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もしも俺たちが天使なら

2021.05.15 公開 ツイート

#2 総勢十人のちんぴら相手に、出会ったばかりの3人が…圧勝!? 伊岡瞬

今、最高にアツい小説家・伊岡瞬さん。

代償』『悪寒』『赤い砂』……他、話題作が多数ある中で、あらためておススメしたいのがもしも俺たちが天使なら

他人のものを、命懸けで守る。人生、たまにはそんなことがあってもいい―ー。

そんな気持ちにさせてくれる痛快&爽快な本作は、詐欺師、ヒモ、元刑事という、ありえない3人組が大悪党と戦う物語だ。

その3人、谷川、松岡、染井が夜の公園で出会ったーー!

*   *   *

(写真:iStock.com/Oleg Elkov)

「染井さん」と涼一は小さく声に出した。

忘れるはずもない。中年男は染井義信という名で、少し大げさにいえば、涼一にとって命の恩人だ。顔を見るのは五年ぶりだろうか。

「きみたち、こっちのことも忘れないでね」

松岡が背後から挑発する。五人の視線は、松岡と染井を行き来している。

「おい、石崎さんは、まだ来ねえのか」

「ばかやろ、こんなやつら相手にてこずってたら、おれらが焼き入れられっぞ」

「そうだ。さっさとやっちまおうぜ」

そう言うなり、緑Tシャツの男が染井に飛びかかっていった。染井はあっけないほど簡単に男を蹴り倒し、すかさずその右手を踏みつけた。

浜口が、言葉にならない雄叫びとともに、ナイフの先を染井に向けて突き出した。染井はこれもあっさりとかわし、右の拳の甲を浜口の顔面に当てた。

浜口はくぐもった悲鳴をあげ、その場にうずくまった。両手で顔を覆う。指のあいだから鼻血が流れ出てきた。

さすが、と胸の内で賞賛する。

それはそれとして、と首をかしげた。こんなところでいったいなにをやっているのだ。

べつなうめき声が聞こえた。

染井に気をとられていた隙に、松岡と残り三人組の勝負もついていた。ひとりは地面にへたり込み、ひとりは腹を抱えて苦しみ、最後のひとりは立っているがすっかり戦意を喪失して腰が引けている。

あっけなく勝負がついてしまった。これでは、恩を売る口実がない。まったく最近の若いやつらは根性がない。

ざわざわとした気配にあたりを見渡すと、通行人や近所の住人たちがいつのまにか集まってきて、遠巻きに見物している。

ここは一旦、退散することにした。警察に通報する者がいるかもしれない。ふたりに挨拶するのは、またべつの機会を待つのがよさそうだ。

そっと歩きだした涼一の行く手から、ひとりの男がやってくる。

この寒空に、上半身はトレーニング用の濃いグレーのTシャツ一枚しか着ていない。身長は涼一とほぼ同じ――百七十五センチ程度だが、鍛え上げられた肉体のためか実際より大きく見える。さっきの五人組とは存在感が違う。涼一が思わず身をかわして道をゆずると、男は涼一を軽く睨んだだけでそのまま歩いていく。

「石崎さん」

「よかった」

五人組からほっとしたような声が漏れた。遅れて登場したのは、さっき名の出ていた石崎という男らしい。

「おっ、ほかのみんなも来た」

見れば、似たような雰囲気の男たちがさらに四人歩いてくる。ちんぴら軍団は総勢十人となった。

やれやれ、ようやく出番だ――。

少し手こずるかもしれないが、と思いながら、涼一は、スーツの内ポケットに手を入れた。

「よし、そのまま動くな」

涼一が声を張り上げると、その場にいた十二人全員の視線が集まった。気持ちいいが緊張する瞬間でもある。効果を計算しながら、ポケットから出したものをゆっくりと高く掲げる。

「警察だ」

なんだよ、マジかよ、という声があがる。あわてて凶器を隠す者もいる。涼一はちらりと染井の顔に視線を走らせたが、まったく表情を変えない。こちらを覚えているのかどうかさえもわからない。

