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もしも俺たちが天使なら

2021.06.10 公開 ポスト

#7 イケメン詐欺師は、若いイケメンを巻き込んで、何するつもり?伊岡瞬(小説家)

今、最高にアツい小説家・伊岡瞬さん。

代償』『悪寒』『赤い砂』……そして間もなく発売になる最新刊『仮面』他、話題作が多数ある中で、あらためておススメしたいのがもしも俺たちが天使なら

他人のものを、命懸けで守る。人生、たまにはそんなことがあってもいい―ー。そんな気持ちにさせてくれる痛快&爽快な本作。

イケメンの捷は、さっそく詐欺師の涼一に、”使われて”…!?

*   *   *

5   捷

いきなりの大きな歌声に、眠りを破られた。いつのまにかソファで寝込んでしまったらしい。

テーブルに置いたスマートフォンが、ぶるぶると震えながら、麻亜沙の歌声をがなりたてている。機能などはほとんどいじっていないが、着信音だけは麻亜沙の新曲『恋はトツゲキ』にセットしてあった。腹が立ったが、自分でしたことだからしかたない。

松岡捷は、くらくらする頭を押さえながら、表示を見た。

「なんだこりゃ」

(写真:iStock.com/lolostock)

発信人は『紳士』と表示されている。まったく覚えがない。どこのどいつだと考えて、あの谷川という男のしわざだと気づいた。ここへ届けに来る前に、勝手に登録しておいたのだろう。つくづくふざけた野郎だ。

迷わず切ったのに、すぐにまたかかってきた。ここは一度、脅しておいたほうがいいだろう。通話状態にする。

「てめえ、ぶっ殺すぞ」

〈あ、捷ちゃんおはよう〉

「おはようじゃねえだろ」

〈だって、朝の八時だよ〉

「そんな時間に起こすな」

〈お近づきのしるしに、ホテルのレストランで昼食なんてどう? 〉

「もう一度かけてきたら、マジでぶっ殺す」

通話を切って、テーブルの上に放り出した。

悪い夢を見たのだと思うことにした。

ソファに寝そべって二度寝しようとしたとき、どたどたと階段を降りてくる足音が響いた。

「ねえ、ちょっと捷ちゃん大変」

絵美が駆け寄ってきて、体をゆする。

「なんだよ。ダイヤの指輪でも飲み込んだのか」

「パパが、来るのよ」

パパって誰だ、と一瞬考えた。すぐに、この家の本当の主、敷島祐三郎だと気づいた。

頭を掻きながら上半身を起こした。

「ずいぶん急だな。なにしに来るんだよ」

「なにって、自分の家に帰ってくるんでしょ」

「来月まで戻らないはずだったろ」

「それがなんだか事情が変わって、外国からお客さんが来て、ホテルじゃなくて、この家にステイさせるんだって。三、四日滞在するらしいわよ」

「めんどくせえな。レックスとマックスに噛みつかせて追い返せよ」

「わたしだって、そうしたいわよ。そんなことよりさ、いまから、ハウスクリーニングの業者が来るって――」

そう言う先から、来訪者を告げるチャイムが鳴った。

「あ、もう来ちゃった。ねえ、パパさんもお昼には帰ってくるっていうから、捷ちゃんしばらくホテルにでも泊まってくれない? お金出すから」

「ホテルなんて趣味じゃねえよ。いいよ、出ていくよ」

顔も洗わず、服を着た。朝のコーヒーくらいは飲みたい気分だったが、面倒に巻き込まれるのはごめんだ。

さっさと玄関で靴を履きはじめた捷に、追ってきた絵美が声をかけた。

「ねえ、捷ちゃん。連絡するから。絶対電話に出てよ」

スマートフォンを差し出す。これも、金は絵美が払っている。

「わかったよ」素直に受け取った。

「これっきりじゃ、いやだからね」目がいつになく真剣だ。

「しつけえよ」

靴を履き終えて振り向いたところに、絵美が飛び込んできた。

裸足のままタイルの上に立って抱きつき、キスをしてきた。腹のあたりに弾力のある胸が当たるのが心地よくて、少しの時間されるがままにしていた。

「逃げたら、追っかけるから」

絵美は唇を離すと、捷の目を睨んだ。絵美の、こんな色の目を見るのははじめてだった。

「じゃあ」手を振って玄関を出た。

カバーオールのポケットのあたりががさがさするので、取り出してみると札の入った封筒だった。二十万かそこらありそうだ。絵美が差し込んだのだろう。尻のポケットに入れた。

