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まだ人を殺していません

2021.07.15 公開 ツイート

読後感涙!悪魔の子の話なのに共感続々の秘密 小林由香

衝撃的タイトルで発売以降反響が続いている感動ミステリ『まだ人を殺していません』。『ジャッジメント』でデビューしてから、独自の世界観あふれる物語で大切に読者を育てている著者小林由香さんに、『まだ人を殺していません』(略してマダコロ)の制作秘話をうかがいました。恐ろしいタイトル、ハラハラする展開、そしてまさかの感動のラスト。読者を引き込むのはそのエンターテインメント性と、物語の中心を流れる「子供への想い」なのかもしれません。そこには、小林さんの確かな「眼差し」がありました。

(聞き手:編集部)

「世界中の親に相談したかった」

Q1 デビュー作の『ジャッジメント』以来、子供という存在、そしてそれを取り囲む親、大人たちの心に寄り添ってこられた印象があります。そして本作『まだ人を殺していません』は、その真骨頂という印象がありました。まず、この物語を書くにあたって、「何を」書こうとされましたか?

小林由香(以下、K) 正しい親子関係を築くマニュアルはないうえ、人は誰しも様々な事情を抱えて生きています。だからこそ自分が事件の当事者でないときは、安易に誰かを批判したくないと思っています。関係者全員から意見を聞かなければ真実はわからないからです。この物語を通して、親子の心のすれ違い、真実を見極めることの難しさを描きたいと思いました。

 

Q2  衝撃的なタイトルです。しかし、読了すると、このタイトルが、小林さんの願いであり祈りであるように思いました。このタイトルはどのように生まれたものでしょうか。

K このタイトルに祈りを込め、二年前から書き始めました。今までの作品も、苦しみながらも懸命に生きる人々を描いてきましたが、今作も同じです。常に前向きに生きることは素晴らしいです。けれど、前向きに生きられない人の気持ちもとてもよくわかります。そのような苦しみを抱えている方々に、作品を通して少しでもエールを送ることができたら、とても幸せです。

 

Q3  「養育者」という言葉が作中に多く出てきます。親ではなく人を育てる立場、養育者である人間(翔子)が主体で進む物語に引き込まれます。(血の繋がりはあるけれど)親ではない、母親だけれど子供を失っている。その立場の翔子が良世と向き合う物語にされた想いを教えてください。

翔子は怖くて不安で、最初は戸惑ってばかりいます。それでも諦めなかったのは、大切な人を失う苦しみを知っていたからです。正面から向き合い、相手の気持ちを理解しようとする姿は、彼女が見つけた愛情のひとつではないでしょうか。

 

Q4  「世界中の親に相談したかった」と言う翔子の台詞が印象的でした。子育てに正解はないのに、親は常に決断を迫られる。翔子の抱える不安は世界中の親の不安でもあります。“不安を抱える大人たち”に寄り添う目線にはどういう想い、狙いがありますか?

K 常に正しい親なんていない。誰もが迷いながら失敗しながら生きています。だからこそ、間違ってしまった人を責めるのではなく、支えてくれる存在が必要だと思っています。

不気味な行動も見方を変えれば気持ちがわかる

Q5  サスペンス的な展開で最後までハラハラドキドキすればするほど、最後、真実がわかったことで得られる感動がすごいです。一方で、良世の父親の子供時代の体験と事件との関係、姉の本心、良世に流れている血(DNA)について、そして未来についてなど、物語中では、その結末についてはあえて名言せずに語られていくことが非常に興味深いです。タイトルも含めて「可能性」というメッセージを受け止めました。

K 様々な意見があると思いますが、個人的には誰に出会い、どのような人に支えられたかで人の運命は大きく変わると考えています。今作では、人が人を育てることの尊さを描きたいと思いました。

 