「警視庁組対課だ。全員、いますぐに散れ。こっちはべつな案件があって忙しい。このまま引き上げれば、今夜のところは見逃してやる」

ちんぴらたちの視線が石崎に集まる。

石崎はあわてるようすもなく、ちょっと待ってろ、と答えて涼一に近づいてくる。

頭はきれいな三分刈りで、両耳にいくつかピアスが光っている。涼一の手にした身分証をちらりと睨んでから、すぐそばに顔を寄せ視線を合わせた。怒ってもいないが、恐れてもいない。あえていえば、獲物を値踏みする野生の動物の目だ。尻のあたりが、なんとなく涼しくなった。

「刑事にしちゃ、ひ弱そうだ」涼一の目を見たまま、石崎が静かに言う。

「うるさい。よけいなお世話だ。早く行け」

声が上ずらないよう、ゆっくりとしゃべった。それを聞いた石崎は、なぜかふっと笑った。くるりと背を向け、仲間のところへ戻っていく。

「おい、行くぞ。こんなやつら相手にするな」

石崎が宣言すると、ちぇっという声と同時に、やろう、とか、ざけんなよ、という声がそちらこちらからあがった。それでも遅れてきた四人は、あっさりと石崎のあとに続く。

最初からいる黒ジャンパー五人組は、引っ込みがつかないようだ。あれだけ一方的にやられたのだから、気持ちはわからなくもない。てんでに、唾を吐いたり砂を蹴り上げたりして、なかなか立ち去ろうとしない。

雑魚(ざこ)どもは無視すればいいと思ったとき、制服警官が二名、公園の中まで自転車で乗りつけてくるのが見えた。

「おいっ、そこ。なにをしている」

公務用の白い自転車のスタンドを立てながら、体が大きいほうの警官が声をあげた。階級章を見る。巡査だ。

「じゃ、ぼくは行きますから」

涼一は、染井に小さく敬礼した。染井がこちらを覚えているかどうか、たしかめる暇はない。足早に立ち去ろうとしたところを、小柄で年上の警官に見とがめられた。

(写真:iStock.com/akiyoko)