別れがわかるのか、通用門を出るとき、レックスとマックスがなんとなく悲しそうな目で寄ってきた。

順に首をさすってやりながら、やっぱり、ゴルフクラブで殴らなくてよかったと思った。そして、初対面でもこの犬たちが吠えかからなかったあの谷川という男のことを思った。不思議なやつだ。暇つぶしに、あの詐欺師をぶっ飛ばしてやるか。そうだそれがいい――。

スマートフォンを出して、さっき着信のあった番号に発信する。

〈はいはい、谷川です〉

「おい詐欺師。昼飯、一緒に食ってやってもいいぞ」

〈おっ、どういう風の吹き回し? 〉

「ただし、全部おまえのおごりだからな」

〈了解、了解〉

なぜかすごく嬉しそうだ。

まさか”そっち”の趣味じゃないよな、と少しだけ心配になった。
 

6   涼一

「それで、お仕事はなにをされてるの」

うずらの卵かと見紛うばかりの巨大なパールのネックレスを首に巻いた夫人がたずねた。目の前のステーキはナイフがいらないくらい柔らかいのに、ちびちびと刻んで口へ運ぶから、一向に減らない。

(写真:iStock.com/MoustacheGirl)

一方、質問された松岡は、三分の一ほど残っていたステーキ肉にフォークを突き刺し、まるごと口へ放り込んだ。もぐもぐ咀嚼しながら応える。

「建築関係です。働きながら勉強して、今年、二級建築士の試験を受けます。それが受かったらジュゲムが飛んでから一級をめざします」

まるで棒読みだが、もっとひどいのはせりふの中身だ。間違えたというより、わざといいかげんなことを言う。

「寿限無?」

オーダーメイドの明るいグレーのスーツを着た夫が、案の定聞き返す。

「実務です」あわてて谷川涼一が割り込む。「実務を積んで一級をめざすそうです」

夫が、ああなるほど、と感心してうなずいた。

松岡が小声で「どうしてもビール頼んじゃだめか」と聞いてきたので、足を蹴飛ばした。

恵比寿ガーデンプレイス内にある、高級フレンチレストランで昼のコースを食べている。ひとり二万円で小銭のおつりが来る程度の金額だ。とりあえず支払いは涼一持ちだが、これからの収穫を考えたら、安いものだ。

涼一はナプキンで口もとをぬぐって、さらにひと押しする。

「いかがです。松原健君、好青年だとは思いませんか。正直申しまして、ごらんのとおり多少マナーに欠けるところはございます。ございますが、彼の育ったあの劣悪な環境を考えたとき、わたしは感慨に涙を禁じえません」

ここでハンカチを取り出し、さっと目じりをぬぐう。

松原健というのは松岡捷の偽名だ。もちろん適当につけた。経歴もまったくのでっちあげだ。赤ん坊のころ父と死別し、母の再婚相手の継父からことばにできないような虐待を受け、非行に走り、小学生のときには、放火、窃盗、恐喝、傷害などの凶悪犯罪をひととおり経験した。児童養護施設や少年院にも何度か出入りしたが、一向に改善されない。そんなとき、問題児童矯正塾『きぼう』と出会った。

