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時をかける老女

2021.04.13 更新 ツイート

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53年間のひばりヶ丘物語の幕を降ろしに 中川右介

中川右介は2020年秋、91歳の母を引き取り、介護生活を始めた。介護殺人事件が珍しくない昨今、自分もいつか母を殺してしまうのではないかと不安になった中川は介護日記を書くことにし、ストレスの発散とともに、友人・知人たちに現況を知らせることでアドバイスや励ましをもらいながら、介護生活を送っている。

(写真:iStock.com/raaya)

10月30日 金曜日

<介護4日>
今朝は「ここはどこ」はなかった。
まだ、家の間取りがわからないよう。
ところが、朝食後、デイサービスに行きたくないと、
二日目にして登校拒否。

 

「あなたがいると仕事ができないから行って」
「お金がもったいない」
「介護保険という制度があって、利用しないとソンだから」
「得するの?」

と、ようやくモチベーションが出て、元気に迎えのクルマに。
帰宅後、「あなたは私の孫だったかしら」と、混乱が始まる。

「私の子が60なんて信じられない」
「なんで東京にでてきたんだろう」(静岡出身です)

と、今日は60年前のことが分からなくなっている。
別れた夫の名前もわからず、私は誰と結婚したのか、が始まる。
「バカになった。わけが分からない」と、
わからなくなっていることは分かっている。
「本格的に分からなくなってきた」と嘆く。

10月31日 土曜日

<介護5日>
我が家がひばりヶ丘団地へ来たのは、1967年春。
私が幼稚園を卒園した翌日。
この団地は、東久留米、田無、保谷三市の境界にあり、我が家は東久留米市だった。

1972年に父が出て行き、私は1987年に出た。
弟は1990年前後。
以後、母はひとり暮らし。
その後、田無と保谷は合併して西東京市になる。

2005年ごろ、団地の建て替えで、立ち退きに応じて、新しい建物へ移転。西東京市の区域になった。
最初の家には30年以上いて、すさまじいゴミ。
工事の間、2年、仮の部屋に移った。
新しい団地は、名前も、ひばりが丘パークヒルズになる。
2005年の引っ越しは、母が自分で、張り切ってやっていた。75くらいだったが元気だった。

 

デイサービスは3日目。
今日は、ひばりヶ丘の撤収に行くので
朝9時から夕方5時までにしてもらう。

ひばりヶ丘は、すさまじいゴミ。
レシート、ダイレクトメールを15年間、全てとってある。
衣類も全て。ケースや包装紙も。

(写真:iStock.com/NATAKIIA OMELCHENKO)

テレビショッピングで買ったらしい、未開封のさまざまな機器。
キッチンには賞味期限が何年も前のもの。
とにかく、捨てない。
捨てるのは古新聞くらい。リサイクルされるからで、「捨てる」とは思ってない。
ものを大事にする、という戦前の教育のせいか。

廃棄業者に頼み、8人がかりで5時間かけて、2トン車4台。
本人が何も知らないうちに、彼女の生きた痕跡が消えた。

1967年にこの団地に来て、53年。
しかし、住民の入れ替わりが激しいから、
91になると、知り合いも、もはや、いない。
これが田舎と違うところ。

作業をしているのに気づいた、204号室(うちは201)の女性が、「引っ越すんですか」と声をかけてきた。
「とっても、お世話になったんです」
と、言ってくれ、会いたそうだった。

「本人は、火曜日に、もう引っ越してしまったんです」と説明する。
いつも、「最近の人は、近所づきあいをしない」と文句を言っていたが、なんらかの交流もあったようだ。
惜しんでくれた人がいたのは、よかった。

部屋はカラになり、4時過ぎに管理事務所にカギを返す。土曜日は休みなので、ポストに入れる。
後日、査定して、保証金がいくら返金されるかの通知が来る。もめなければ、それで終わり。

53年間のひばりヶ丘物語は、幕。
デイサービスの迎えは、妻に頼んでおいた。

帰宅すると、「我が家が一番いい」と、すっかり、荻窪を我が家と思っている様子。
そして、

「わたし、ここへ来るまでどこにいたのかしら」
「ひばりヶ丘」
「それ、どこ? 東京? 千葉?」

ひばりヶ丘の53年間は、置いてきた家具や衣類が廃棄されたのと同時に、彼女の記憶からも消えたようだ。
と、センチメンタルな10月最後の日。
10月は黄昏の国。

〔番外〕
親と暮らす場合、同居でも別世帯にすること。
それまで母は一人暮らしで、世帯主だった。
同居することになり、私の世帯に入れ、扶養家族にすれば、
私の税金が少しは安くなるのではと思い、
そうしようとしたら、
別世帯にしないと、
母の介護保険料がとんでもなく高くなると、
窓口で言われた。

現役世代で収入がある人の世帯に入ると、
その収入をもとに計算されるらしい。
年金しか収入がない人でいる方が得なのだ。

杉並区役所は、同一世帯にしたために介護保険料が高くなった区民から
「なんで教えてくれなかった」とクレームが来たので、
別世帯をアドバイスしているのだろう。

コロナの10万円のときも「世帯」が問題となったが、
同居している家族、
夫婦・親子も、別世帯にした方が得なのかもしれない。
ケースバイケースだろうけど。

*   *   *

※毎月13日、28日更新

※著者への感想、コメントはフォームで受け付けています(非公開)。編集部がお名前を伏せた上で「読者の声」として一部抜粋し、公開させていただく場合がございます。

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時をかける老女

91歳の母親と、33年ぶりに一つ屋根の下で暮らすことになった。この日記は、介護殺人予防のために書き始めたものである。

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中川右介

1960年、東京生まれ。早稲田大学第二文学部文芸科卒業。2014年まで出版社アルファベータ代表取締役編集長。映画、歌舞伎、クラシック音楽、歌謡曲、漫画についての本を多数執筆。最新刊に『アニメ大国建国紀1963-1973 テレビアニメを築いた先駆者たち』(イースト・プレス)。その他の主な著書に、『歌舞伎 家と血と藝』(講談社現代新書)、『カラヤンとフルトヴェングラー』『昭和45年11月25日 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃』(幻冬舎新書)、『山口百恵』『松田聖子と中森明菜』(朝日文庫)、『大林宣彦の体験的仕事論』(PHP新書)等。

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