「おい、そこのあんた。ちょっと待って」

こちらは巡査部長だ。

「いや、ぼくは急ぎの用事があるから」

「用事があるなら、こんなところでなにしてる。集団乱闘していると住民から通報があった。いま、応援のパトカー呼んだから、ちょっと待ってなさい」

巡査部長が睨む。

松岡が服の砂を払い、警官のことばを無視して歩きだした。

「こら、待て」

巡査が、装備品をがちゃがちゃ鳴らしながら松岡を追いかけていき、肩に手をかけた。

「うるせえな」

松岡は、吐き捨てるように言って巡査の手を払いのけた。

「な、なにをするか。こ、公務執行妨害で逮捕するぞ」巡査が顔を硬直させて、ケースに差さった警棒に手を伸ばす。

松岡はばかにしたように鼻先で笑い、巡査を見た。

「おれは被害者なの。そっちの刑事に聞いてみろよ」

「刑事?」

警官ふたりが揃って声をあげ、涼一を見た。どう答えたものかと迷ううち、年上の巡査部長が近づいてきた。

「警察関係者ですか」あまり信用していない口ぶりだ。

「いや、今日は非番で、たまたま通りかかっただけなんだけど」

「どちらの署ですか」

「本庁だけど、そんなことはいいよ。騒ぎも収まったし、もうお開きにしようよ」

「お開き?」

しまった、と心の中で舌打ちする。きのう、与党代議士の息子の結婚式に紛れ込んだのが災いした。巡査部長は、ますます疑うような目つきになった。

黒ジャン五人組が、まだ突っ立ったまま、涼一たちのようすをうかがっている。

染井が、警官に声をかけた。

「その人は関係ないから、見逃してやってくれ。おれたちがからまれてるのを助けてくれただけだ」

「そうそう。そうなの」

涼一は、染井に笑顔で応え、何度もうなずいた。染井のほうでは挨拶を返してこない。やはり涼一を覚えていないのかもしれない。

「あとで事情は聞くから、あんたはちょっと、そっちで待って」

巡査部長が、染井を制した。

若い巡査は、松岡をとどまらせようと苦心している。松岡が、うっせえよ、と吐き捨ててその手を振り払った。

「きさまっ」巡査が血相を変えた。

「だから、うぜえんだよ」

とうとう松岡は、警官の胸を突いてしまった。まさか手を出されると思っていなかった巡査は、あっけなく尻餅をついた。それを見ていた巡査部長が叫んだ。

「逮捕っ! 公務執行妨害の現行犯で逮捕っ」

「ばーか。なにがコームシッコーボーガイだ」

松岡は、警官たちに悪態をついて、そのまま走りだした。

「あ、こら」巡査があわてて起き上がる。「待て、この」

「あんたらは、ここを動くなよ。いいな」巡査部長が、涼一と染井に指を突きつけてから、一緒になって追いかけた。

松岡は、あっという間に公園の出口近くまで走っている。喧嘩も強いが、逃げ足も速い。

惜しい――。

やはり、これっきりになってしまうのは惜しい逸材だ。しかし、今は感心して見とれている場合ではない。

「ぼくも、これで失礼します。また、あらためて」

涼一は、松岡とは反対方向に歩きはじめた。

ようすをうかがっていた黒ジャン五人組のひとりが、涼一の動きに気づいた。

「おい、待てこら」

面倒だな――。

まだ公園の外には、石崎とその仲間もいる。暴力沙汰は苦手なのだ。

「待てよ」

走り寄ってきた黒ジャンのひとりが、涼一のコートの肩のあたりをつかんでぐいと引いた。その勢いでバランスをくずし、足がもつれた。危なく転びそうになったとき、急に相手の体が離れた。

「あいてて」

見れば、染井が黒ジャンの髪をつかんで引き離すところだった。染井が足をかけると、若者は簡単に転がった。しかし、まだ後ろから残りのメンバーが走ってくる。

「きりがない。行くぞ」そう言って染井が走りだす。

「ちょっと。置いていかないでください」あわててあとを追う。

後方から、追ってくる足音が聞こえる。思ったよりも足の速い染井に遅れをとらないよう、必死で走った。松岡の姿はとっくに消えている。

全力で走った。公園の植え込みを踏みにじり、パイプでできた柵を飛び越え、通行人の野次馬を突き飛ばして、路地を駆けた。

なんとか染井にくっついてひとけの少ない住宅街を走るうち、突然思い出した。

「わかったぞ」

叫んだはずみに転びそうになった。

あの松岡とかいう若造。どこの誰だかようやく思い出した。走りながらポケットに手を突っ込み、拾ったスマートフォンがちゃんとそこにあるのをたしかめた。さっき、立ち回りのときに松岡の尻ポケットから落ちるのを見逃さなかった。

よし、今夜はまだツイてる――。

心の中で小さくガッツポーズを作った。

関連書籍

伊岡瞬『もしも俺たちが天使なら』

セレブからしか金を獲らない詐欺師・谷川涼一。“ヒモ歴”更新中だが喧嘩は負け知らずの松岡捷。 不始末で警察を追われた元刑事・染井義信。はみだし者三人の前に美しい娘が現れ、「変な男に実家が乗っ取られそう」と助けを求めてきた。 彼女は何者? 怪しい男の背後で動く組織とは? 最高にクールでタフな男たちの、友情と闘いのクライムノベル。

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もしも俺たちが天使なら

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伊岡瞬 小説家

1960年東京生まれ。2005年『いつか、虹の向こうへ』で第25回横溝正史ミステリ大賞とテレビ東京賞をW受賞しデビュー。著書に『145gの孤独』『瑠璃の雫』『教室に雨は降らない』『代償』『もしも俺たちが天使なら』『痣』『悪寒』『冷たい檻』『不審者』『祈り』『本性』『赤い砂』など。『代償』はHuluでオリジナルドラマ化、さらに啓文堂文庫大賞を受賞、50万部の大ヒットとなる。

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