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夜のオネエサン@文化系

2020.10.16 更新 ツイート

男が生贄になりたいなら断らない~Moana「モアナと伝説の海」 鈴木涼美

2~3歳上の友人が結構多いので、ここ最近「40になった」をよく聞くようになった。私も多分このまま特にドラマチックな人生の補完などなしに40を迎えそうな感じだし、もっと年上の知人らからは「まだまだだね」と言われるものの、未成年期間と成人してからの期間が全く同じになるのは結構すごいと思う。34歳になったとき、人生の処女期間と非処女期間が同じになったなぁと実感したものだけど、なんというか、今後は根っこより地表の木の部分が大きくなっていくんだわ、と思うとちょっとした衝撃で倒れそう。

 

で、「四十にして惑わずなんてトンデモナイ。むしろ惑って惑って震えている!」という声をよく聞く。ある種のクリシェである不惑の40を、さらに「40なのに惑ってる!」という新たなクリシェが覆っている感じ。20歳の頃に、40歳なんて言ったらもうほとんど枯れ果てた婆さんだと思ってたよね、実際になってみると20歳の頃と何の精神性も変わってないよね、そして今時オンナは40からよね、という話も、もはや口にするだけでは意味をなさないほどよく聞く。

気持ちはわかるというか、確かにちょっと20年、30年前と比べても、人はよく言えば若々しく、悪く言えばバカバカしくなったと思う。30代半ばのダウンタウンは大御所感があったけど、今その年齢の芸人さんたちは実に潔い若手感を売り物にしている。「Age,35 恋しくて」でパリッとしたキャリアウーマンを演じた瀬戸朝香は当時19歳で、真田広之と不倫してた頃の葉月はハタチで、今テレビで見るAKB系の有名な人たちより大分若い。

サザエさんは24歳で指原さんより3つも下だし、伊豆の踊子の主人公はハタチ、踊子は14歳である。で、30年前でも90年前でもいいのだけど、その頃の人たちが30にして何かを得るとしたら絶対私らは得そびれているし、40にして不惑になるのだとしたら私らはならないであろう。

確かに日々、この仕事を一生続けるんだろうかとか、この人と一生いるんだろうかとか、この服を買うのかどうかとか、穴のあいた着圧ソックスを捨てるべきかとか、あらゆることを優柔不断に迷い続けているのが私たちであろうとは思う。私の現時点の悩みはさっきから三色ボールペンの黒だけ出が悪くなったのだけど、これを捨てるべきか、赤と青の二色ボールペンとして向き合うかということと、卵子凍結をすべきか否かということなのだけど、後者については現時点というより4年ほど前から悩み続けているので、今後4年もきっと悩み続ける。

しかし、不惑と言って、人生に疑いを持たずに惑わないことが実際にいいことなのだろうかとも思う。はっきり言って、くだらないコラムを書く仕事に一寸の疑いも持たず、くだらない男を100%の気持ちで愛し、くだらない人生に何一つ疑念を抱かずに今日も地球は回ってて、明日の天気は晴れで幸せ! なんていう状態は結構なバカじゃないと無理だし、これ、アボカドとベーコンのアイスクリームだよ、と渡されて、そうなんだ! ありがとうと疑いなく口に入れるバカになりたいかというと微妙なので、不惑なんて言わずに全力で戸惑いながら生きていくのがいいと思う。

さてしかし、その観点に立つとここ数年の私はイマイチ惑いが足りないというか、別れるべきか突き進むべきかと悩む恋もしてないし、欲しい服ももう後世の分まで買った気がするし、そもそも企業に勤めるなどの時間的制約がないために何処かに行きたいと思えば勝手に行くし、疑念や戸惑いに向き合って迷うような作業が少なくなった気がする。

要は若干バカに拍車がかかっていて、どれくらいかと言えば、明日緑色の雨が降っても、コロナ禍だしね、くらいで納得して二度寝しそうなくらい、もっと言えば急にディズニー映画が観たくなって何本かまとめて観るくらいには脳が退化している。

別に何の脈絡もなくシミュラークルの楽園に思いを馳せているわけではない。今年の初めに、付き合いは20年と長いけどそれほど深い付き合いではない音楽関係の仕事をする男の知人から、「最近観た映画で一番泣いたのがモアナ」と聞いたことと、三島由紀夫の後期の文章を色々と探していたら、川端康成に向かってディズニーランド愛を切々と語っているものを見つけたのがきっかけではある。ちなみに今年の初めは今ほど脳がふやけていなかったので、「モアナ」と聞いても、へーあなたのセンス結構信頼してたけど失いそーとしか思わなかった。

