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片見里荒川コネクション

2021.06.04 公開 ツイート

書評・コグマ部長こと太田和美(幻冬舎 販売促進担当)

とにかく誰かに読んでもらいたい本。 小野寺史宜

同じ片見里出身ということ以外、接点のなかった75歳の継男と22歳の海平。二人が出会うことで、足踏みしていた人たちの人生が動いていく。当たり前に正しく生きることの大切さが、優しく沁みる――。小野寺史宜さんの最新長編『片見里荒川コネクション』に、コグマ部長こと幻冬舎営業部・太田和美から寄せられた書評をお届けします。

*   *   *

ああ、うらやましい。猛烈にうらやましい。この小説に出てくる片見里が本当に好きになってしまった。この町に住んでいる人がうらやましい。心地いい風が吹いて、空気がきれいで、きっと景色も良くて、生活に不便がない程度に都会で、ちょうどいい具合に田舎。そして何より住む人、関わる人がみんな素晴らしい。こんな素敵な町があるなら、俺も住みたい。それが叶わないならせめて片見川沿いをぶらぶらして、善徳寺にお参りして、ゆっくりとした一日を過ごしてみたい……。

*   *   *

――俺はわずか一日で、卒論を提出できず、内定を取り消された。そしてわずか二日でカノジョまで失った。

本書の開始早々、主人公の1人で大学4年生の海平が味わう悲劇だ。ここまでたった40ページ。なんなら、これだけで一編の小説になるくらいのエピソードだ。もちろん海平は大ショック。もはやこの世の終わりくらいのダメージだ。

でも、人生はわからない。この挫折が契機になって、もう1人の主人公、荒川区に住む老人・継男(=海平の祖母の元同級生)と知り合い、それから地元・片見里にまつわる面々の人生が交わっていく。そして片見里には冒頭に挙げた片見川や、善徳寺なんかがあって、それぞれに味のあるストーリーにつながっていくが、このあたりは文庫『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』もあわせて読まれたい。

ところで、この海平、最高にいいヤツ。兄貴肌、って言葉があるが、しいて言えばその対義語の“弟肌”なのだ。たぶん、イケメンでもないだろうし、そんなに頭がいいわけでもない。でも、ナイスガイで、なんか憎めない。私のようなオーバー50世代は、海平を親目線で見ていくのである。

さて、海平と巡りあった(正確には海平に探し当てられたのだが)継男は75歳の独り暮らし。老境に達し、晴耕雨読のような日々を過ごしていたが、ある日、幼なじみの次郎から急きょ代役を頼まれる。それがなんとオレオレ詐欺の受け子。とんだ片棒担ぎだったが寸前で、犯罪に手を染めることはなんとか免れた。しかし、そんなヤバい仕事をしている次郎の境遇に触れ、なんとかまともな生活を送らせようと一計を講じる……。

と、トピックが満載だが、これでもまだ冒頭。留年や就職失敗、そして失恋や詐欺に巻き込まれる……等々が出てきたが、著者・小野寺史宜さんが巧みなのは、だれもの人生の中に巡らされている些細な「罠」を作品世界に憎いくらい巧妙に織り込んでいくところだ。そして、その「罠」を上手によけて通れない(むしろ自分から突っ込んでいくような)不器用な人たちが、小野寺さんの手にかかって、イキイキと動き出す。

もちろん海平の人生はこれから順風満帆とはいかないだろう。人並みには苦労はするはずだ。就職して仕事でも失敗もするだろうし、もしかしたら当分は彼女もできないかもしれない。そんなトラブルのたびに海平は「あの時、きちんと卒論を出していたら」「留年しないで、あのまま内定先に就職できていたら」「大学時代の彼女とずっと付き合っていたら」と、ありえたかもしれない人生に想いを馳せてしまうだろう。

そしていつか継男の年齢になる。若い時は自分がちょっとした段差でよろける老人になることすら想像できなかったのに。そしていつか、今の継男と同様に過去を振り返る日々を過ごすことになる。もっと別の人生もあったかもしれない、なんて思いながら最晩年をすごすのだ。

『片見里荒川コネクション』は、不器用な生き方しかできない、私たちの物語だ。

*   *   *

さて、私は幻冬舎の営業マン。もちろん仕事柄自社の刊行物にそれこそ毎日のように目を通す。面白いのもあれば、残念ながらそうじゃないのもあるし、自分にはまったく分からないものもある。そして、本作は「とにかく誰かに読んでもらいたい本」なのだ。この小説の読後感には特別なぬくもりがあって、いつまでもその温かさの中にくるまっていたくなる。ゲラで初めて読んだときの、多幸感は忘れられない。小説っていいな、本当にそう思った瞬間だった。

冒頭、この町にあこがれると書いた。むろん架空の世界だから行くことも住むことも叶わない。でも、どこかにこんな町がある、どこかで海平と継雄が日々を懸命に生きている。そう想像するだけで多少のめんどくさいことでも、なんとか一日一日を生きていける。そんな元気をもらった小説である。

関連書籍

小野寺史宜『片見里荒川コネクション』

人は、何歳からだって「動ける」。 継男、“まだ”75歳。――“弟分”に頼み込まれ、「オレオレ詐欺」の受け子に!? 海平、“もう”22歳。――寝坊で卒論を出しそこね、まさかの留年!? 老人と青年の荒川での出会いが、足踏みしていた自分たちと、周りの人たちの人生を少しずつ動かしていく。人生を優しく肯定してくれる、小野寺史宜ならではの、長編小説。

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片見里荒川コネクション

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小野寺史宜

1968年千葉県生まれ。2006年「裏へ走り蹴り込め」で第86回オール読物新人賞を受賞。2008年『ROCKER』で第3回ポプラ社小説大賞優秀賞を受賞し同作で単行本デビュー。著書に「みつばの郵便屋さん」シリーズ、『片見里、二代目坊主と草食男子の不器用リベンジ』『ひと』『食っちゃ寝て書いて』『タクジョ!』『今夜』『天使と悪魔のシネマ』などがある。

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