに嫌いなのか?」鷹野は失笑した。「でも、まあ、お前の気持ちに関係なく、これからはジェントル島尾の息子ってことが武器にも足かせにもなるんだぜ。良くも悪くも、七光ってのはそういうもんだ」
「僕は僕です」
 強い口調で言ってはみたが、我ながら空しい響きに聞こえた。そんなことで肩肘(かたひじ)を張らなければならないのが馬鹿馬鹿しい。ただの新人刑事として、どけどけと冷たく突き飛ばされていたほうが、どれだけやりやすいかと思う。
 鍵山との打ち合わせを終えた一色課長がこちらに歩いてきた。捜査一課の面々と比べると、夏輝らのボスも地味に映る。
「とりあえず、鑑識のほうを待たなきゃならんが、どうも事件性が高いようだ。S署の捜査本部で追ってる男が関わってる可能性もあるから、これも向こうで追いたいらしい。うちからは二、三人、協力人員を送るという方向で考える」
 一色はそう言って、もう送る人員は決めてあるかのように、夏輝の肩を叩いた。
「まあ、勉強だと思って、足手まといにならないように行ってこいや」

(つづく)
 本記事は幻冬舎文庫『ビター・ブラッド』(雫井脩介著)の全510ページ40ページを掲載した試し読みページです。全編を収録した製品版もぜひこちらからご覧ください。

 

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