モアナと伝説の海」は、ポリネシアの島っぽいところで村長の娘として生まれた活発な娘が、「サンゴ礁の向こうには行ってはいけない」と親に禁じられながらも、伝承にある何か変な石のようなものを女神に返さないと島の未来が危ないと知って勇敢に海へ漕ぎ出し、途中で拾ったでっかい半神の男と協力しながら世界を救う話である。

彼女は村長の娘としての責任感に加えて、祖母曰く「海に選ばれし者」らしいので、海に落ちても波が支えて船に戻してくれたり、彼女が歩くところにモーゼ的な感じで道ができたりする。要は、スーパーヒーローになるべくして生まれ落ちた少女が、決して折れない勇敢な心を持ち、失敗しても諦めずに何かよくわからない大きな力と戦い、未来をつなぐという立派なお話である。

近年のディズニー映画の正当な形として、プリンセスが自分で剣をとり、また王子に選ばれるくだりがない、というのはいくつかの作品でも踏襲されているが、こちらも全くその方法論で作られていて、というかまだ恋愛とかそういうわけじゃない年齢の子供が主人公なので(あぁでも先ほどの、年齢にしては若々しい者が増えた法則に従えば白雪姫あたりと同い年なのかもしれないけど)、別に戦った後に王子と結ばれることもない。というか王子的ポジションにいるのは、でっかい半神のタトゥーだらけの爺なので、恋が芽生えようもない。

しかし、私は以前ごく稀にテレビ出演などを頼まれると、「出てください、しかしタトゥーを全て隠してください」と言われて毎回くさくさした気持ちになっていたのだけど、であるとしたらこのモアナは日本のテレビでは放送できないのかしら。じゃなかったら半神のイカツイおっさんはよくて私がダメな理由を教えていただきたい。どちらが危険人物かと言われたら、私も大概ではあるが、おっさんの方が酷い。

で、気になるのは、一体どこに泣きポイントがあるのかというところだ。最後までわからなかったのだが、彼に電話して聞くのも野暮なので、勝手に推測すると、おそらくこの刺青だらけのオッサンがらみであるように思う。「マウイ」と名乗るそのひとは、半神半人で、私が今年の2月にワイキキでナンパされたファイアーダンサーのサモア人にそっくりの大きな身体を持つ。

神の釣り針という秘密道具を使うとオオワシなどの動物に変身可能なのだが、現在ではその釣り針をなくして無人島に幽閉されている。英雄と称えられた過去の栄光に執着していて偉そうに話すが、釣り針がない今となっては何もできない、と自信喪失中。そもそもその変な石が行方不明になったきっかけである自分の過去の過ちについて、俺は本当は感謝されるべきなんだと俺理論を振りかざすが説得力に欠ける。

要は、文字通りオッサン臭い要素がたくさんある。過去の栄光で威張り、武器があると自信満々でそれをなくすと自信喪失、威張り体質は不安と表裏一体で、自分の間違いを認めない。

そして、「泣いた」と言っていた私の知人が、男であることも重要なポイントとして鑑みるに、おそらく泣けるポイントは2箇所ある。第一に、偉そうなマウイが実際には自分には自信がないのだと打ち明けるシーン。人を助け、感謝されることで自分の価値を見出し、承認欲求を満たしていたけれど、釣り針をなくした今となってはそれができずに、自分には価値がないのではないかという不安と、人に尊敬されない現状に不満を抱えている。男臭い悩みだが、見るからに男なので仕方ない。男はその経済力や学歴などを武器に、人に感謝され尊敬されることで承認欲求を満たし、それが不履行になるとたちまち生きる価値を見失う。

もう1箇所は、マウイが自分を下敷きにして、少女に「君が世界を救え」と活躍をお膳立てするくだり。自分が活躍して人に尊敬されたい、感謝されたい、と思う生き物だったオッサンが、少女の力を信じて託す。

後者は「ワンダーウーマン」の1シーンと酷似している。ワンダーウーマンの方は、誰かがまもなく爆発する飛行機に乗って空に飛び立たなくてはいけないシーンで、男が「これは絶対に僕がやらなきゃいけない。僕が明日を救うから、君は世界を救え」という。モアナは呑気なポリネシアの海なのでオッサンが死なないけれど、要は男が自分を犠牲にして女に未来を託すという点では全く同じである。

