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夜のオネエサン@文化系

2020.11.14 更新 ツイート

シアワセであらなくてはいけない~バチェロレッテ・ジャパン 鈴木涼美

たとえば15年前の2005年11月、私は普通に不幸だった。別に重い病気を抱えていなかったし、食べ物はあったし、結構オカネもあったけど、付き合ってたスカウトには他にも2人オンナがいたし、授業に出よう出ようと思っても朝起きられなくて今日も行けなかったの繰り返しだったし、キャバクラのナンバーは上がらない上に万年ナンバーワンと言われてたオネーサンには嫌われてたし、客の1人に訴えられそうになったし、AVの売り上げは悪くて単体契約は切られたし、親のことも友達のことも大して好きじゃなかったし、うちに転がり込んできた女はホストの借金のせいで気が立ってたし、うちは狭くてうちの前の通りはしょっちゅう酔っぱらいが潰れて吐いてた。パチンコ屋で不審者にブラジャーのホック外されたり、ネット掲示板に本名と住所晒されたり、現場で火傷したりした。

 

で、別にシアワセでなきゃいけないなんて思ってなかったから、心底気楽だった。内田有紀の「幸せになりたい」はカラオケで歌う曲であって、サビのフレーズも、「バディフィールズエグジット」とか、「ノッキンオンニャドア」とかいうフレーズと同じくらいの意味しか持たなかった。不幸になる自由を両手いっぱいに持って、6畳弱の部屋に不似合いな大量のシャネルと自意識とともに暮らしている、凡庸でどこにでもいる若いオンナだった。顔も身体も何となくキラキラしていたけど、青春や希望の光ではなくて、安い化粧品特有のキメの荒いラメと道路で割れた酒瓶に反射する飲み屋の看板の光だった。

その5年後の2010年の11月も、割と不幸だった。前の年に別れた男はいまだに復讐と称して私のAVをいろんなところに送りつけてたし、企業の新人は朝から晩まで働かされるし、マンションの住民が発狂してエレベーターに汚物をぶちまける事件とかあってうっかり踏んだし、くだらない官僚の話をくだらない読者向けにくだらない記事に仕立てなきゃいけなかったし、先輩に嫌われて変な噂ばっかり立てられてたし、既婚者が当たり前に無料でセックスしようとしてくる毎日だった。

新聞社のお給料は悪くなくて、西麻布のマンションは弁天通りのマンションの10倍住み心地も利便性も良くて、スカウトじゃない不動産屋の彼氏は明るい善人で、これでシアワセじゃなかったらビョーキでしょ、って感じではあったけど、別に私はシアワセでもビョーキでもなかった。不幸であることに罪悪感はなかった。

今も別にシアワセじゃないけど、今の世界では勝手に不幸になる自由はないから、賛同者が多いような圧倒的不幸を与えられなかった者は、不幸になる代わりにメンヘラと名乗って、シアワセを感じられないビョーキなのだと言ってやり過ごすしかないらしい。それが嫌なら、安物じゃない高級なラメを、外資系のホテルあたりで真っ直ぐな日光に当てて輝いていないといけない。そんなことを、「バチェロレッテ」を観ながら思った。

アマゾンプライムで配信されるや話題となった日本語版「バチェロレッテ」は、人気プログラム「バチェラー」の男女逆転版で、1人の魅力的な女性を巡って、男性17人が競い合う趣旨で、「婚活サバイバル番組」というらしい。米発信の番組だけに、男女不均衡には細やかに気を使っているので、バチェロレッテ本人も、美しいだけではなく、お金持ちで自立した存在でなければいけない。

かといって、趣味が悪いことで有名な日本人男性が食いつかなきゃいけないので、ゴリゴリした怖いオンナではなく、実家のお風呂が大理石の32歳、モデル/スポーツトラベラーという、お砂糖とスパイスと素敵なものが詰まったような肩書だった。これに、17人の貧乏そうな人からそこそこ高収入に見える人まで、職業や年齢がバラバラの男性がつく。