Q6 「悪魔の子」と噂される少年の描写、一挙手一投足、発言などが非常に印象的に書かれていて、すごくハッとさせられます。読んでいると少年がとても怖く見えたり、それがある瞬間から「普通の子供」に見えたり、映像的な仕掛けがすごくあるように思いました。デビュー前に脚本の賞を受賞されたりしていましたが、小説を書かれる時に、映像的に物語を考えるなど、その経歴が生かされているなと思うことなどありましたら教えてくださいませ。

K  少しでも経験がいかされていればいいな、と思っていますが、脚本はほとんど台詞で進行していくので、描写は小説を書くようになってから学びました。

 

Q7 小林さんの作品はいつもテーマへの真摯な向き合い方と、それをエンタメに昇華される構成力(仕掛け)の、絶妙なバランスが面白いです。今回は特にミステリとしてもサスペンスとしても非常に引き込まれました。物語を構成する時に気をつけられていることはありますか。

K 道徳的な正しさよりも、登場人物たちがどう生きたのかを大切に考えながら構成を練っています。(一見、不気味に見える良世の行動も、彼の側から見ると理由がわかります。虫を殺したとき、翔子から「生き物の命を奪うなら大義や理由が必要だ」と言われます。そのとき、良世は「大義や理由があれば、殺してもいい」と学習し、次に動物を傷つけてしまうのです。けれど、この一連の流れを子どもはうまく説明できません。翔子も彼を理解できず苦しみます。そのような気持ちを考えながら構成を練っています。)

 

Q8 重厚感のあるテーマ選びと、ケレン味のある構成のバランスは、小林さんご自身の読書体験やエンタメ鑑賞の好みもあるのかな想像しました。影響を受けている作家、愛読書、などございましたら教えてください。

K 小説はダニエル・キイスさんの『アルジャーノンに花束を』が大好きです。映画は、8歳の頃にビデオデッキを買ってもらい、自由に使える時間は映画ばかり観て過ごしました。大学生になると映画はほとんど観なくなり、自分で物語を書くようになりました。

 

Q9 次の著作のご予定や、今後挑戦してみたいものなどありましたら教えていただけますでしょうか。

K 描きたい世界や物語がたくさんあります。読んでくださる方の心に届く作品になるよう、登場人物の気持ちに寄り添いながら、懸命に生きる人々の姿を描いていきたいです。

 

「こんな物語を書いているのはどんな人なんだろう」「小林由香さんの作品にはいつも引き込まれる何かがある」と、読了した読者の方々もSNSで多く書いていらっしゃった小林由香さんの想い、ほんの少しではありますが、皆様に届きましたでしょうか。最後に読者の皆様に小林さんから一言。

「これまで作家を続けてこられたのは、読者の皆様や支えてくださった方がいたからです。焦らずに、心に響く、記憶に残る作品を書き続けていきたいです」

まだ小林由香を知りません、というあなた。『まだ人を殺していません』をご一読下さいませ。

関連書籍

小林由香『まだ人を殺していません』

父親が猟奇殺人を犯し「悪魔の子」と噂される少年、良世。事故で娘を失った過去を持つ翔子は、亡くなった姉の忘れ形見である良世を育てることになるが、口を閉ざし、何を考えているかもわからない。なんとか彼を知ろうと寄り添うも、ある日机で蟻の「作業」を している姿を目撃し――。人を信じ育てることの難しさと尊さを描く、感涙のミステリ。

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まだ人を殺していません

書き下ろし感動ミステリ『まだ人を殺していません』(小林由香著)の刊行記念特集です。

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小林由香 作家

1976年長野県生まれ。2006年伊参スタジオ映画祭シナリオ大賞で審査員奨励賞、スタッフ賞を受賞。08年第1回富士山・河口湖映画祭シナリオコンクールで審査委員長賞を受賞。11年「ジャッジメント」で第33回小説推理新人賞を受賞、16年「サイレン」が第69回日本推理作家協会賞短編部門の候補作に選ばれ、連作短編『ジャッジメント』でデビュー。他の著書に『罪びとが祈るとき』『救いの森』『イノセンス』がある。

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