住み込み式のこの塾は、親や教師はもちろん、公的機関の係官までもがあきらめた問題児をまともな社会人に矯正する。

いま目の前に座る篠田夫妻には中学二年生の息子がいる。名門私立校に幼稚園から通っているが、思春期の訪れとともに、自分の人生がぜんぜん自分自身のものでないことに気づいた。反抗期のはじまりだ。涼一からすれば、それこそまっとうな青春だと思うのだが、夫妻には気に入らないらしい。何人も家庭教師を呼んだりしたものだから、ますます荒れた。学校は休学で済んだが、写真で見ただけでも家庭内の荒れかたは半端ではない。なんとか矯正してくれる施設を探していたところ、涼一の網にかかった。

「自立心を育てるために、お小遣いだって、ちゃんと自分で管理しなさいと言って口座を作ってあげて、いつも三十万円だけ入っているようにしてあるんです。厳しすぎたのかしら」

「そんなことはない。金銭感覚を身につけるのは早いほどいい」

夫婦揃って、こんなに熱心に子育てしてきたのになにがいけなかったのか、と言わんばかりだ。あきれるしかない。そんな環境にいたらグレないほうがおかしいでしょうと言ってやりたいが、世の中が良識派人間ばかりになったら詐欺師はあがったりだ。眉根を寄せてうなずきながら「こんな社会と政治のせいですよ」などと話を合わせておく。

適当に自尊心をくすぐったら、あとは“業務提携″している藤田継春のところへ送り込むだけだ。

この男、不世出の高名画家と名前が非常に似ているが、こちらは鼻くそを丸めて飛ばすぐらいしか能がない。

『きぼう』の所在地は《軽井沢至近》と謳ってはいるが、その実、峠を越えた群馬県側の過疎村にある。ここで、朽ちかけた民家を無料で借り、農家の真似ごとをして自給自足の生活をしている。親に見放された少年少女に肥溜めの手入れや家畜舎の掃除などをさせ、ときどき見切り品の米や肉を買ってきて与えながら一年ほど放っておく。

藤田自身は、週に一度か二度、買い出しついでに前橋の風俗店に行くほかは、“書斎″にこもってマンガを読みふけっている。それなのに、送り込まれた少年少女のうち八割は、なぜか憑き物が落ちたように、顔つきまで変わってしまう。

涼一から藤田へは、少年少女ひとりにつき月額五万円を払っているが、彼らの親には平均五十万円プラス経費を請求する。十人いれば月に五百万近い粗利、不動産の維持費の足しにはなる。

ただ、贅沢をいえば完全な詐欺ではないし、金持ちの役に立って感謝までされてしまうので、忸怩(じくじ)たる思いはある。”真面目になってしまった”息子や娘を引き渡すとき、涙ながらにお礼を言われた日など、やけ酒代がばかにならない。

しかし、これまでのところ警察に訴えられたこともないし、この不況のご時世だから仕事のえり好みはできない。

関連書籍

伊岡瞬『もしも俺たちが天使なら』

セレブからしか金を獲らない詐欺師・谷川涼一。“ヒモ歴”更新中だが喧嘩は負け知らずの松岡捷。 不始末で警察を追われた元刑事・染井義信。はみだし者三人の前に美しい娘が現れ、「変な男に実家が乗っ取られそう」と助けを求めてきた。 彼女は何者? 怪しい男の背後で動く組織とは? 最高にクールでタフな男たちの、友情と闘いのクライムノベル。

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もしも俺たちが天使なら

偶然出会った3人の前に、「変な男に実家が乗っ取られそう」と捷の妹が現れたのが、すべての始まりだった―。この闘いは、大金のためか、友情のためか―。“詐欺師”+“ヒモ”+“元刑事”=“正義の味方”!?野良犬みたいなイケメン小悪党トリオが、人助けのために凶悪組織に立ち向かう。
人気作が続出! 今、最も注目の作家の痛快クライムノベル。 

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伊岡瞬 小説家

1960年東京生まれ。2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞しデビュー。著書に『145gの孤独』『瑠璃の雫』『教室に雨は降らない』『代償』『もしも俺たちが天使なら』『痣』『悪寒』『冷たい檻』『不審者』『祈り』『本性』『赤い砂』など。『代償』はHuluでオリジナルドラマ化、さらに啓文堂文庫大賞を受賞、50万部の大ヒットとなる。

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