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自分に適した仕事がないと思ったら読む本

2021.11.26 公開 ツイート

文豪・遠藤周作が説く「マネること」の価値 福澤徹三

富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる時代。先行きの暗い中、私たちはどう働けばよいのか……。その悩みに答えてくれるのは、高校卒業後、営業、飲食、アパレル、コピーライター、デザイナー、専門学校講師など、20以上の職業を経験した小説家、福澤徹三さん。著書『自分に適した仕事がないと思ったら読む本』には、福澤さんが長年かけて培った仕事術・就職哲学が詰まっています。その中身を一部、ご紹介しましょう。

*   *   *

自己催眠で社長になった男

わたしが敬愛する作家、遠藤周作さんの著書に『ぐうたら生活入門』(角川書店)という本があります。タイトルからすると、怠けかたを指南しているような雰囲気ですが、実際は人生についての含蓄に富んだ名著です。

(写真:iStock.com/Trifonov_Evgeniy)

この本のなかに「自己催眠で社長になった男」という話があります。かんたんに内容を紹介すると、遠藤さんが貧しかった頃、近所に変わった男が住んでいて、

「ああ、今日も朝から刺身か。刺身にも食いあきたなア」(原文ママ)

と溜息まじりにつぶやきます。それを何度か耳にした遠藤夫妻は、えらく景気がいいものだとうらやみます。

ところが後日、その男に路上で逢って、刺身のことをいうと、あれは嘘で実際にはひどい粗食だといいます。なぜそんな嘘をつくのかと訊けば、刺身は飽きたとつぶやくことで、ほんとうに贅沢をしたような心地になるからだと男は答えます。

さらに男は、いまは貧乏だけれども、近い将来、自分は必ず社長になるといいます。

なぜなら彼は、刺身の件とおなじように、「おれは社長になる」「おれは社長になる」と自分に暗示をかけているというのです。

 

べつの日、遠藤さんはその男に誘われてバーへいきます。

すると男は、ただ呑んでもつまらないから、お芝居をしようと提案します。

どんなお芝居かというと、男が社長で、遠藤さんがその部下を演じるのです。

バーに入ると、男は日頃の自己暗示の効果か、身ぶりも口ぶりも社長になりきって、ホステスたちと喋ります。ホステスたちは彼を社長と信じこんで、ちやほやしますが、部下役の遠藤さんは相手にされません。

男の演技に感心した遠藤さんは、バーをでたあとで、

「みごとですなア」(原文ママ)

「そうでしたか」彼はニヤリと笑い、「しかし、私は、大事なことは自分が社長だと思えば、社会もそう扱ってくれる──その点だと思いますよ」(原文ママ)

この男の台詞は、重要な意味を持っています。

自分が社長だと思えば、社会もそうあつかうというのは、ひとつの真理です。むろん身ぶりや口まねといった態度だけでは通用しませんが、なにごとも模倣からです。

本格的に社長をまねようとすれば、うわべだけでなく、経営者としての知識や考えかたも知らねばなりません。すぐれた経営者の本を読んで、それらを身につけると、ますます演技に磨きがかかります。「まねができれば一人前」というとおり、まねが完成した頃には、社長にふさわしい人物になっているのではないでしょうか。

なりたい者を演じてみよう

世間は多くの場合、そのひとの立場を見た目で判断します

おなじ人物でも、公園で寝そべっていればホームレスだと思うし、教壇に立っていれば教師だと思います。

(写真:iStock.com/Choreograph)

また、ひとは置かれた立場にふさわしい行動をします。家もなく無一文なら残飯を漁るでしょうし、教壇に立つのなら、それらしいことを喋るでしょう。

わたしがいい例で、かつての大劣等生が教壇に立っているのに、誰も怪しむ者はいません。その大劣等生に教わった学生も、いまや教壇に立っていますが、こちらももちろん怪しまれることはありません。なぜ怪しまれないかといえば、自分が教える側だと思っている──つまり教師を演じているからです。

 

おなじ理屈で、わたしが学生の席に坐っていても、年配の生徒がいると思いはしても、怪しむ者はいないでしょう。そこにあるのは教える側を選ぶか、教わる側を選ぶかという本人の選択だけです。

したがって、なりたい者があるなら、まねればいい、なりたい者を演じればいいのです。ひたすらまねることが、なりたい者になる唯一の道です。

 

まねる対象は、なにも生きている人物に限りません。

書物のなかには、偉大な先輩たちの言葉がぎっしり詰まっています。あらゆる事例に関する、あらゆる答えがそこにあります。この本に格言や箴言を多く引用しているのも、若いひとたちに先輩たちの知恵に触れてほしいからです。

「こんなとき、あのひとはどうしただろう」

「こんなとき、あのひとならどうするだろう」

そんな思いでページを繰れば、必ず先輩たちは答えてくれます。

 

そういう意味では、この本だってまねです。自分の体験などごくわずかで、あとは過去に読んだり聞いたりした先輩たちの意見を受売りしているにすぎません。

ただ、長年まねているうちに血肉に溶けて、どこからが受売りでどこからがそうでないのか忘れているので、本をだすような図々しいことができるのです。

もっとも、いくら先輩たちをまねても、完璧にはなりません。まねてもまねても、どこかにちがう部分がでてきます。それが、そのひとの個性です。

ところで、社長になると自己暗示をかけていた彼ですが、その後、遠藤さんが道でばったり逢ったときには、まさしく社長になっていたそうです。

関連書籍

福澤徹三『自分に適した仕事がないと思ったら読む本 落ちこぼれの就職・転職術』

富める者はますます富み、貧しい者はますます貧しくなる時代。年収二百万円以下の給与所得者は、すでに一千万人を超えた。拡大する賃金格差は、能力でも労働時間でもなく、単に「入った企業の差」である。こんな世の中だから、仕事にやる気がでなくてあたりまえ。しかし働くよりほかに道はない。格差社会のなかで「就職」をどうとらえ、どう活かすべきなのか? マニュアル的発想に頼らない、親子で考える就職哲学。

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自分に適した仕事がないと思ったら読む本

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福澤徹三

1962年、福岡県北九州市生まれ。デザイナー、コピーライター、専門学校講師を経て、作家活動に入る。2008年『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。14年には『東京難民』が映画化され話題に。小説作品以外にも、『自分に適した仕事がないと思ったら読む本 落ちこぼれの就職・転職術』など、仕事や就職をテーマにした新書も発表している。

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