一つ目は男が自分の弱さを認めるシーン、二つ目は男が何かのために自分を犠牲にするシーン。基本的には後者がハイライトなのだろう。男ってやつは、何かと犠牲になることに美学を置きがちだ。アトムとか、アルマゲドンとか。基本的に家族や愛する人のために犠牲になることに最後の美学を置いている人は多く、愛は与えることと教えられたキリスト教の学校出身の私が勝手にジャッジすれば、その考え自体は間違っていない。

しかし女の私から見た時に、アルマゲドンやらワンダーウーマンの男やらが、世界のために死んでいくシーンで泣いている男がどうもイヤらしいのは、日常的に接する「男の自己犠牲の美学」が、必ずしも役に立たないからだ。

例えば、「俺は君の幸せのために泥水すすって金を稼いでいる」と言われるとする。それ自体は結構なことで、泥水と言わず硫酸でもラードでもすすって頑張れと思うのだけど、大抵はその後に「だから俺のすることに文句言うな」とか、「だから浮気くらいでガタガタ言うな」とか、「だからお前は愛嬌と色気忘れるな」とかいう付随情報が見え隠れする。彼らにとって「自己犠牲」は、本来的な意味での犠牲、つまり自分の何かを与えることを意味しておらず、「自己犠牲的な一面」によって感謝され、自分の要求を通し、自己陶酔した上で周囲にもかっこいいって思われて、女を黙らせることとセットされていることが多い。

マウイおじさんの場合は、釣り針なしでは価値がない自分というものを一度認めた上で、釣り針などないけれどもできることをして助ける、という段階がある。前段が一番難しいのだ。尊敬されたいというちっぽけな自分を認め、武装した殻を脱いだ自分の無力を認め、不安に打ち勝つ。泣きポイントがその二つであるとしたら、二つ目は順当な男の好物、一つ目は本来自分らにできない反省と自己分析をしたおじさんへのエールというあたりだろうから、「泣いた」と言った私の知人もそういう男なんだろう。

さて、付随情報のうざさは無視するとして、男が自己犠牲に強烈な承認を感じるのだとしたら、それはそれで、泥水すすってなんなら命を投げ出してもらってこちらとしては一向に構わない。爆弾を積んだ飛行機を発射させたり、小惑星に残って爆破のスイッチを押したりする役目は是非とも回避したいので、そこは男女平等にしないでいただきたいし、どちらかと言えば宇宙ステーションで泣いてるリブ・タイラーのポジションのままにいたいと思う。

では、かつてはより良い男に価値を見出してもらうことで満たされていた女の承認欲求は、今後如何様にして満たされていくのか。今更、金髪青目の王子のキスでは、二度寝するだけだろうし、かと言って男と同じテツを踏んで、釣り針と刺青に託す道もどうかと思う。少なくともSNSのライクの数を数えても、そんな承認はもってせいぜい12時間だろう。

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さけたらこ  男が生贄になりたいなら断らない~Moana「モアナと伝説の海」|夜のオネエサン@文化系|鈴木涼美 - 幻冬舎plus https://t.co/CdFPsK9CNl 6日前 replyretweetfavorite

幻冬舎plus  三島由紀夫も語るディズニー愛をきっかけに見たディズニー映画。自己犠牲の美学にうっとりする男たち。そこから考えたこと。(竹) 男が生贄になりたいなら断らない~Moana「モアナと伝説の海」| 夜のオネエサン@文化系|鈴木涼美 -… https://t.co/vpQRvoQb75 8日前 replyretweetfavorite

遠藤健太郎 Kentaro Endo  男の生態について的確で辛辣だわ😂 男が生贄になりたいなら断らない~Moana「モアナと伝説の海」|夜のオネエサン@文化系|鈴木涼美 - 幻冬舎plus https://t.co/60ln4It73u 8日前 replyretweetfavorite

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鈴木涼美

1983年東京都生まれ。蟹座。2009年、東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。著書『AV女優の社会学』(青土社/13年6月刊)は、小熊英二さん&北田暁大さん強力推薦、「紀伊國屋じんぶん大賞2013 読者とえらぶ人文書ベスト30」にもランクインし話題に。夜のおねえさんから転じて昼のおねえさんになるも、いまいちうまくいってはいない。

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