製作者のバランス感覚や人選の臭覚もさることながら、この女性の描き出そうとする理想像が、無数の山脈からなる複雑な地形に一本の針を通すように正確で、ひとつ間違えば糸は絡まって鋒(きっさき)を見失って、それどころか針が自分の心臓を刺すかもしれないほど間違いが許されないようで、観ているこちらも張り詰めた気分だった。男は新しい男女観とか、新自由主義的な結婚観とか、現代の女性像とか、好き勝手いうけど、そう単純ではない時代のオンナは、多分彼女とともに疲れた。

「女らしさを押し付けられた」時代の女と同じことを言ってはいけない。ワタシ待つわ、と選ばれるのを待ってはいけない。経済的依存の期待を匂わせてはいけない。主体的に選び取る自立した女でなくてはいけない。はっきり自己主張しなくてはいけない。現代女性のお手本にならなくてはいけない。結婚に焦ってはいけない。独身でも充実していなくてはいけない。シンデレラのような結末ではいけない。

でも女を下げてはいけない。時代の風潮よりずっとゆっくり進化する男の好みに収まっていなくてはいけない。モテなきゃいけない。女性にも羨ましがられないといけない。結婚や真実の愛を信じていなくてはいけない。セックスを匂わせるラストを迎えてはいけない。特定の男の匂いをつけてタレントとしての価値に傷をつけてはいけない。次に付き合う人に傷物の印象を与えてはいけない。元彼の顔がテレビに晒されている近未来を避けなくてはいけない。王子様が隣にいないラストで清々しく幸福でなくてはいけない。これを機に、よりステップアップしなくてはいけない。

バチェロレッテという名の、いけないリストがあまりに長い。とある番組でこのプログラムについて話す機会があったけど、ラストに悶々とした人も多いのだと聞いた。でも、間違えるお茶目さを許さない彼女のキャラクターなら、この結末以外あんまり考えられない気もする。汚れる自由も、不幸になる自由も、自分自身に許していないような、完璧な人だった。

かつて行き遅れと呼ばれ、負け犬と自虐した30代の独身女性たちは、バッドな言葉でラベルを貼られなくなったことと引き換えに、立派で幸福な人間たちに包摂される不自由を手に入れてしまった。堂々と幸福な顔をしていいんだよ、だって独身だってひとつの選択だから、なんて言葉に騙されて、不幸に甘んじることは禁止された。それとセットでかつてゴールしたと呼ばれ、物語の終わりを迎えることができた女性たちの方は、結婚の後の物語を必要とするようになったけれど。

それは嘆いてはいけない。健全になったのはそれはそうなんだろうし、シンプルな物語しか用意されていなかった時代、無理やり押し込まれたり排除されたりしたオンナたちに敬意を評して、不幸でないことを喜ばなくてはいけない。だから私も文句なんて言わないけど、でももう少し、シアワセじゃなくてもいい時間は欲しかったような気もする。そう簡単にシアワセに包摂されたくなかった。

時代が是正されていくから、私を排除して不幸にするものが随分消えたけど、あの、ポストに溜まってく郵便物を一切開けないような、ワンメーターの距離をタクシーに乗って毎日男に買われにいくような生活を、立派で幸福なものになんかしないで欲しい、そんな場所に行き着いた気分をひとつの立派な選択だなんて呼ばないでいて欲しかった。間違っていて、愚かで、不幸だった。

先日、ゆるゆると読者の方たちの前で話すような機会があって、そこに、詩人の成宮アイコさんが来てくれた。彼女が置いていってくれた『伝説にならないで』という詩集に、こんな一節があって、バチェロレッテで胃が疲れてみたら、随分と皮肉っぽく見えた。

誰かの壁を勝手に取っ払おうとしないでほしい
誰かが壊そうとしたその壁はシェルターだった

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夜のオネエサン@文化系

夜のオネエサンが帰ってきた! 今度のオネエサンは文化系。映画やドラマ、本など、旬のエンタメを糸口に、半径1メートル圏内の恋愛・仕事話から人生の深淵まで、めくるめく文体で語り尽くします。

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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